第145話 扱いが雑すぎます
ドサッ
「………」
私は目の前に放り出された大きな袋を、ジト目で見つめた。
翌日、ラファエルが部屋を出てすぐライトが私の座っているベッド脇に、まるで汚物を雑に扱うようにペイッと放って寄越したのだ。
その袋は、何故かウゴウゴと蠢いている。
………気持ち悪い!!
私はベッドに置かれたクッションに背を預けたまま、ライトを見る。
「………何、コレ」
「実行犯です」
「………ということは、人間よね?」
「はい」
「………なんでこんな袋の中に詰めてるの」
「自殺しようとしていたところを捕まえて、縄で縛って口も塞いで持ってきました」
………持ってきたって…
相手令嬢でしょう?
「姫の予想は当たりました。犯人は侯爵家次女でした」
「………次女……か…」
やっぱりそうだったか。
あの時、侯爵子爵の令嬢の後ろで怯えたように俯いていた令嬢。
彼女は、命令されたら断れないタイプだろうな、とは思っていた。
不安そうに、まるで居場所など何処にもないかのように、私の目に映った彼女。
それが私には凄く儚く見えた。
ラファエルに言わなかった私が気になっていたのはその令嬢のこと。
勘が当たってしまったか…
私はライトに合図した。
ライトは袋の端を持って、乱暴に逆さにした。
ズサッと袋から出てきたのは、ミノムシのように縄を全身に巻かれ、口に布を噛まされた令嬢。
桜のような薄桃色のストレートの綺麗な髪に、瑠璃色の瞳。
その瞳が潤んで、可愛らしい彼女が更に可愛く見えた。
………って!!
そうじゃなくて!!
「ちょっとライト! 女の子相手に何やってんの!?」
「え? 女の子って何処にいるんですか?」
「ここにいるし!! さっさと縄を解きなさい!!」
「嫌です」
「は!?」
「殺人未遂の容疑者です」
テレビの刑事ドラマじゃないんだから!!
「死んでないし!」
「だから未遂なんですが?」
「ちゃんと生きてるし! 軽傷だし!」
「打ち所が悪かったら死んでました。婚約者様も仰っていたでしょう」
「そりゃそうだけど!!」
「ぅ……ぅぅ……」
唸る声が聞こえて、ハッと侯爵次女を見ると大粒の涙を零していた。
ライトがしないなら私が!
ベッドから滑るようにして床に座り、縄の結び目に手をかけた。
「姫!」
「いくら容疑がかかっているとはいえ、女の子相手にする仕打ちじゃないでしょ!」
「ですが!」
「ライトが連れてきたって事は、ライトが手を下すような子じゃないんでしょ!?」
「っ……」
「誰かの命令でやったんじゃないの!?」
「………」
私の言葉でライトが黙り、急いで縄を解いてあげた。
危ないだろうと、王女の立場では間違っているかもしれない。
けれど、令嬢の扱いとしてはあまりにも酷いと思う。
縛るなら腕だけでいいでしょう。
元々非力だろうし。
精霊の方は問題だけれど、精霊はどうやっても止める方法を私達は知らない。
けれどここには隣にソフィーが待機している。
姿を現せない学園ではない。
だから、学園より安全だろう。
口元の布も外す。
「大丈夫?」
「お……おうじょ…さま……ごめん、なさいっ……わたしっ………わ、たしっ!」
自由になって、彼女は正座し、バッと頭を下げた。
………だから…この世界に正座なんてないのに、なんで謝り方がこれなんだろうか…
「ソフィー」
「はい」
私が呼ぶとすぐにソフィーが寝室に入ってきた。
「この子、一度落ち着かせて。私にもお茶煎れてくれる? 持ってくるのはライトよ」
「畏まりました」
「………はい」
2人が彼女を連れて出て行き、私は天井を見る。
「カゲロウ、ラファエルに知らせてきて。犯人候補捕まえたって。でも心配せずに仕事続けてって」
「分かった」
………とは言っても、ラファエル戻ってきそうだな…
「姫」
ライトがお茶を持ってきた。
一度ベッド脇に置き、私を姫抱きしてベッドに戻し、お茶を差し出してきた。
「………で?」
「………彼女は父親に命令されたようです。姫に傷をつけるだけで良いと言っていたようですが、昨日の夜報告を受けた際、姫を何故亡き者にしなかったと言っておりました」
「へぇ。じゃあ彼女が意図的に私を殺傷目的で精霊を使ったわけじゃないのね?」
「………………………はい」
………なんでそんなに言うのを躊躇うの…
「………そういえば、精霊の力の威力が可笑しかったそうです」
「威力が可笑しい?」
「はい。傷をつけるだけだったはずが、威力が大きすぎて姫様を吹き飛ばしてしまったと」
「………精霊が命令を聞かなかったってこと……?」
「はい」
………そういう事ってあるのだろうか。
私は精霊と――究極精霊と対話はあの時以来ない。
だから、精霊がどういうものでどういう力で、どういう命令なら聞いてくれるか、他人から聞いた事しか知らない。
………私は、本当に何も知らない。
もっと色々なことを知らないと。
ライトが持ってきたお茶に口をつけ、私は彼女が落ち着くまで待った。




