第144話 許しは得られませんでした
「おかえりなさいラファエル。あの」
「ダメ」
「え……」
夜になってラファエルが帰ってきた。
私は寝室で迎え、声をかけたのだけれど…
………まだ何も言ってない…
「今日の」
「ダメ」
「いや、だから」
「却下」
「………」
「絶対させない」
………話聞け!!
あ…
思わずクッションを投げてしまった。
ラファエルは難なく受け止めていたけれど…
なんだろう。
この悔しさ…
「………話さえ聞けなくなる程余裕ないの?」
「ない」
即答されたら何も言えないんだけど…
「俺の影を総動員させてもまだ何の手がかりもないんだぞ!? ということは犯人が判明するまで時間がかかる! この部屋は大丈夫だったとしても、学園に戻ったときに同じ様な目に遭う確率が高い!!」
………ぁ、そっか。
ラファエルはあの時私を見ていて、周りが見えてなかったんだ?
ダメだよ…王太子としては…
私に敵意ある視線を向けていた令嬢を見落としているから、学園の在学生を片っ端から調べてるのね…
今回の原因は私のせいだから、ラファエルを責められないんだけれども…
「目星はついてるよ」
「………………………え?」
「今ライトとカゲロウに探らせてるよ。決定的な証拠か言動を」
間違ってはいないと思うんだよね。
それにあの時犯人を追っていったのはライトだ。
顔は見てなくとも、後ろ姿は見ていたはずだ。
だから私が探れと言った令嬢に、姿形が違っていたらライトなら違うと言う。
それがなかったということは、候補のうち張り付かせている侯爵家令嬢が本命って所だと思う。
カゲロウの方に探らせている子爵家令嬢の事も、ライトが何も言わなかったから、そっちも正解だと判断している。
「誰!? っていうかなんで分かったの!?」
ん~………これは言うべき?
陰口の件。
判断した材料はそれだけではないのだけれど…
「姫様、黙っておられますとラファエル様が今のまま明後日の方向を探ることになるかと」
ソフィー……
身も蓋もないこと言わないであげて…
っていうか探っている人物の中に、侯爵家子爵家が入ってないって事……?
………まさか、ね。
ソフィーの言葉でラファエルの視線が厳しくなったので、私は両手を挙げた。
「侯爵家令嬢と子爵家令嬢。分かった理由は私の陰口を言っている場面を偶然見たから」
私の言葉に、ラファエルはゴンッと壁に頭をぶつけていた。
………まさか本当に両家が入ってなかったの!?
「………指示出し直してくる……」
何もそんなに弱々しい声で言わなくても…
「ライトとカゲロウが探ってるからいらない」
思わず言ってしまったら、ラファエルから負のオーラが……って!!
やってしまった!!
「ご、ごめん…」
「………ぅん…」
「わ、分かった理由はそれだけじゃないの!」
「………どういう事…?」
しょんぼりしながらトボトボと近づいてくるラファエル。
………うん、本当にごめん…
今まで頑張ってきたのに見当違いで、更に私にいらないと言われたら落ち込むよね!
後で機嫌取らなきゃ!!
「朝、学園の騒動があったでしょ?」
「………ごめんなさい…」
あ…令嬢を諫めなかったことまだ気にしてる…
あの後、ちゃんと処分したんだから気にしなくて良いのに…
罰は課題を通常の5倍で一週間で終わらせること。
あの時にラファエルを囲んでいた女生徒全てに言い渡されたと聞いた。
相当厳しいと思うよ?
学生ならではの罰則で、内容はレポート。
お題は“共通規約”と“ランドルフ規約”について。
ノート一冊全て埋めること。
学園で支給されている書き取り用ノートのページ数は、500ページ。
しかも日本でいう大学ノートのように罫線が入っているタイプで、行は40。
普通に文字を書いて、1行30~35文字って所?
30文字で考えると、1ページ1200文字。
それを500ページとなると、60万文字。
これを一週間で仕上げるとなると…うん、無理だと思う。
普通に授業受けて、時間ある時にやるとなるから。
更に出来なかった者は停学処分を言い渡されるらしい。
平民はともかく、貴族は拭いきれない汚点となるだろう。
学園で罰を受けたという不名誉な風評が一生付きまとう。
随分過酷な罰を与えたものだけれど、これで規約が身につけば一石二鳥ってとこかしら。
まぁ、その課題をすることになった逆恨みとして私を攻撃した、とラファエルは思ったのだろうけれど。
ラファエルが彼方此方に影を散らばらせたということは、精霊契約者と分かっている人物が学園には私達以外居ないということ?
それとも、風の精霊と契約している人物はいなかったということだろうか。
でも、ユーグ1人じゃ到底探れないから、影を散らばらせたのだろう。
「それはもういいよ。で、あれを仕掛けた人物は、ラファエルを囲っていた中には居なかったの」
「え!?」
「当然でしょう? 自分は高みの見物。裏工作が得意な貴族の常套手段じゃない」
ガクッとラファエルが脱力した。
これは囲っていた令嬢をメインに探ってたわね…
お疲れ様…
「ということで、陰口を言っていた令嬢をチラ見すると、私を周りからバレないように睨みつけていたから探らせていたの」
「………そうなんだ……」
それに――
………いや、これは良いか…
単なる私の勘の事まで言う必要はない。
侯爵子爵の令嬢2人より、ある人物の様子が気になっている、なんて。
「だから、分かったら私が対処――」
「ダメ」
そこは即答なんだ!?
「何で!!」
「精霊の力で攻撃されたんだよ!? ソフィーならまだしも、ソフィアは精霊の力をまだ使えないでしょ!!」
「ソフィーに精霊の加護を教えてもらうことになってるよ。それなら精霊での攻撃は無効化されるって」
「そのコントロールに、どれぐらいかかるか分かってる?」
「そ、れは……」
そういえば、それは知らない…
「それに物理攻撃で来たらどうするの。精霊の加護はあくまで精霊の攻撃から身を守るだけ。剣とか武器で物理攻撃されたら加護は素通りするよ」
「そうなの!?」
勝手に結界みたいなこと考えてた…
あれって物理と魔法両方防ぐでしょ?
「ソフィアは最近武器使えるようになったけど、貴族お抱え影とかに攻撃されたらひとたまりもないからダメ」
「むぅ!!」
思わずむくれてしまうと、ラファエルが苦笑する。
「その顔は可愛いけど、許さないからね」
ラファエルが私の尖らせている唇に口づけを落とし、寝る準備してくると言って出て行った。
こうなったら実力で許可を取らなければ。
私は改めて精霊の力のコントロールと戦う力を身につけてやろうと思った。




