第140話 共通規約は絶対です
「わたくし少々驚いてしまいましたわ。サンチェス国では学園内でも社交界の規約が適応されておりました。ですがランドルフ国学園では、階級が関係なしにお話しできるのですね」
私の一言についに全員が口を閉じた。
「学園をご卒業された時から成人とされていますが、社交界の規約のお勉強はされていないようですので、少々ランドルフ国民が他国に対して社交出来るのか心配になってきましたわ…」
「あ、そ、そう、だよね。それも授業に組み込もうか」
「あ、いえ、そんな! 苦情を申したわけではないのです! そういうことはお家で勉強されておりますわよね。学園の生活ぐらい羽目を外しても誰もお怒りにならないですわよね。差し出がましく申し上げて申し訳ございません」
私はラファエルに頭を下げた。
「………ただ、“階級の上の者から下の者に話しかけるまで、その者の階級以下の者は言葉を発してはいけない”“婚約者がいる者には、たとえその者の階級より上であれ、必要最低限以上の会話をしてはいけない”と社交規約ではありますのに、ランドルフ国のご令嬢は例外だということがわかり、まだまだわたくしはランドルフ国の規約に慣れておりませんで、戸惑ってしまい、お恥ずかしいですわ」
頭を下げたまま、チラッとラファエルに最初に声をかけた令嬢に目を向けた。
目が合い、ビクッと令嬢が反応して顔色が悪くなるが、私は無視する。
「ラファエル様、存分に交流なさってくださいませね。わたくしはマーガレット嬢に“ランドルフ国規約”を教えて頂きますわ」
スッと頭を上げて、目が笑っていない笑顔を向けた。
ラファエルの顔色がもう無かった。
ここで私に縋りつくことが出来ないラファエルは、辛いだろうな。
………でも、ラファエルにもちょっと困ってもらわないと。
止めなかったのだから。
「いや、ソフィア、社交規約は……」
「ラファエル様、わたくしはサンチェス国の王女です。婚約者であるラファエル様のランドルフ国の規約を知らないわたくしは、こちらの方達より優先させられないのは当然ですわ」
ラファエルの頬がヒクついた。
一生懸命平静を取り繕うとしているけれど、そろそろ崩れそう。
「わたくしはサンチェス国の代表としてこちらにおりますのに、サンチェス国の常識で物事を図ってしまい申し訳ございません。これではサンチェス国民が馬鹿にされてしまいます。王女としてサンチェス国民が適応力ある者達だということを知って頂くために、ランドルフ国の勉強を一生懸命させていただきますので、少々お待ち頂けますでしょうか?」
「あ、いや…」
「ちゃんと、“婚約者がいる男性にお声をかける”努力をさせていただきますわね? “わたくしが話す前に話しかけられる”ことも慣れなければなりませんので、マーガレット嬢とスティーヴン殿にご教授願いますね!」
「………ちょっと待ってよ」
スッとラファエルの顔から表情がなくなった。
………ぁ…
調子に乗ってやり過ぎてしまった。
私は内心冷や汗を流した。
表情は笑顔を作ったままで。
ここでラファエルに甘い顔は出来ない。
事実上、私がこの国の社交規約になるのだから。
「私が君に近づく男を許せると思うかい?」
「あら。ラファエル様はお美しいご令嬢達に囲まれているではございませんか。羨ましいですわ」
「規約を咎めなかった罪は私にある。申し訳なかった」
ラファエルが頭を下げた。
ザワッと周りが騒がしくなる。
ここで、ラファエルが頭を下げたのは正解。
私の立場はランドルフ国に招かれている、サンチェス国の王族。
私に対して非礼があれば、当然責任を負わせられるのはこの国のトップ。
つまりラファエルだ。
私が責任を問わないなら問題視されないけれど、ここで有耶無耶にしてしまうと示しがつかないよね。
………これで、もうこんな事起こさなければ良いんだけど…
視線だけで周りを見ると、この状況が分かっていない者が大半で。
ここまでランドルフ国の規約認識は落ちているのか…
………これ、私が何とかしないといけないのかしら……
マーガレットは大丈夫だったから、基本的なことなど言わなくても大丈夫だろうと思っていたんだけど…
王族のしでかしていた事が、社交までもここまで落ちぶらせていたのか。
「では、こちらの国もわたくしの国と同様の規約と、認識しても宜しいのでしょうか?」
「そうです。全ての国の共通規約は王妃が変更できる規約とはわけが違います。王妃が変更できる規約はあくまで国内の規約の社交であり、他国が参加するパーティや会食などの交流では共通規約が適応されます」
私の視線を受け、ラファエルは敬語で話し始めた。
私と王族としての対応をする気になったようだった。
………そうでないと、この事態を収拾出来ないよね。
分かっていない者が多いのだから。
共通規約としてあるのは、さっき私が言った事、
1.階級の上の者から下の者に話しかけるまで、その者の階級以下の者は言葉を発してはいけない。
2.婚約者がいる者には、たとえその者の階級より上であれ、必要最低限以上の会話をしてはいけない。
さらに、
3.他国の民が犯した罪があった場合、速やかにその者の母国に通報し、処分は母国の王族が下すこと。(ただし、国の王族が他国の王族に対して罪を犯した場合は、被害王族の国の王族が処分を下すこと)
他にもあるけれど、大まかに言えばこれらが共通規約。
これはたとえ社交界のトップである王妃でも覆すことが出来ない規約だ。
国内で変えるのは勝手だけれど、他国の者がいる前では常に共通規約が優先――というか絶対視される。
だから、私の知らないランドルフ国独自の規約があったとしても、この場に他国国籍の私がいる以上共通規約が正当だ。
ランドルフ国規約として動いた今回のことだったとしても、悪いのは彼女たちだ。
私がラファエルと結婚していたらまた別の話だったけれどね。
「そしてソフィアがこの場にいる限り、規約は共通規約であり、前の彼女たちの行動は規約違反。サンチェス国王女がいる場であるまじき行為。決して許される行為ではありません。そして規約を犯した人間にも非はありますが、責任を取るのはこの国の王族。よって、責任は私にあります」
ラファエルの言葉で、教養ある人間の顔色がサッと変わった。
ようやく事の次第が分かったようだった。
ここまで言わなければ分からないような貴族令嬢たちが蔓延る学園。
………これからを思うと、ため息を思わずつきたくなる。
本当にサンチェス国とは違って、問題だらけの国。
………やってやろうじゃないの。
私が出来ることなんてないと思っていたけれど、結構あるみたいだね。
やる気出てきた!
………っと、今はここを何とかしないと。
「そうですか。今回の事に触れるのは2つの規約ですわね」
「はい」
「………適正な対処をお願いいたしますわ。今回の件は、大事にはしません」
「感謝します」
「ここはお任せいたします。わたくしはランドルフ国独自の事を勉強するためにここにおりますので、教室で予習をします」
「………」
私はラファエルに頭を下げて、彼の横をスッと横切った。
さて、何から始めようかな。




