第139話 サンチェス国との違い
「お、おはようございます! ラファエル様!」
「おはよう」
きゃぁ! と黄色い声が上がる。
………なんだこれ。
思わず半目になって、ラファエルから距離を取ってしまった。
温泉で週末身も心もさっぱりし、新たな気持ちで登校した週明けの学園の朝。
いつもなら生徒が登校する時間より前に登校していたために、学園の門から生徒に囲まれるということはなかった。
今日は珍しくラファエルが寝坊したために朝の日課がなく、朝食を急いで食べて登校すればこれ。
なんでこんな漫画のような展開になっているのだろうか。
確かにラファエルはイケメンだよ?
で、この国の王太子だよ?
でも、これはないんじゃない?
目の前でどんどんラファエルが女生徒に埋もれていく。
………あっれ~?
私はサンチェス国と全く違う風習に思わず首を傾げてしまう。
次世代を担う若者達が、いくらランドルフ国の学園のルールが緩くても、王太子を取り囲んで良いものなの?
しかも、先にラファエルに声をかけたよね?
いくらなんでも、社交界ルール破っちゃダメでしょ。
ラファエルが許していても。
………ラファエルもラファエルで注意しなさいよ…
笑顔で対応する前に、やることやらないとでしょ。
私があの時マーガレットに声をかけられたのは例外に入る。
相手に気付かせるために、自分から相手の名だけを呼ぶのは有りだ。
それ以外の例外はない。
私が口を開こうとすると、スッと私の前に見知った顔が。
そしてゆっくりと礼をされる。
「おはようございます。マーガレット嬢」
「おはようございます。ソフィア様」
「………あれは、ランドルフ国学園の常識ですか?」
「いいえ。恐らくこの間ソフィア様の陰口を言っていた方達の仕業かと…。あれから少し影に探らせていました」
うっ……
マーガレットの方が優秀だね…
放っておけといったのだけど、ちゃんと警戒してくれてたのね…
申し訳ない……
私が精霊で頭がいっぱいだったために…
ランドルフ国で1番ランドルフ国のことを知らない私だったから、精霊の事を先に何とかしないとって…
そうだよね…
王族として、社交の方もちゃんとしないとだよね…
私はランドルフ国民の上に立つんだから…
やっぱり私、半人前だからちゃんと両立させないと。
気にしないといっても、何処の家の者かぐらいは調べておかないといけなかったよね。
今後の展開次第で、何かあったときに追及の材料になるのだから。
「陰口を言っていた方達は侯爵家の令嬢と子爵家の令嬢でした」
「………旧国派の貴族ですね」
「知っておいでましたか」
「それなりに、ですけれど」
「その者達がラファエル様を慕う令嬢を集め、学園でラファエル様との縁をと」
「………それにしても、やり過ぎだと思いますわ。平民巻き込んで」
学園には制服があると言ったけれども、平民は上着が半分学年色ではなく、下半身に当たる部分は黒で統一されているから貴族なのか平民なのか区別しやすい。
………これも差別の一環だと思うんだけど、それはまた別の問題で今は置いておく。
「ええ。わたくしもまさかこんな所でこんな騒ぎを起こすとは思いませんでした」
「………発端の彼女たちは――」
「あちらにいらっしゃいますね」
スッとマーガレットが視線で指し、私も視線だけで見る。
ラファエルを囲っている平民達の後ろで、なんてはしたない、という風な顔で立っている。
………ぁぁ、あれか…
他人にやらせて自分たちは高みの見物するってやつ。
でもそれも、やっていることは一緒だということを分かっていないわね。
窘めることをしないのは、無関係を装っていても私にとっては同罪だ。
………さて、どうしようかな。
マーガレットも私がいる以上、ここにいる人達の中では私より階級が下。
下手に私より先に言葉を発せない。
『姫様』
考えていると、頭の中にソフィーの声がした。
ひぃっ! と声に出してしまいそうだった。
あぶな…
こんな事出来たんだ…ソフィー…
『驚かせてしまい申し訳ございません』
『何事?』
『せっかくなので、この場で精霊の力を使ってみませんか?』
『却下』
『何故です?』
『練習もなしに何の力を使えっていうの?』
『風の力です。空気を震わせ、姫様の声をあの雑音より大きく響かせるのです』
ソフィーの言葉に驚くより呆れてしまった。
『却下。仮にも王女の私があの雑音より大きな声を出せるわけないでしょう。それこそはしたない』
『………申し訳ございません』
『うん。大丈夫。提案ありがとう』
『失礼いたします』
ソフィーの声が聞こえなくなり、私は逆に閃いた。
ソフィー様々だね。
私はラファエルを囲っている円の端にいる女子に近づく。
「………失礼」
「何よ! ……!? ……ぁ…」
声をかけると凄い形相で振り向きざまに睨まれた。
けれど私はニッコリ笑ったまま声を発しなかった。
私の顔を見て少し考えた後、サッと顔を青くする女子。
そのままどうして良いか分からないまま、固まっていた。
そして彼女の隣に居た女子もこちらに気づき、ハッとしたようで後ずさり。
それが端の女子から女子へと伝わり、雑音が段々静かになっていく。
そして私が通常の声を出しても全員に届くだろうぐらいに小さくなった頃に、私は口を開いた。
「ラファエル様、人気なのですわね」
「ソ、フィア…」
サッとラファエルの顔色も変わった。
「わたくし嬉しいですわ。わたくしの婚約者であるラファエル様がこんなにも慕われていることを」
「あ、ありがとう」
ラファエルも微笑むが、その顔色は悪い。
可笑しいな?
私は笑っているだけなんだけどなぁ?
そう思いながら、私は今一度口を開いた。




