第131話 私は1人しかいない
ソフィアを傷つけ、ラファエルを怒らせ。
………私は一体何をしているのだろうか。
悩むのは罪ではないはずだけれど、相手を傷つけて良いわけがない。
つくづく私はバカなんだと思う。
こうなることが分かっていなかったはずがないのに。
口に出して、ウジウジして、それで状況が変わるわけがないのに。
本音を話せる、というかバレているソフィアに対して、悩みを聞いてもらえるという気の緩みが全ての原因だ。
私はキュッと唇を噛んだ。
まずは怒っているラファエルと泣いているソフィアを何とかしないといけない。
もう、隠している場合じゃない。
自分がこの状況を作り出した張本人なのだから。
「………まずこちら、ソフィア・サンチェス王女です」
取りあえず、ラファエルにソフィアを紹介した。
「………」
いや、冷たい目で見ないでください…
だって!
ソフィアの話しないとこの状況説明できないんだもの!!
元はと言えば私のせいだもの。
この状況の何もかもが。
「ほ、本当なの! 私に命をくれた王女様なの! で、ずっと私の中で眠ってたんだけど、究極精霊達に精霊として私と同じ時間だけ現世に姿表せるようにしてもらったらしいの!」
「………で?」
「………え?」
「それで何故俺の隣に立たせるなどと?」
「う……」
変わらず冷たい視線を向けられ、私は言葉に詰まった。
「その侍女風情がソフィア・サンチェスだったとして、なんで俺がそいつを隣に立たせないといけない? 俺が認めた女はその侍女じゃないはずだが?」
ひぃっ!!
ゆっくりと冷たい視線のまま覗き込まれた。
私の顔色は最早青を通り越して白かもしれない。
「………ねぇ?」
「は、はい…」
「俺の愛はお前に伝わってなかったって事でいいのか?」
私はある意味、命の危険を感じた。
力いっぱい首を横に振った。
「俺は言ったはずだ。俺からお前を奪うなと。王女のソフィアだけなら俺は興味を無くすと言ったはずだ。他の人間と入れ替えたら、今度こそ繋ぐぞ」
「すみませんでした!!」
心臓が!!
心臓がひゅってまたなった!!
こ、怖い…
「で? なんでそんな事になった」
「ソフィアは精霊の力持ってるし、ってか精霊そのまんまだし、王女様だし、王女を作らないといけないときはソフィアが適任だって、王太子の隣に相応しいのはソフィアだって思ってのことでした!」
至近距離で睨まれ、私は直立不動で正直に話すしかなかった。
こ、これはナルサスにキレてた時より恐ろしいよぉ!!
「………逃げたねユイカ」
「うっ…」
………その通りです…
「だ、だって究極精霊の逆鱗に触れたら私が国滅ぼしちゃうかもなんだよ!? だったら、精霊に影響を及ぼすようなク…バ…悪……貴族を相手にする仕事はソフィアにしてもらった方が良いと思って!」
「………まぁ、確かにクズでバカで悪人な貴族相手にしたら精霊の怒りに触れるかもね」
………あえて言いかけて止めた言葉を言わないで…
「でもそれは究極精霊も許容範囲でしょ。今まで散々見てきたんだし」
「………ぁ…」
「多少アイツらが何か言ってきても何もないよ。まぁ、度を超せば何があるか分からないが、俺とユイカの影がいれば大丈夫だよ。ユイカが精霊の力を使って人を殺すことは避けるよ」
ハッとラファエルを見れば、ラファエルはふわりと笑った。
トゲトゲしかった空気がなくなった。
「ユイカを人殺しにはさせないよ。怖がらなくていい」
「………」
私は首をまた横に振った。
そんな事は気にしていない。
むしろ、私が悪人を裁かなくてはいけない。
その最終が処刑だったとしても、躊躇しないだろう。
私は、王族なのだから。
その覚悟は、サンチェス国で王女として教育されているときに既にあった。
常に正しいと思うことをし、罪を犯した人間には情けをかけないこと。
処分を下すときは私情を挟まないこと。
そんな事を怖がっているのではない。
自分の意思ではない事をしでかしてしまった際に、精霊を暴走させてしまった際に、無関係な……何も関係ない人達を巻き込んでしまったら?
その責任を、私は負えるのだろうか。
私のせいで暴走した精霊を制御できるのだろうか。
………間違ったことをして、ラファエルに嫌われてしまわないだろうか…
ぐるぐると思考がループする。
「ん?」
「………ぐすっ……唯華さんは人を殺めるより、人を殺めてしまってラファエル様に嫌われてしまうことを恐れているようです…」
「ちょっと! 泣きながら何暴露してるの!?」
「………仕返しです」
「うっ…」
目元を真っ赤にしたまま、涙もそのままで、ソフィアが私を見てくる。
そ、そんな可愛い顔しないでよ!
ソフィアにラファエルが心変わりしたらどうするの!?
ラファエルの前で声に出すことは憚られたので、心の中で文句を言った。
「あり得ません」
そしてソフィアは私の心の声を読み、返事をしてきた。
まだ繋がっていることは間違いない。
キッパリと言ってるけど…
ソフィアにその気はなくても、ラファエルはソフィアの顔もタイプなんだから、元祖な貴女を好きになるかもでしょ!?
「ですから、あり得ません」
あり得ない事なんてないよ!!
私、可愛いソフィアに勝てる要素ないんだから、そんな顔しないでよ!
「地顔です」
そうだけど!
ただでさえ私は普通の顔にしか見えないし、黒髪で地味だし!!
ソフィアは精霊になって、可愛かったのが金髪ゆるふわウェーブになって、更に可愛くなっちゃってるんだから!
ドレスも絶対似合うし綺麗だし可愛いし、私が泣きたい!!
「ですからラファエル様は唯華さんだけを愛していますから、わたくしの顔でわたくしになびくことはありません」
「………ちょっと、さっきから会話が成立しているみたいだけど、何の話してるのさ」
「内緒!!」
「唯華さんがラファエル様がわたくしの泣き顔に惚れるかもしれませんから、泣き顔を見せるなと。自分は地味なのに同じ顔のわたくしが金髪で可愛いからラファエル様が惚れてしまうのも無理はない。泣きたい、と」
「何暴露してるの!?」
「仕返しです」
さっきも同じ台詞言ったよね!?
「………ま、侍女とユイカが繋がっているのは確かみたいだな。ソフィア・サンチェス王女」
「いいえ。わたくしは、精霊のソフィーです。姫様に名付けて頂いたときから、わたくしは姫様の下僕の1人となりました。ソフィア姫様はこの世にたった1人しかいらっしゃいません。わたくしが影武者を演じることはあるでしょうが、その時もわたくしはソフィーなのです」
キッパリと言ったソフィアに、ラファエルが口角を上げた。
げ、下僕って…
「分かってるじゃん。そうだよ。ソフィアは1人しかいない。俺が愛している女、ただ1人だ」
ラファエルに腰を取られ、引き寄せられた。
「以後、ソフィーをソフィアと呼ぶなよユイカ。ソフィーの存在を、お前が消すな」
「っ……は、い。すみません」
尤もな言葉に、私は頷くことで了承を示した。




