第116話 すれ違っていた想い
ぴちゃんと天井から水滴が湯船に落ちる音がする。
パーティから戻って着替えた後、ラファエルが疲れたと言って、珍しくベッドで先に寝てしまった。
私はやりかけだった刺繍を仕上げてお風呂に入りにきて、一息ついている。
その状態でライトからの報告を聞いていた。
「消しますか?」
「止めなさいって……」
一通りの報告を受けた私は、苦笑する。
ライトに公爵家に残ってもらっていた。
マーガレットの最後に聞き逃した言葉が気になっていたから。
そしたら出るわ出るわマーガレットの婚約者の問題言動が。
「………マーガレット嬢の言うとおり、ラファエルに似てるわね」
「傍に置くのは危険です」
「それを言うならナルサスもでしょ? 実際に私を殺しかけたんだし」
「やはり消しますか」
「だから止めなさいって」
ライトの忠誠はありがたいけれど…
危険な思考を持っているからといって、自分に都合の悪い人間を排除していては、それはもう独裁者と一緒だ。
きちんとその人と会話もしていない状態で、影だけの情報で処分する王族など以ての外。
犯罪者となれば状況は変わってくるけれど。
「スティーヴン・クラークは、今の話を聞く限りマーガレット嬢を愛するが故の言動であって、それをきちんと止めさせるマーガレット嬢も評価できるでしょ」
………そして、純粋に国を思っている。
だから私と親しくしたいと。
勝手に探って申し訳なく思うけど、私の信頼できる人は少なすぎる。
自分の勝手知ったる国ではないのだから、親しい人もおらず、当たり前だけれど。
彼女が国のために純粋に動きたいと思っているのなら、拒む理由は私にはない。
「けれど、彼女は令嬢。こちら側に引き込む為に、動いてもらう為には――」
「確かに限定されるよね」
「………!?」
私はいきなり聞こえた声に、体を勢いよく湯船に沈めた。
胸元まで湯につけていたけれど、肩まで全て。
湯に色がついてるから見られてないと思うけど!
「ら、らららラファエル!?」
入り口付近にいつの間にかラファエルが立っていた。
何でここに!?
寝てたはずでしょ!?
「一緒に入っていい?」
「ダメに決まってるでしょ!?」
「………王太子、流石に婚前前の姫のお体を見るのは非常識にも程があります」
さり気なくライトが背で隠してくれる。
「ライトは良くて俺がダメって可笑しいだろ」
「可笑しくありません。婚約者と下僕を一緒にしないでください」
………下僕って…
せめて従者と言いなさいよ……
ライトは時々言動が可笑しい…
「と、とにかく! ラファエル一回出て!! 私ももう出るから!!」
「え~……」
「早く!!」
「………分かったよ」
ラファエルが渋々出て行き、私はため息をついた。
「………今公爵家には?」
「カゲロウを行かせています。万が一また不審な言動をすれば消せと伝えてます」
「………消せは撤回しておきなさい……」
「嫌です。我々は姫を守る為に存在しております。危険思考を持っている者が判明した以上、監視するのは当然で、不審な動きや言動した場合消します」
………はぁ。
困ったな…
あんな言動を――王家の人間を傷つける言動をしてしまったスティーヴンの自業自得と言われればそれまでだけど…
「じゃあ、消す前に一度報告しなさいと伝えなさい」
「………分かりました」
ライトが天井に消え、私は湯船から出た。
………さてと…今度はラファエルの相手か…
どうしてだろう。
疲れを落とすための入浴だったのに……
ドッと疲れてしまった。
寝間着用の服を着て部屋に戻ると、ムスッとしているラファエルがソファーに座っていた。
………そんなに一緒に入りたかったの……?
やめてよ……身体に自信が無いし…
なにより恥ずかしいし…
「………マーガレット嬢に協力してもらうことだけど」
お風呂の件はスルーしよう、うん。
「………ソフィアのアイデアには関わらせられないよ。だって、彼女には技術が無い。やってもらえることと言えば、他の貴族の懐柔だ」
「………だよね。令嬢はそうなってしまう」
「旧国派の連中を引き込むことは、危険と隣り合わせ。それはさせられない。よって、中立派をこちらに引き込む。………マーガレット嬢のやる気を削ぐことになるが、彼女にやれることはあまりない。ソフィアみたいにアイデアを次々と出せるなら話は別だけどね」
さっきまでの表情が嘘みたいに王太子の顔になっている。
内心で感心しつつ、私はソファーに腰を下ろした。
「あとは、ソフィアの話し相手ぐらいじゃない?」
「………ぇ……?」
「………女のお友達。欲しかったんでしょ?」
「………知ってたの?」
「俺とナルサスのやり取りを、寂しそうに眺められていたらね。俺はそんなに鈍感じゃないよ」
何だか恥ずかしくなって顔を背けてしまう。
そんな私をラファエルが抱きしめた。
「俺はソフィアの相手にはなれても、女友達にはなれないからね…」
寂しそうな顔をするラファエルに、私は罪悪感が…
「ラファエルが嫌なら私は大丈夫だよ? 無理に欲しいとは思っていないし」
「ソフィア、勘違いしたらダメだよ。俺はソフィアがこの国で幸せになってくれたらいいと思っているんだよ。俺の我が儘を聞いて我慢して欲しいなんて思ってない。無理矢理俺が婚約者にして、苦労をかけているのに何を言ってるんだと思ってると思うけど、俺はソフィアといたい。俺といれて良かったと思って欲しい。ソフィアの笑顔が見たいんだ」
「………ラファエル…?」
「ソフィアを自分の都合でこちらに引き込んだからには、ソフィアに必要なら出来る限り用意する。ソフィアの願いは出来る限り叶える。それが俺の生涯の課題だと思っている」
「ちょっ……!」
私は勢いよくラファエルの腕から抜け出し、ベチッと彼の頬に手の平をぶつけた。
………よし。
今回は、ペチッじゃなくてベチッだったぞ!
ちょっとは強くなった!
………何を喜んでいるんだろう…私……
平手打ちの効果はあまり出ていないようで、ラファエルがキョトンとしている。
………悲しいかな……
「課題って何!? まだ巻き込んだって思ってるの!? 私はラファエルが好きだから、ラファエルの為に一緒に頑張りたいって思ってるのに! ラファエルは私を侮辱してるの!? 下に見てるの!? 対等の立場じゃないの!? 守られなくちゃダメな子供なの!?」
「そ、ソフィア…」
「自分の願いぐらい自分で叶えられるよ! 必要なものは自分で揃えるよ! 私を深窓の令嬢にしないでって何度も言った!!」
「ご、ごめんっ!」
「何に対して!?」
「ソフィアを囲い込もうとして…」
「………私は巻き込まれたと思ってない……ラファエルがずっとそれで負い目を感じているのが嫌だから、国を安定させるために、借金返済のためのアイデア出した。国が良くなってきた……のに……借金もなくなって、ラファエルがずっと仕事しなくていいように……時間に余裕があるようになったのに……まだラファエルがそんな考えしてるなら……私……どうやったら……ラファエルに対等に見てもらえるの……?」
………なんか悲しくなってきた。
何でこんな話になるの…?
ただ、女友達が欲しいって願っただけなのに。
ラファエルが許可してくれただけなのに。
その過程でラファエルがまだ私に対して負い目を感じていると分かった。
………彼への信頼を……私の想いを……否定された気がした…
純粋に一緒にいたいと想っていた私の気持ちに……ヒビが入ったように胸が痛い…
「ソフィア!」
急にラファエルに抱きしめられた。
「ごめん! もう言わない! 思わない! ソフィアの気持ちは分かったから! ちゃんとソフィアは俺と対等――いや、俺よりずっと凄いから! だから……泣かないで」
いつの間にか私は泣いていたらしい。
「………そうだよね。俺達夫婦になるんだから、負い目を感じて一緒にいるのはダメだよね。もう言わない。誓うから」
「………ぅん……」
ラファエルの言葉を聞き、私は息を吐いた。
喚き立ててしまって恥ずかしい。
その恥ずかしさを紛らわせるために、私はギュッとラファエルの背に腕を回して抱きついた。
「………また言ったら、嫌いになるからね……」
「!? わ、分かった!」
ラファエルが焦る声を聞きながら、私はソッと目を閉じた。




