第114話 公爵令嬢の責任感
スティーヴンに詰め寄られているラファエルを眺めながら、私はマーガレットと他愛のない話をしていた。
「そういえばランドルフ学園に、わたくしも通う予定になっているそうです」
「まぁ! それは本当ですの? 何学年ですか?」
「2学年だそうです。マーガレット嬢がお帰りになった後に学園の件をラファエル様にお伺いしたら、そう言われましたの。わたくしのアイデアが採用された教育内容らしく、わたくしにも是非確認のために通って欲しいと」
「では、わたくしと同じ学年になるのですね。楽しみですわ」
ニコニコ笑うマーガレットは、本当に嬉しそうだった。
純粋に楽しみにしているようで…
「………伺って宜しいでしょうか?」
「何でしょうか?」
「………マーガレット嬢は何故わたくしと親しくしたいと思ったのでしょう。わたくしはまだサンチェス国の人間であり、ランドルフ国民ではございません。確かにラファエル様の婚約者ではありますが、自分の思う通りの国にしようと思っているのかもしれませんよ。高い評価を頂けているようですが、わたくしは本当にただの王女なのです。大したことはしておりません」
私が言うと、マーガレットがクスリと笑った。
「そういう風に仰る方が、ランドルフ国をご自分の思い通りにされるとは思いません。………実はわたくし、失礼を承知で影にソフィア様の行動を探ってもらってましたの」
………まさかとは思うけど、私の言動とか見られてないわよね!?
「あ、勿論プライベートは探っておりません。ソフィア様の改国の姿勢だけを」
「………」
「わたくしは先日自分を恥じたとソフィア様にお話させて頂きました。それが理由でございます」
「恥じたことが理由、ですか…」
「わたくしは父と同様に、国に対して――国王に対しての敬意などございませんでした。公爵の地位を与えて頂いておきながら、不敬ですが…。現状を何とか維持しようと中立の立場を貫いていましたが、それだけでは国は変わらず、民は苦しむだけでした」
マーガレットの言葉は重く私に届いた。
「国の体制を変える。勿論考えなかった訳ではありません。……ですが、王家に家を潰されるのではないかと、臆病になって動けなかったこともまた事実です。わたくしも民にとって加害者と同じ。ソフィア様の言葉は当然のこととして、受け止めております。わたくしは、罪人です」
キッパリと言ったマーガレットに、私の胸がズキリと痛んだ。
今までの行動は肯定しかねるけれど、私の行動のせいで、ただの公爵令嬢を政界に巻き込んでしまった事に罪悪感が出てくる。
「マーガレット嬢がそこまで気に病むことはございませんでしょう。マーガレット嬢は元々、民や国のことを考えることなく、令嬢としての教養を受けているのが普通ですわよ」
「………本当にそうお思いですか……?」
「え…」
マーガレットに真っ直ぐに見つめられる。
その瞳には、少しの悲しみが見えた。
「将来の王妃になられる御方が、他国であるランドルフ国のために動いてくださっているというのに、この国のわたくしが…公爵の地位を頂いているわたくしが、動かないでいいなどと言える道理がございません」
「わたくしの行動が、マーガレット嬢に影響が出てしまったことはお詫びしますが、そんなに責任を感じないでくださいませ。本来ならわたくしも口を出してはいけないことなのです。けれど、ラファエル様の助けになりたくて、非常識なことをしているのです。マーガレット嬢まで非常識なことをする必要ございませんわ」
令嬢に、国政に口を出す権限などありはしないのだから。
日本のように女性が政界へ進出するのが常識なら話は別だけれど。
この世界がそういう風になるには、相当な年月がかかるだろう。
だから…
「今までのことは、王家や当主に責任があることであり、公爵令嬢のマーガレット嬢が責められる謂われはございません。もうお気になさらないで下さい」
ふわりと柔らかく笑ったつもりだ。
けれど、マーガレットは泣きそうな顔になってしまった。
こ、これは、私が悪いのだろうか!?
可笑しな事言ったつもりはないんだけどっ!
「………ソフィア様は、わたくしが――」
「ソ…アンリ!」
「ぇ…」
私はラファエルに腰を取られた。
な、何!?
「助けてアンリ……もぅ無理……」
どうやらスティーヴンに詰め寄られるのが限界だったらしい。
半泣き状態で私に囁いてくる。
私にどうしろと!?
今の今までマーガレットの言葉に集中してしまっていて、どういう話をしていたか聞いてないんだよね…
ごめん、どうしたらいいか分からない…
「スティーヴン、押しつける行為は迷惑ですわ。必要ないと仰っていますからもう諦めなさい」
「でも…」
「ほら、もう行きましょう。お2人ともパーティを楽しんでくださいね」
マーガレットは先程の表情を瞬時に切り替え、ふわりと笑ってスティーヴンと離れて行った。
結局マーガレットが言いかけた言葉を聞きそびれてしまった。
「………今のところ彼には問題になりそうな要素はなさそうだよ。…強引なところを除けば…」
「………こちらも」
私はマーガレットの事が気にかかりつつも、パーティで話す機会はもうなかった。
そっとパーティ会場を後にするまで、私はマーガレットの事を考えていた。




