第107話 傍観してるだけではありません
キンッ!
と弾け飛ぶ短剣。
「うわぁ!?」
ドテッと尻餅をつくカゲロウ。
「………ぁ……」
カゲロウの対戦相手が、しまった、という顔をする。
「い、てて……」
腰を擦りながら、カゲロウが立ち上がる。
「カゲロウ、弱くなりましたね……相手が相手だけに……同情します…」
「し、失礼な!? 相手が強くなりすぎなんだよ!」
ライトに可哀想な人を見る目で見られ、カゲロウが少し泣きそうになっていた。
………まぁ、今回の相手が……ねぇ…
「いやいや、カゲロウより絶対に非力な者に剣を弾き飛ばされ、更に尻餅をつくなど、影として考えられん」
「あー! イヴも馬鹿にするぅ!! 絶対強くなりすぎなんだって! ねぇ姫様!?」
「………私に振られても…」
ポリッと思わず頬を掻く。
「なんで!? 俺、訓練サボってないよ!? ちゃんと仕事の合間に訓練してたのに!!」
「………それは……」
「………まぁ…」
「………」
一斉に私は影4人に見られた。
「………ぁ、はは……」
私は持っていた短剣をさり気なく背中に隠した。
………そんな事をしても意味はないのだけれど…
そう。
今回のカゲロウの相手は私だった。
ラファエルが暗殺者にも対応できない実力だと知り、密かに――たまに戦闘の心得の訓練をライトにお願いして最低限の護身術を習っていた私は、本格的に鍛えてもらえないかとお願いした。
ナルサス達に囚われた時に、自分の身を…ラファエルやライト達に助けられる時間稼ぎぐらい、出来なきゃダメだと思ったから。
少しの間でも耐えられれば、彼らが助けてくれる。
その為の力は持ちたかった。
勿論、かなりの実力者相手なら大人しくしているのが一番だ。
でもそんな判断など、戦闘の心得を持っていない私には分からない。
だから自分も力を付けて、相手の力量を測れるぐらいになれれば、必ず役に立つだろう、と。
「………まぁ、流石王のお子、といったところでしょうか……」
「………王子様も相当な手練れ、だしね……イヴと互角だし…」
「………でも、姫が強くなりすぎると……」
「………」
「な、何よ…」
4人のジト目が怖い…
思わず後ずさってしまった。
「「お淑やかな姫から更に遠ざかり……」」
「悪かったわね!!」
イヴとライトが絶望した顔で空を見上げていた。
そ、そんなにお転婆してた記憶は!!
――あ、あったわ……
うん、ごめんね。
変わるつもりはないけど…
「え? 姫様が大人しかった事ってあったっけ……?」
「カゲロウはさり気なく酷い!!」
可愛く首を傾げて残酷な言葉を言わないでよ!!
「………」
「ダークは何か言って!!」
無言で見つめないで!!
はぁっとため息をついた。
確かにライト達がいたら心配はあまりないとは思うけど…
私自身が不安なんだよね。
もし彼らと一時的にでも離されたら。
ラファエルと2人きりで攫われてしまったら。
誰かを守りながらの戦闘は、戦いを知らない私でも不利になることは分かる。
足手まといになる。
でもその時に一緒に戦えたら?
ラファエルの負担が減るとしたら?
なら、やらない理由はないでしょ。
今日はラファエルが1日研究所だもの。
ナルサスは騎士の訓練に参加している時間だもん。
ある程度カゲロウについてこれているみたいだったから、それをふまえて一度訓練に行ってこいって言ったんだよね。
この時間を生かさない手はない!!
………って、ラファエルが研究所に行ったのは、私が作ってとお願いしたウォーキングマシンを作ってもらってるんだけどね。
それによりナルサスをまた預けられそうになったから、それっぽい理由を付けてサンチェス国組だけにした。
………バレたら確実に怒られる…
まして戦闘訓練なんてラファエルが顔真っ青にしそう。
「姫様センスいいんだもん。足の運びとか、武器の扱い方とか」
「そう?」
意識してないんだけどな…
自分の足下に目を向ける。
………ぁ、泥だらけ。
ラファエル帰ってくる前に速攻でお風呂入らなきゃ。
「恐らく我々の訓練や王子の訓練を見学してましたから、自然と覚えたのでしょう。それに体が無意識に反応しているのだと思います」
「そうなの?」
「王子も王の動きをすぐに真似できてましたから、運動神経は王譲りなのでしょう」
「ふぅん……」
自分に自覚がないからか、他人事にしか思えなかった。
でもそれが本当なら、そこは王に感謝しないとね。
顔は王妃似が良かったけど!!
美女が剣を扱えるなんて、まんま私が憧れてる女兵士じゃない!!
普通の女が剣を扱っても絵にならない!!
悲しい!!
「でも、皆みたいに普通の剣は扱えないし」
「姫の細腕では無理でしょう。なにせ平手打ちの力も――」
途中まで言って、ライトが顔を背けた。
肩が震えている。
………悪かったわね!!
ぺちんっていう間抜けな音しか出せない手で!!
「ち、力はついてきたもん!!」
カゲロウに尻餅つかせるぐらいは!!
「つけすぎです。体が小さくてもカゲロウは師匠や私の剣を短剣で受け止められ、弾く実力はあるのですよ。ということは、力だけでは師匠と私ぐらいあるということになります」
「………ぇ」
私は唖然として他の3人を見渡す。
すると一斉に頷かれた。
「うそぉ!!」
ちょっと待って!!
それって王女としてどうなの!?
淑女としてどうなの!?
え!?
非力な王女から、怪力王女になっちゃったの!?
分かってたなら止めなさいよ!!
今万が一にもラファエルをペチンとやろうとしたら、ラファエルも尻餅ついちゃうんじゃないの!?
そんな事になったらラファエルに引かれるじゃない!!
なんでこんな事になってるの!?
私はちょっとでも時間稼ぎできるだけで良かったのよ!?
これじゃ、お転婆王女改め、怪力王女になるわよ!?
王女としてないわ!!
ど、どうしよう!?
よほど絶望的な顔をしていたのだろう。
私の顔を見た4人は、フイッと顔を背けた。
全員の肩が震えていたものだから、私は思わず持っていた剣と、ライトに隠し持っておけと言われて服の下に隠していた短剣を4人に投げつけたのだった。
………まぁ、簡単に弾かれましたけれども何か!?
投具の訓練なんかやってないしね!!
私はラファエルを思わず力でねじ伏せてしまわないように、加減の訓練をしなければならなかった。
そして何日かした後に、ライトに
「いきなりそんな力がつくわけがないでしょう。あの時は、足下が泥濘んでいてカゲロウが足を取られただけです。現に姫の腕は筋肉で硬くなっていないでしょう。姫の体格から考えたら訓練のやり過ぎです。程々にするためにああ言っただけです」
つまり私の力は急激に強くなったわけではなく。
でも信じ込んで絶望していた私を、4人は笑った訳か…
………天誅!!
ライトに短剣を振り上げ、でも簡単に防がれたのだった。




