表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
105/740

第105話 主と従者の心構え




時計の説明書という名の書類を作成し終えた私は、顔を上げた。


「………」

「………」


さっきまで視線を感じていたんだけど……

私が見ると視線外すのよ……彼…

何か言いたいことがあるのかしら…

でも聞かない。

意地悪だと思われても。

多分彼は私に対しての罪悪感と感謝があるだろう。

雰囲気で分かる。

そしてそれだけじゃない。

私がラファエルに本当に相応しいか探ってる。

存分に探ってくれていい。

本当に彼にとってラファエルが大事なんだろうから。

けれど私は彼に認められなくてもいい。

私はラファエルが私を見つけてくれたから、見てくれるから、だから一緒にいる。

他人がどう思おうとも、一緒にいたいからいる。

それだけ。

ナルサスに認められなくても、本当にどうでもいいんだ。

他人に恨まれようが、羨ましがられようが、ラファエルの隣はラファエルが望む限り私のモノだ。

だから、これでいい。

このままでいい。

私は、ナルサスに認められたくて彼らの仲を取り持ったのではない。

ラファエルに必要な人間だと思ったから、助けただけに過ぎない。

そこに私の評価など必要ない。


「ねぇナルサス」

「っ……は、い」

「剣の腕は上達してるの?」

「……どう、でしょう…か…」


言い淀むナルサスを尻目に、私はイヴを見上げる。


「まだまだサンチェス国下っ端兵士にも及びませんよ」

「………」


イヴの言葉にナルサスは唇を噛んだ。

ナルサスの腕はランドルフ国の騎士より上だが、サンチェス国ではまだ兵士になれないレベル…か…

ラファエルの護衛としては力が足りない…


「………じゃ、カゲロウと特訓でもする?」

「………は?」

「私の部下の中で、実力はカゲロウが一番下」

「姫様酷い!!」


カゲロウが天井から逆さで上半身を出した。


「!?」


ビクッとナルサスが下がる場所などないのに下がってしまって、ゴンッと壁に頭をぶつけていた。


「本当のことでしょ?」

「ぅぅっ……ライトだけだったらまだ納得できたのにぃ…」


実力は、イヴ、ライト、ダーク、カゲロウの順だ。

イヴはライトの師匠だし、師匠に未だ勝てないライトは密かにイヴを暗殺しようと躍起になってるらしい。

………殺しちゃダメだよ…?

そしてダークはライトより後で影になった為にライトには及ばない。

そして唯一の十代がカゲロウ。

体格的にも3人に及ばないのは仕方がない。


「カゲロウもそろそろ後から入ってくる後輩に、教えなきゃいけない時期に入ってくるでしょう? 教える勉強にもなるよ」

「あ、そっか」

「ラファエルに頼んで特訓場所用意してもらいましょうか」

「特訓場所?」

「騎士が往来する場所に、カゲロウやライトを堂々と見せるわけにはいかないからね」

「………ぁ、の…」


ナルサスがおずおずと口を開く。

………うん、従者としてはまだまだだな。


「上の人間から話しかけられるまでは話すことは許されないからね」

「………ぁ……」

「慣れないだろうけど、それがルールだからね。気をつけて」

「………す、みませ、ん…」

「こういう時は申し訳ございません、だよ」

「…も…申し訳、ござ、いませ、ん…」

「人目があるときは特に気をつけるようにね。で、何?」


首を傾げると、ナルサスは視線を泳がせ中々口を開かない。

じっと待っていると、視線を外したまま口を開いた。


「影、とは……?」


………え?

そこ?

もっと別の事かと思った…


「影っていうのは王族や貴族が持っている諜報員、っていうのが一番分かりやすいかな」

「諜報員…」

「姿を見せず、情報収集をし、主の望む情報をもってくる。勿論危険なこともあるからそれなりの腕がなければならないし、主を傷つける敵は排除する。王族ともなったら敵も多いからね」

「………敵…」

「貴方も私を攻撃したことで、ライトに殺されかかったでしょ。あ、その前にラファエルに、か」

「っ……ぁ、の!」

「影とはそういうモノなの」


ナルサスの言葉を遮って、私は続ける。

ここで謝るきっかけなんて与えてあげないよ。


「主のために自ら危険に飛び込み、主のために命を懸けられ、必要なら命を捨てられる」

「………」

「ねぇ、ナルサス」

「っは、はい!」

「………貴方は、ラファエルの為に命を捨てられる?」

「………!!」


問いかければ、ナルサスは息を飲んだ。

すぐに答えられないということは、まだそこまでの域に達してない、か…


「ランドルフ国の騎士とサンチェス国の兵士の違いはそこなのよ」

「………違い…」

「仕える主――唯一の人に命を預けられ、命令通りに遂行出来るか出来ないか」

「………」


黙り込んだナルサスに、私は失笑してしまった。

自分に呆れて。

まだ諦めるには早いけれど、最初に思った勘は間違っていたのかもしれない。

今の段階で、ナルサスはラファエルの為に命を懸けられない。


「私の影、ライトとカゲロウは私のために死んでくれる」


………本当は死んで欲しくないけれど、そう思っていつも仕事をしてくれているライトとカゲロウを、私が死んで欲しくないと願っては逆に彼らに対する侮辱であり、主失格になる。

それはダメだ。

私は彼らの主なのだから。

影が死んでも涙は見せない。

それが主としてのあるべき姿だ。

彼らが恥じない主として、彼らの前に堂々と立っていなければならない。

………普段の私は彼らに馬鹿にされているけどね!!

もっと敬れるべきじゃないの私!?

お転婆やってる自覚があるから言えないけど!!

でも特にライトは私の扱いが酷いときがあるよ!!

………まぁ、それは置いておいて…


「イヴもダークも兵士としての心得があるから、その為に力を付けた。だから、ナルサスに今必要なのは実力と心構え」

「実力と心構え…」

「まずはカゲロウとの訓練と、ラファエルのために死ねるようにしなさい」

「っ……!」


ナルサスが目を見開き凝視してくる。

私は視線をそのままに、口角だけ上げた。

目が笑っていない表情の出来上がりだ。

………ナルサス…貴方は私に謝りたいのでしょう?

私に恩を返したいんでしょう?

貴方を助けたのは私のためじゃない。

ラファエルのためなのよ。

だから私に負い目を感じたまま、動けなかったら困るのよ。

ラファエルのために貴方を生かしたのだから。

私に謝って、礼を言って、一安心してもらっては困る。

謝罪は最初――騎士として初めて再会した時、形式的に受けた。

戸惑っている謝罪を、ね。

私にとってはそれで充分なのよ。

形だけ、心だけでは困るの。

実力も心構えも身につけ、ラファエルを全力で守りなさい。

友人としては勿論、ラファエルの従者として。

友人として心を守り、従者として命を懸けて国主の命を守りなさい。

生涯守り切った時には、私が死ぬ床の間で、謝罪を受け取ってあげる。

せいぜいそれまで…私が見限って処分しようと、影に命令しないように頑張って。

ラファエルの為だけに存在なさい。

その為の命として、守ったのだから。


「………」


ガタガタとナルサスが震えている。

………何故だ。

私の目が笑っていない表情は、それ程怖かったのだろうか…?


「………姫、怖いですよ」


ライトがスッと私の背後に立った。

………音もなく上から降ってこないでよ…


「………もしかしなくても…?」

「ですから思っていることは口に出さないようにとあれほど…」


………しまった…


「ちなみに何処から……」

「実力も心構えも身につけ、ラファエルを全力で――」

「ああ、分かった……」


………そりゃ怖いわね…

ごめん…


「ごめん。ナルサスへの嫉妬が出ちゃってた。ラファエルと一緒にずっといられるんだもん……少しぐらい嫌み言ったって……」

「………少しではありませんでしたよ」

「私は殺されかけたんだし、ちょっとぐらい脅しても…」

「………脅している自覚はあるんですね…」

「っていうか無意識で出てたから、これが本心なのかしら…」

「本心でしょう。無理にとぼけなくていいです」


………ホントにライトは容赦なく突っ込んでくるな…


「………とにかく、そんなオドオドされてたら安心してラファエルを任せられないのよ。悪いと思ってるなら死ぬ気でやりなさい。使えない者を抱えているほど、ラファエルに余裕なんてないのよ」


ソファーから立ち上がって真っ直ぐにナルサスを見ると、ハッとして私を見返してくる。

貴方は男で女の非力な私よりずっと力を持っているのだから。

自分の力で大切な人を守れる力があるのだから。

ウジウジしてられちゃ、ラファエルのために守った意味がない。

優しくなんてしない。

だって私は、ラファエルが一番大事なんだもの。

一番大事な人を守りたいんだもの。

だから、私が出来ないことを出来る人がいるなら、ちゃんとやってもらわなきゃ困るもの。


「私の代わりにラファエルを守ってくれなきゃ困るの。余計なこと考える前にさっさと使える部下になりなさい。ランドルフ国の改国に余計な時間は割くことが出来ない。カゲロウに鍛えてもらって、ライトにフォローされることなく動けるようにね」

「ぇ…」


目を見開くナルサス。

チラッとライトを見ると、顔を背けていた。

………まったく…


「従者の実力とかの前に、朝起こされなくても起きなきゃねぇ……」


苦笑するとライトは顔をしかめ、ナルサスは私の言葉を理解しライトの行動の意味が分かったのか、バッと頭を下げた。


「………余計なことを…」


ライトの呟きは聞こえないフリして、私は棚にしまっていた裁縫道具に手を伸ばしたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ