第103話 従者の仕事は厳しい ―N side―
ドスッ!
「ぐっ!!」
良い気分で寝ていた。
なのに横から何か固いモノで突かれ、俺は質素なベッドから落ちた。
痛みを我慢し起き上がると、冷たい瞳で睨みつけるように俺を見ている男が立っている。
「………起きたか」
声色も冷たく俺を一瞥した後、顎をクイッと動かし、動けと指示される。
もう少し優しく起こせ、とは言えない。
俺はこの男に対して、恨まれ殺されるだろう事をした。
男の名前は、ライトというらしい。
ソフィア・サンチェス王女の影というものらしく、ライトの主人である女を俺は殺そうとした。
首を絞めて。
俺はラファエルを取り戻そうとして、女を殺そうとしたんだ。
ライトの大切な主人を殺そうとしておいて、優しくしてくれなど、口が裂けても言えない。
それに、俺とラファエルの間を取り持ったのは、俺が殺そうとした女だと…
………何故だ。
俺は処刑されても可笑しくないことをしたんだぞ。
直接女に聞ける許可は、今の俺にはない。
俺がラファエルの従者として、今こうしていられるのは王女のおかげだ。
なのに、礼も言えない。
俺はラファエルの後ろで、ただ突っ立って、危険があれば守って…
だが、ラファエルとは話せるんだ。
ラファエルから話しかけられれば。
………王女の傍には常に護衛がいて……俺が近づくとすぐに威嚇され、更に俺の立場――ラファエルと王女から話しかけられなければ、口を開いてはいけないらしい。
これでは王女からあの時の件を出されなければ、一生俺は王女に心からの謝罪も礼も出来ない。
………それが罰なのだろうか。
「………いい加減立て。主より遅い起床など、従者失格だ」
ハッとして、俺は立ち上がる。
こんな事を考えている場合じゃない。
俺の評価などない。
むしろマイナスだ。
信頼されるわけがない。
俺は態度で示さなければならないんだ。
俺の命を守ってくれた王女に対して。
共に表で生きないかと俺に言ってくれたラファエルに対して。
俺は手早く騎士の服に着替え、ライトの後に続いて部屋を出た。
ライトが毎日俺の所に来るのは、監視されている証拠だ。
恐らく王女が命じたわけではないだろう。
「………しっかりやれ」
ライトが王女の部屋の入り口まで来ると、目の前から消えた。
毎度これには驚かされる。
何処に消えたのか分からない。
「………」
キョロキョロしていると、ジッと王女の部屋の前に立っていた男に見られていた。
その男はダークというらしい。
俺はダークの声を未だ聞いたことがない。
無口なのか言葉を喋られないのかは知らない。
ただジッと見られるのは気分が良い物ではない。
恐る恐る近づくと、俺もダークも触れることなくドアが開いた。
「ん? ああ、ナルサス。はよ」
「ぁ……お、はよう、ございま、す…」
入る前にラファエルが出てきた。
………しまった。
これでは、従者失格ではないか。
「早いな」
「………いえ…」
嫌みか!?
俺はラファエルより早く起きて、ラファエルを起こさないといけない立場なのに!!
「……おはよう。ナルサス」
「ぁっ……お、おはようございます…」
しかも王女まで出てきた。
………くそっ…
俺はまだ従者以下だ。
「まだ眠いの?」
「………ん」
ごく自然にラファエルが王女の肩を抱き、足下がおぼつかない王女を支える。
それだけでも、2人の仲は親密だと分かる。
それ以前に結婚前の男女が同じベッドで寝ている事自体、あり得ないのだが…
ラファエルが強引に潜り込んでいるらしいが。
それでいて何もないのだから、逆に不思議なんだが…
「今日の運動、止めとく?」
「………やだぁ…ゃる…」
「………」
おい、そんな声出したら…!
「ああもう可愛いな!!」
ギュッとラファエルが王女を抱きしめた。
………ラファエルの従者となり一番驚いたのは、ラファエルの王女に対しての態度だ。
街で見た時とは全然違っていて…
溺愛。
その表現が一番しっくりするだろう。
「………時間なくなる…」
「………運動止めよ?」
「………だめ…」
王宮内、というか王太子と婚約者の本当の関係を知っている者達の前での態度は、正直直視できない。
これなら、俺があれほどラファエルに敵意を向けられるのも頷ける。
ラファエルのたった1人の女。
ラファエルを変えた女。
俺はソフィア・サンチェスという1人の女を、どういう人間なのか知るためにも、従者という立場になれて良かったと思う。
庭に移動するという2人の後を、王女の護衛と共に追う。
今日も1日が始まる。




