第101話 2人だけの物
ラファエルと共に商品のアイデアをどんどん詰めていった。
ラファエルにとって、甘味のアイデアは尽きないようで、私の提案した食べ歩き出来る甘味に興味を示した。
おまんじゅうは勿論、クレープや、アイスみたいな冷たい甘味など、私が告げなくてもどんどん紙に書き出された。
ただ――
ラファエルは装飾品、特にペアリングのことには触れなかった。
内心疑問に思っていたけれど、甘味のアイデアを出すラファエルが楽しそうに笑っていたから、問いかけることはしなかった。
「姫、婚約者様。もうそろそろお休みになられた方が宜しいかと」
ライトに言われてハッと顔を上げれば、夜も更け辺りが真っ暗になっているようだった。
部屋の明かりで気づかなかった…
「………こういう時、時計があったら良いのに…」
私はポツリと呟いてソファーから立ち上がった。
「ラファエル、もう休もう?」
「ソフィアからベッドに誘われるとはね」
「………へ!? ち、ちがっ…!!」
「じゃあ、寝ようか」
良い笑顔で抱き上げられた。
「ちょ!?」
「何? 最近は文句言わなくなったでしょ?」
「文句言ってるって理解してたなら止めてよね!?」
笑って聞き流しているのは知ってるけど、ハッキリ口にしてくるって事は私の抗議は理解していたようだ。
「ソフィアが可愛く怒ってるのが、楽しくて」
「だから、ラファエルの基準が分からないんだってば!!」
こういう文句も聞き流されるのだけれど。
私はもう冷たいベッドが嫌だから、ラファエルを受け入れてしまっている。
でも、口に出して言った覚えはない。
出しているのは否定の言葉。
なのにラファエルはあの日から、嬉しそうに私の言葉を聞いている。
………ラファエルに気づかれてるって事だろう。
でも私は公には認めないからね!!
淑女として!!
………無駄な抵抗だとは分かってるけど…
でも否定していないと、どんどん私は、私になってしまう。
私はソフィアで王女。
見本となるべき女として、一線は絶対に越えてはならないことは当然で…
………こういう時、ラファエルも私も平民だったらって思ってしまう。
無理なことは分かっている。
でもただの、階級など持っていない2人なら、周りを気にせず自分の気持ちのままに行動も言動も出来ただろう。
王女として、決して口にしてはいけない言葉はいくつもある。
不便だと思えど、私はソフィアの分まで頑張って生きなければいけない。
だから自分の立場を危うくするわけにはいかない。
絶対に言ってはならない言葉は、自分の奥底に沈める。
ラファエルが私をベッドに下ろし、自分も潜り込んでくる。
影達はサッと姿を消す。
勿論、明かりを消して。
「………ねぇユイカ」
ラファエルがボソッと小声で私に囁いてきた。
「………何?」
不意にラファエルが私を呼ぶから、毎回ドキッとしてしまう。
嬉しいやら、後ろめたいやら、複雑だ。
「………お揃いのユビワもアイデアで出してたよね」
「ぇ……うん……」
さっきまでそのことに触れなかったのに…
「………暫く、俺とユイカだけの物にしておきたいんだけど」
「………ぇ?」
「独占欲って分かってるよ。俺はユイカが大事で、独り占めしたい。誰にも見せたくないくらいにユイカを縛り付けたいって思ってる。それがユイカにとって――世間にとって重いと判断されるということも。だから出来るだけ出さないようにしてる」
………出来るだけ?
え?
もし抑えなければ、今以上になる、の…?
………この場合、喜べば良いの…?
こんなに愛されている、と。
それとも引けば良い…?
「俺とユイカだけの物。2人だけが持っている物。………いずれ世界に広がっていくアイデアかもしれない。だから、今だけでもいいから……このアイデアだけは……貴族や民、他の国の王族に気づかれるまでは…世に出さないで欲しいんだ…」
ソッと手を取られ、指輪に唇を落としてくるラファエル。
そんな彼を見て、ダメって言える人がいたら見てみたい。
切なそうに揺れる瞳を、拒絶など出来ない。
ラファエルの場合、本気なのか演技なのか分からない場合があるけど…
これは、本当に望まれていることだろう。
「分かった」
「………いいの? お金になると思うけど…」
「他にもお金になるアイデアはいっぱいあるよ。だけど、これはラファエルが私にくれた贈り物だもの。ラファエルが作りたくない物は作らなくて良いよ。だって、この国の国主はラファエルだもの。ラファエルが決めれば良いのよ?」
「アイデアはユイカのモノだよ。それに、この国の事は2人でやってるんだから、ユイカもどんどん何かあれば言って欲しいし、相談したい。………ユイカの思っている事も聞きたい」
「………ぇ…」
ソッと頬に手を当てられる。
「………最近元気ないよね」
「そんな事ないと思うけど…」
「無意識? 自分で気づいてないなら考えてみると良いよ」
ラファエルが少し動いて私を胸元に引き寄せた。
じんわりとラファエルの体温が私に伝わってくる。
正直、ラファエルの顔が見えなくなってホッとする。
………そっか。
やっぱり気づいてたんだ。
私が少し寂しく思っていることを。
友と話したいという望んでしまった我が儘が、顔か私の雰囲気に出てしまったのだろう。
「………ラファエルといれてるから、大丈夫」
「………どういう意味?」
「………ちょっと寂しかっただけだから。多分それが出ちゃってたんだね」
これは嘘じゃない。
「王女として、ラファエルを応援しなきゃいけないのに……ごめんね。外で王女の顔が出来ないぐらいにラファエルに会いたかったから……ちょっとナルサスに嫉妬しちゃってたし」
「………ユイカが……ナルサスに嫉妬……?」
「だ、だって……ナルサスはずっとラファエルと一緒にいられるでしょう……?」
男だから国政の場にもいられる。
護衛だから王家同士の謁見の場にもいられる。
ラファエルと他愛のない話が出来る。
私は女で、公式の場には出られない。
部屋でラファエルを待つしか出来ない。
アイデアを出しても、それだけ。
実際に実行しているのはラファエルだ。
「………ちょっと……私も男だったらって……思っちゃった……」
これが嫉妬じゃなかったら何だろう…
「ユイカが男だったら困るよ。俺と結婚できないし、抱きしめられないし、キスも出来ないよ。………いや、キスできるし抱きしめられるか」
「………え!?」
「ユイカだったら俺はどっちでもいけるよ」
「ちょっ……!?」
「ただ、結婚できないし、俺の子供産んでもらえないし、やっぱり女の子が良いよ」
「こど………!?」
私はラファエルの胸元に顔を埋めた。
顔が熱い。
思わず想像してしまって、恥ずかしい。
クスクス笑っているラファエルの体が震えている。
からかわれているのは分かってるけど、顔は上げられなかった。
「嫉妬するところ、ある? 俺が愛しているのはユイカで、一緒にいたいのもユイカで。むさ苦しい男に囲まれて仕事なんて息が詰まって、早くユイカに会いたい一心で仕事してる。そのうちユイカと一緒に仕事できるように国政を変えるよ」
「………国政を変えたら一緒に仕事できるって事……?」
「国政というより、体制のシステムかな。国同士の会議には参加できないけど、この王宮の仕事場にユイカも出入りできるように変えられれば」
「………気長に待ってる」
そのラファエルの言葉だけで、私の寂しさは消えてしまったよう。
一生懸命仕事しているラファエルを、今後は寂しさなど感じず待てるだろうな、と漠然と思った。
一緒に仕事がしたいと思ってくれてると、変わらず思ってくれていたことが分かったから。
女は部屋で待っていること。
それが当たり前で、私の考えが可笑しいことは分かってる。
ラファエルの気持ちだけで胸がいっぱいだった。
「そう長くは待たせる気はないよ。こんなにランドルフ国に利益をもたらしているユイカが、入ってこられない場所があることの方が可笑しいんだから」
そう言って優しく頭を撫でられる。
「………でもユイカが俺と同じように寂しく思って、他人に嫉妬しているって分かって、嬉しいな」
改めて言われてもう私の顔は真っ赤だろう。
………暗くて良かった……
ラファエルに撫でられるのが気持ちよく、私はいつの間にか眠ってしまった。




