第10話 対策を考えましょう
漸くシリアスな空気を作ることが出来た私は、ラファエルに国境の状況を聞いた。
1.国境から荷馬車を受け取っているのは、第二王子を主とする兵士
2.受け取った物資は、王宮でも街でもなく大きく迂回しサンチェス国とは反対に位置しているテイラー国へ運ばれている
3.テイラー国から前回受け取っていた金品をサンチェス国への支払いに当て、運ばれた物資は半分どころか8割方テイラー国へ渡っていた
4.後の1.8割が王宮の物になっている
5.残りの0.2割が国民へ配布
以上の点がラファエルの話したことで分かったことだった。
ランドルフ王族バカなの!?
国民に配布する物が0.2って!
どれだけの土地にどれだけの人間が住んでいると思ってるのよ!
2割を配分するならせめて1.8を国民に!
残り0.2を自分たちに分配しなよ!
自分たちの娯楽がまねいた現状の尻拭いを国民にさせるな!!
誰のおかげで国が支えられていると思っているの!
王家潰れてしまえ!
………あ、ダメだ。
ラファエルまで巻き添えになるわ。
「………取りあえず急がないといけないのは国民の食ですね」
私は考えながら呟く。
まず私の力でどれだけ出来るか分からないけど、王に相談して物資を増やしてもらえるように言って…
でも、継続してくれるはずもないからお金を確保しないと……
さらに第二王子に知られないように運び込むルートを別に用意しないと。
そしてラファエルにも動いてもらうことがある。
「ラファエル様、テイラー国とは同盟は結んでいないんでしたよね?」
「そうだよ。彼らは衣服を作ることを売りにしているけど、我が国の技術を余り良く思っていないみたいだし、こっちも技術を売り込む事をしてない。手縫いより断然機械の方が早いんだが」
ラファエルが言っている機械とは、ミシンに近い物。
ランドルフ国との同盟を結んでいるサンチェス国には、よくランドルフ国から技術提供用の資料が送られてくる。
その中にそのミシンみたいな物も載っていた。
テイラー国とはよく言ったもの。
その名の通り、衣服を作るテイラーが多く住んでいる国。
ファッションの最先端の国と言っていい。
その国にミシンが行き渡れば、より早く、大量に商品を作れる。
「ラファエル様、こっそりテイラー国に行って、その機械売り込んで頂けませんか?」
「え…?」
「機械を提供して衣類を作って貰えば、国益になると思いますわ」
ニッコリ笑って言うと、ラファエルの頬が赤らんだ気がした。
………いや、気のせいにしておこう。
だって確信したら私の顔も赤くなるから!!
「国民の命が掛かっています。ラファエル様なら、きっと出来ますよね?」
両手を合わせて少し首を傾げてみる。
美人でも可愛くもない私がこんな事しても、誰もコロッと頷かないだろうけど。
「………難しい事言うなソフィア。そんな簡単に同盟など結べるはずもない」
ラファエルも引っかかってくれなかった。
悲しいかな…
私のこと可愛いって言ってたくせに…
………べ、別に拗ねてないからね!!
「あら、私は同盟を結んでくださいとは言ってませんわよ?」
「………ん?」
「売り込んできて下さいと言いましたわ。私の国が作った物ではないのですから、必然的にラファエル様が行くことになるでしょう?」
「売り込みって……」
「………それとも、兄や王に行かせて成功したお金を豪遊に使われる事がお望み?」
ラファエルが良くする目が笑っていない笑顔を見せると、ラファエルが固まった。
あ、しまった。
少し素が出てしまった。
なかったことにしよう、うん。
「国民を救うためにはまず食糧の確保です。でも食糧を確保するにはお金が必要です。そしてお金を作るには新しい資金源が必要になりますでしょう? 民からの税は徴収できる状態ではありませんし、そんな事をすれば民が離れます。ランドルフ国がなくなってしまいます」
「ああ」
「ラファエル様の故郷を無くさないように、動いて下さいますわよね?」
「………問いかけているのにまるで命令だな」
やられたらやり返すのです!
忘れてませんよ?
私がここに連れてこられることとなった言葉を。
「あら? じゃあ動かないで滅亡を待ちます?」
「まさか。やるよ。………で?」
「はい?」
「ソフィアは離宮でジッとしていてくれるのか?」
「勿論ですわ。ラファエル様について行っても足手まといですし、私はお待ちしておりますわ」
疑わしい目で見られる。
まぁ、現に今ここにいるし、説得力は無いか……
「………本当に?」
「ええ」
私は、動かないよ。
私は、ね。
「でも、今度はお手紙くださいませ。連絡が無いとまた私心配でこっそり出て行きたくなります」
「え!? は、破棄はしないでくれよ!?」
ズイッと近づかれる。
「そ、それは大丈夫ですわ! 国民を放っては置けませんし」
「国民!? 俺が大事って思ってくれてないのか!?」
そっちに反応するの!?
「だ、だい、じ、ですわ…」
や、ヤバイ!
顔が赤くなる!!
ダメよソフィア!
ちゃんとシリアスを続け――
「ソフィア」
ラファエルに口づけられる。
って、こらー!
「ちょっ、ラファエル様っ!?」
「早く一旦戻ろう。タップリ口づけていいって許可貰ったし、もっとしたい」
「きょ、許可出してません!!」
良いように解釈されてるし!!
「させてくれないのか?」
「許可する前にラファエル様が勝手にしてくるのでしょ!」
「俺が嫌い?」
「き……嫌いでは……」
私、好きって言ったよね?
………
………あれ?
言ってないわ。
「じゃあ好き?」
「………っ」
直球で聞かないで!!
顔が赤くなる!
「ねぇ、ソフィア」
「………ひ」
「ひ?」
「一つ、お約束して下さいませ」
「いいよ。一つと言わずにいくつでも」
「………私を必ず貰ってくれると約束してくれますか?」
もし、途中で命を落としたり、やっぱりこんな生活させられないと国に戻されたり、私以外の誰かに心を奪われたり。
こんなイケメン王子が私に婚約を持ちかけてきたこと自体が奇跡。
私を好きだと言ってくれる彼の気持ちは本物だろう。
でも、何かが起こって後約2年の間で、別れる事になるかもしれない。
確約が欲しかった。
だって、私は彼に恋したんだもの。
彼にそう仕向けられたんだもん。
私を心配させて、彼しか考えられなくさせられて、口づけされて。
心臓が苦しくなるような愛情を囁いて。
以前の私なら、そうですかと言って後腐れ無く別れることが出来ただろう。
けれど、私はもう彼を好きになってしまった。
別れてくれと言われたら嫌だと言って泣いてしまうだろう。
だから、もし別れる可能性があるのならば、覚悟したい。
覚悟してこれ以上深みにはまらないようにしたい。
ランドルフ国の問題が解決したらポイだなんて嫌だ。
私の“好き”の言葉は、口に出したらもう戻れない気がした。
ううん。
口に出さなくても、もう遅い。
私は、怖いのだ。
初めての婚約。
政略結婚は覚悟していた。
婚約者に私は惚れないと思っていた。
王族の婚約はそんなものだと。
なのにラファエルは私を惚れさせることに成功した。
王族としてではなく、一人の男として私と接した。
それが決定的だった。
だから、この婚約がなかったことになるのが、怖い。
彼を好きだと言えば、もう私は彼を逃がさないようにしてしまう気がした。
だから、自分のためにも、彼のためにも、確約して欲しかったの。
「婚約してるのに、その約束がいるのか?」
不思議そうに首を傾げるラファエルに、私は笑った。
彼の一言で、心は決まった。
私は言わない。
とね。
彼の言葉が、“約束する”だったなら私は即口にした。
でも、それ以外だった。
だから、私はこれ以上彼に心を寄せない。
そう、決意した――




