第01話 気づいたら断罪場面でした
初めましての方も、そうでない方も、こんにちは。
神野 響と申します。
メイン連載小説と同時進行で、作りたいと思ってしまった物語がありまして書きためてはいないのですが、保存しているだけでは何もないと思い、投稿しました。
更新頻度は遅いですが、読んでいただければ嬉しいです。
「ローズ・ギュンター公爵令嬢! 俺はお前との婚約を破棄し、新たにここにいるアマリリス・エイブラム男爵令嬢と婚約する!」
社交パーティの場で、一人の男の声が響いた。
その瞬間、ダンスの曲も、招待客の談笑する声も、何一つなくなった。
何言ってんだこいつ、みたいな空気だった。
でしょうね。
思わず私は心の中で頷いた。
何処の世界にいきなり公衆の面前で婚約破棄をする者がいる。
常識外れにも程がある。
普通は互いの家のどちらかが解消の打診をし、秘密裏にやりとり。
そして双方が納得すれば、人知れず婚約を解消し、ほとぼりが冷めるまで騒がず触れず。
こういうのは女性の方に傷がつくようになるため、特にデリケートな問題。
こんな場所で大声で言うものではない。
だから叫んだ男は常識外れで、社交界から弾き出されるだろうと思うが…。
「レオナルド第二王子殿下。理由をお聞きしても宜しいでしょうか」
馬鹿なことを叫んだのはこの国の第二王子だった。
レオナルドはローズと婚約しており、頭が軽く常識外れな男のフォローをしていたのがローズだった。
ローズは文字通りの淑女で、出来た女性だった。
学園では成績優秀で、他の令嬢達の憧れのマドンナ的存在で。
こんなところで婚約破棄を言い渡されるような女性ではない。
「理由だと!? お前は、アマリリスに対して酷い虐めをしていただろう!」
「記憶にございませんが」
言いがかりも甚だしい。
かくいう私はソフィア・サンチェスという突っ込みたいファミリーネームを持っている女です。
サンチェスって聖人って意味じゃん。
そんな偉くねぇよ。
と言いたい名前だけれど、スルーしてもらえれば嬉しい。
話を元に戻して、私はローズと学友だった。
殆どの行動を共にしており、アマリリスを虐めていたところなど見たことがない。
「俺と仲良くしていたアマリリスに嫉妬して虐めていたのだろう!」
「ですから、記憶にございませんが」
ローズの言い分は正しい。
恐らくレオナルドが言っているアマリリスを虐めたという出来事は、ローズが
『殿下に余り近づきすぎると、良い印象を持たれないので距離を取った方が良い』
『婚約者がいる男性に馴れ馴れしくするのは余計な争いを生む』
『男性の腕を抱きしめるのははしたない』
等々、令嬢としては当然の事をやんわりと注意したことを、虐められたとアマリリスがレオナルドに言ったのだろう。
何故そう思うかって?
これ、『恋する乙女は美しい~強奪愛は情熱的~』っていう三流も三流の乙女ゲームと、内容も登場人物も一致しているからよ!
何故気づかなかった私!!
私、いつの間にか転生してるし!!
何故こんな乙女ゲームに転生しているんだと神様恨むし!
16年生きてきてて何故思い出す兆候がなかった!?
断罪場面で記憶戻るぐらいなら一生戻らない方が良かった!!
ここまで来たらあとはエンディングだけしかないし!
このゲーム続編出てなかったし!
そして私ローズ好きだし!
ローズが平民落ちするの見たくないし!
このゲーム内容は王道の乙女ゲームだから、主人公のアマリリスが学園に入学して複数の男性のうちの一人と恋愛する。
王子は勿論、学者や騎士、執事などを目指している男性を選択肢で攻略し、婚約者から乗り換えさせる。
内容は知ってるんだからやったことあるんだろうって?
乙女ゲームは買いあさってたさ!
評価が低いものでもやったら自分は面白いと思うかもって闇雲に手を出したさ!
このゲームもやったけれども!
評価通りだったよ!
王子は馬鹿すぎて、淡々とコントローラーのボタン押して読み流してたし!
学者は暗いし!
騎士はナルシストだし!
執事はヤンデレだし!
隠しルートの男は何故か海賊志望だし!
なんだよ海賊って!
強奪ってもしかしてそっち!? って突っ込んだし!
ってか画面越しなら話飛ばせたのに、これ現実だから飛ばせないし。
何故か私の座っている所は高いし。
隣からは殺気が漏れてきてるし。
怖い怖い!!
何で私は王家が座る上座の椅子に座ってるんだろう。
それは私があの頭が残念なレオナルドの妹という立場だから。
「自分の行いを自覚しない女に、次期王子妃など務まるはずもない! さらに、愛しいアマリリスを虐めた罪もある! よって公爵令嬢の地位を剥奪する!!」
………
………………
………………………
いやぁぁああああ!!
あんなのが身内なんて、今世どうなってるの!
私は平和な日本で生活してたのに!
いつの間にか死んでるし!!
死んだ原因わかんないし!
まぁ、覚えてないから仕方ないんだけど……
………そろそろ現実を見た方が良いみたい。
隣で豪華な椅子の肘掛けがミシミシッという音を出している。
その向こうからは、同じくミシミシと音を立てている扇子が。
お父様、国民の血税で作った椅子を壊さないで頂きたい。
お母様、同じく国民の血税で作った扇子を壊さないで。
第二王子が学園卒業ということで他国の王子達も呼んで開いたこのパーティで、我が国の王子があり得ないことをした。
それは王と王妃が怒るのも分かる。
けれど、こんなところで怒鳴ったり出来ない。
煌びやかで色鮮やかなドレスが飾るこの大広間をなんて空気にしているんだ馬鹿兄!
第一王子が居れば仲裁を頼めたのに!
何故こんな時に他国へ行っているんだ!
ホントに突っ込みどころ満載の乙女ゲームだな!!
「ソフィア」
「はい」
お父様に名前を呼ばれた。
私は心の中で文句を言いながら椅子から立ち上がった。
そして思った。
『何で私、こんなヒールの高い靴を履いているんだろう。転ぶ……』
と。
ドレスも重い…。
よくこれ一度も疑問に思わなかったな……教育恐ろしい…
そしてこれからすることにため息をついた。
どうして王ではなく私がこんな事をしないといけないのだろうか。
ゆっくりと階段を中程まで降りて、会場を見下ろしながら口を開く。
「自分の行いがどういうことになるのか、自覚していないのはどちらでしょうか」
思いの外、低い声が出た。
いや、威厳のある声、というべきか。
「な!? ソフィア?」
レオナルドが振り返り、こちらを見た。
「王子ともあろう者が、こんな大勢人が居る場所で何を仰っているのですか」
「何をって、ローズがアマリリスを虐めていたから!」
「事実だったとしても、何故それをこんな所で追求するのですか。お聞きするだけなら学園でいつでも出来たでしょう」
「それは…」
非常識な王子には、この場を退場して頂こう。
私の心の平穏のために!
容赦しないよ。
王家全員が非常識など他国に言われないように。
徹底的にいきましょうか。
「アマリリス嬢と逢い引きをすることに夢中だったからでしょうに」
「なっ!?」
目を見開いてうろたえるレオナルドについつい呆れてしまう。
イベントは何故か全部覚えてますよ~。
こんな事覚えてなくて良いのに。
じゃなかった。
そんな事より…ローズを辱めないで頂きたいんですよ。
「断罪されるべき方は、むしろお兄様でしょう。婚約者がいる身でありながら、別の女性と二人きりで過ごしておられたのですから。私はローズ嬢に学園で親しくして頂いておりました。クラスメイトの上、殆どの時間をご一緒させて頂いておりますし、可愛がって頂いております」
将来妹になるのだからって、本当に良くしてくれたのだ。
ああ、ローズに改めて大好きだ!! って言って抱きつきたい!
令嬢としてあり得ないけど。
「大体、アマリリス嬢を虐めていたという出来事の詳細は何なのですか」
「お、俺に近づくなとか!」
「お兄様にはローズ嬢という婚約者がいるでしょう。婚約者がいる男性に一定距離以上近づくのは非常識。お体に触れるのも御法度。知っているでしょう。それを注意したから虐めたということになるのですか」
チラッとアマリリスを見るとキョトンとしていた。
………常識外れ同士か…
「っ、ほ、他の男に近づくな、とか!」
「同様の理由ですね。アマリリス嬢が近づいていた男性には全員婚約者がいらっしゃいます。私もローズ嬢がアマリリス嬢にご忠告申し上げている所にご一緒していたことがありますが、アマリリス嬢は余りに令嬢の常識というものを知らないご様子でしたが?」
「お、俺とダンスを踊るな、と!」
「1度は構いません。けれど2度以上は禁止です。その意味を知らないとは言わせませんよ」
「っ……え、エスコートを願うなと」
「………」
思いっきりため息をつきたい。
自分の目が据わってしまうのを感じた。
「何処の世界に婚約者がいらっしゃるのに、婚約者以外をエスコートする男性がいるのですか。………ああ、目の前に居ましたね。婚約者がいるのに本日婚約者以外をエスコートしてきた男性が」
他ならぬ目の前の王子がしてはいけないことをしたのだ。
思わず思いっきり見下してしまった。
軽蔑を含んだ目で。
うぐっと言葉に詰まる男を見ながら、私はなんでこんな常識を一々教えないといけないのだろうと疲れていた。
「今回の件は一切ローズ嬢に非はありません。騒ぎを起こしたレオナルド第二王子と、アマリリス・エイブラム男爵令嬢にはご退出願います。衛兵!」
私の言葉でレオナルドとアマリリスが拘束された。
「ま、待て! ソフィア!」
「他国の来賓の方々も出席して下さっているこの場を騒がせた責任は、貴方方お二人にあります。今回の件、なんの処罰もないと思われないことです。連れて行きなさい」
「「「「「はっ!」」」」」
わーわー騒ぐレオナルドと、まだ状況を分かっていないアマリリスは兵に連れられ退出した。
私はそれを見送って頭を下げる。
「このような場で我が身内が騒ぎを起こし、皆様を不快にさせてしまいましたことを深くお詫び申し上げます」
後方から王の声が会場に響いていくのを、頭を下げたまま聞いていた。
シャンデリアの明かりが私のドレスの装飾品を輝かせる。
俯いている目にふんわりと広がった、レースをふんだんに使ったロ-ズピンクのドレスが映る。
レースにはビーズのような透明な宝石が、惜しげもなく使われている。
なんて惨めなのだろう。
こんな綺麗なドレスを着ているのが恥ずかしい。
あんな男のせいで恥をかいた。
現在私には婚約者はいない。
それは不幸中の幸いか。
これが原因で別れることになれば、私の、王家の名が更に傷ついてしまう。
ローズはレオナルドが起こした騒ぎのせいで、婚約解消は必須。
1人の令嬢に傷を付けてしまった。
もっと早く思い出していれば、ローズはこんな所で傷つけられやしなかっただろうに。
「気を取り直して、楽しんで貰いたい」
その言葉で会場は熱気を取り戻していく。
人々が話し始める声が聞こえ、ようやく私は頭を上げて元の位置に戻ろうとした。
その時、スッと差し出される手が目に入った。
視線を向けると、びっくりするような綺麗な男の顔が映る。
「………ぇ」
目を見開いたのは綺麗な顔だったからではない。
見知った顔だったから。
しかも、こんな場面に居るはずもない男で。
彼は隣国の王子であり、乙女ゲームでは攻略対象ではなかった男。
ラファエル・ランドルフ。
このゲームの中のサブキャラの中でも、攻略対象を差し置いて人気1位を独占していた男。
グッズもラファエルが一番多く種類が出ていた。
何で知っているかって?
………持ってたからだよ!
悪い!?
ってそうじゃなかった!
なんでそのラファエルが私に手を差し出しているのよ!!
しかも、綺麗な顔でニッコリ微笑まれる。
「一曲踊って頂けますか?」
………誘われた!?
何で!?
混乱するものの、顔には出さないようにする。
断るのは失礼に当たるし、彼は他国の王子だ。
彼を蔑ろにする事は、国同士に亀裂を入れることになる。
怖ず怖ずと彼の手に自分の手を重ねた。
--温かい
乙女ゲーム乙女ゲームと言っていたが、彼の手を取った時に思い知らされる。
これは、
ここは、
現実だ、と。