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大森の春日

作者: 宅(ヤケ)さん@寛

 お堂の軒下から片田数衛門が空を見上げると、降り始めた雨粒が、まるで天から放たれた矢の様に地面に向って突き刺さって来る。丁度、武家屋敷の外れにあったこの社が目に留まり、雨宿りと駆け込んだのである。大きく息を吸い込むと仄かに沈丁花の香りがする、広く落着いた境内であるが、雨のせいか人影は無い。

 軒下へも降込んで来たので一文字傘を取って、「ごめん」と、お辞儀をして扉を開けてお堂の中に上がり込んだ。たっつけ袴に股引、脚絆の旅姿である。肩の荷を降ろして、両刀を腰から外した。日暮れ時でもあり、中は暗いので荷の中から火打袋と蝋燭を取出し、火種を作って火を灯した。すると、人の気配を感じたものか、奥の方から猫の鳴き声が聞こえてくる。目を凝らすと神事の道具置場になっているのか、木箱や棚のような物が折り重なっている隙間あたりから聞こえてくる。「そうだ」と数衛門は、荷の中から握り飯を取出し、声のするあたりに行って飯粒を一つまみ丸めて置き、一歩ずつ離れながら四五箇所、同じようにして飯粒を置いてみた。

「よしよし、お腹が空いておるのか? 遠慮のう食べるがよいぞ」

 声をかけると、白猫が顔を出し、目の前の飯粒を食べた。やがて数衛門を窺い、飯粒を食べながら、足元に寄って来た。毛並みも綺麗で、赤い首輪をしているところを見ると飼い猫のようである。

「外は雨じゃ、濡れて帰るより、わしと此処に泊まらぬか?」

 気を許した様子で、易々と抱かれると、しきりに鼻を近づけて匂いを嗅ぎ始めた。

「臭うのか? そうであろうのう、旅に出てからもう一年近くにもなるか。そなたは帰る家があって羨ましいのう」

 田地には麦が芽吹き、菜種は黄色く色づき始めてはいるが、まだまだ肌寒い。猫を膝に置き、喉もとを撫でながら、数衛門はその猫を相手にして語り始めた。

「お前は芸州という処を存じておるか。ここ近江よりずっと西にある国で、わしは浅野の殿様に五十石で仕えておった。番方として幼き頃より武芸に励んだお陰で、一刀流の免許皆伝を得た。それが上に伝わったのであろうか、参勤のお供に加わる事になってのう。しかもその頃、わしには家同士で決めた縁談が進んでおったので、善は急げと出立の一月ほど前に祝言を挙げて、慌しく江戸に向った。わしは二十三、妻は十五の歳で、祝言の日がお互い初対面でもあった。順風満帆に思えたこのわしが、お家を出奔してこうして流浪の旅に出ておるのは何故じゃと思う?」

 数衛門は、これまで胸に秘めていた想いを吐き出すようにしてひたすら話を続けた。小半刻も話したであろうか、ふと、膝元を見ると、猫はもう気持ち良さそうに眠っていた。

「何だ、眠ってしまったのか」

 外もすっかり暗くなったようである。雨に濡れたせいか悪寒を覚え、二日前にも発熱があった事を思い出し、残った握り飯を腹に納めてから火を消し、脱いだ羽織に包って、猫と一緒に体を横たえた。

翌朝、雨上がりの境内にチュンチュンと雀の囀りを聞きながら、女が二人連れ立ってお堂に近づいて来た。一人は、大山勘三郎の娘沙那で歳の頃は二十、もう一人は奉公人の十二なる千代である。

「ここで一晩過ごしたのですかね?」

「沙那さま、タマはここかも知れませぬ。おら、前にもこのお堂で見かけた事が、タマ、タマ!」

 と、甲高い声で千代が猫の名前を呼ぶと、お堂の中から、ミャーという声がした。二人は嬉しそうに顔を見合ってから、千代がお堂の扉を開けると、白猫が顔を出してきた。千代が抱きかかえようとすると、お堂の中からうめき声がする。二人は驚いて中を覗くと、侍が苦しそうにして体を起してこちらを向き、沙那と目が合った。そして声を絞り出す。

「すまぬ。すまぬが、医者を呼んで来てはもらえぬか? 頼み入る」

 沙那は急いで倒れ込んだ侍に走り寄ってから、「ご無礼」と額に手を当てると、成るほどすごい熱である。

「しっかりなさいませ! 立てまするか?」

声を励まし、沙那は脇から腕を回して体を引き上げる。歩けそうではある。沙那は大柄で、数衛門より上背があった。数衛門は刀を抱えながら、沙那に身を委ねた。

「千代、お侍さまを屋敷にお連れします。お前は、先に戻って父上にそうお伝えして、良庵先生を呼んで来ておくれ」

 駆け出した千代の背を見送り、沙那は数衛門を抱くようにして、屋敷に連れ戻った。

 やがて医者の良庵がやって来て脈を取ったが、診立ては麻疹はしかとの事で、この二月から流行っているという。薬を処方し、大人の麻疹は油断できぬと言い残し、皆の罹患履歴を聞いて帰ったが、千代は麻疹に罹った事がまだ無かった。侍は朦朧としたまま眠りにつき、沙那が看病に当たった。

 真夜中であろう、数衛門が目を覚ますと、灯明の傍らに女が盥で布巾を絞っていた。

(ここは?)と、その横顔を眺めているうち記憶が蘇った。目覚めた気配に気付いたのか、沙那がこちらに顔を向けた。体を起そうとする数衛門を手で制するようにして、

「ご気分は如何でございますか?」

 と、沙那が話しかける。優しい声音である。こうして身近に見ると美しき娘であった。

「随分と楽になった気が。それにしましても、ご無礼な事を。頼み入ったばかりに、とんだご迷惑をおかけし申した。どこの馬の骨とも判らぬ拙者を」

「お気になさいますな。武士が頼まれれば否は無い、匿うよう頼まれれば、命を賭して守るのが武門の倣いと、日頃より父から言われております」

(武門の倣いか)と、数衛門は自嘲する思いである。

「拙者、名は片田数衛門と申しまする。芸州浅野の家中でござったが、故あって暇乞いをして今は浪人の身、仕官先を求めて旅道中のところ病になった次第、面目無い」

「まあ、芸州から。病は旅のお疲れもあったのでしょう、先生の診立てでは麻疹との事、熱が下がるまで安心は出来ませぬよ、今はとにかく養生なさいませ。私は大山沙那と申します。父は勘三郎と申し、ここ最上家中の者にございます」

 そう言いながら、沙那は布巾を数衛門の額に当て、「水をお持ちしましょう、薬もお飲みにならなければ」と言い残して座敷から出て行った。沙那の残り香に、数衛門は安らぎを覚えたが、入れ代わる様にして、器用に襖を開けてあの白猫が入って来たので驚いた。

 発熱は三日も続いたが、沙那の看病の甲斐もあり病は峠を越えた。五日目にはもう体力も回復したが、今度は千代が麻疹に罹ったので実家に戻っている。近在の農家から奉公に来ていたのである。とんだ迷惑をかけてしまったようにも思い、何時までも厄介になる訳には行かぬと、朝餉を終えてから、数衛門は当主である沙那の父、勘三郎に改めて礼を述べ、仕度が整い次第出立すると伝えた。それを側で聞いていた沙那は「まあ」と落胆する仕草を見せる。その様子を苦々しい思いで勘三郎は見遣りながら、数衛門に目を移す。細面で、八の字眉毛が、どうにも頼りなく映る。しかも、沙那は看病の間に情が移ったのか、この男に気を引かれているのではとも疑っている。このような男が好みであったとは意外でもあり、婿を取る自分の理想の男からは程遠い。いやいやとんでもない、ここは早々に退散願うのが一番と、勘三郎は数衛門に笑みを浮かべて話し始める。

「さようか。しかし遠慮はご無用、まだまだ病み上がりでござれば、今少し養生して行かれても一向にかまいませぬぞ。まあ、急がれると言われれば強いてお止めはせぬが……」

「そうでございますよ、今しばらくここでお過ごしなさいませ」

 と、沙那が余計な口を挟む。

「いえ、ご好意は忝いのですが、もはやこれ以上甘える訳にはまいりませぬ」

 そうそう、思い通りの返答とほくそ笑んでいたが、隣で気落ちした沙那の表情を見ると、もう少し引き止めても良いかと思い直してしまうころは、親ばかなのであろう。

「せめて、千代が奉公に戻るまで当家にて過ごされては如何かな。そうじゃ、一度、沙那と剣術で立ち会ってみますかな? 女だてらにとも思われましょうが、わしが幼き頃より仕込みましてなかなかの腕前でござるよ」

 そう聞いて、数衛門が意外という表情で沙那を見つめる。勘三郎は、ここぞとばかりに、娘自慢を始める。

「四十を過ぎて諦めておった頃にやっと授かった子でしてのう、妻はこの娘を産んで三年後に病で身罷ったこともあって、跡取りとして男子の如く育ててしまい申した。剣術は勿論、槍術、馬術も一通り仕込み、親の贔屓目ではござるが、器量も良いので、妻にと望む次男三男どもも多くござって、わしは婿の条件として、剣術で沙那に勝つ事を求めましたところ、いや、揃いも揃って軟弱者ばかり、おかげで婿を取り損ね、二十歳の年増になり申した」

「父上!」沙那が、年増は余計と眉を寄せる。

「それは……、是非お手合わせをお願いいたしまする」

「よし、では決まった。沙那、今日にでも片田殿とお手合わせを願え、決して手を抜くでないぞ。はっはっはっ、では、わしは陣屋に出かけてまいる。沙那仕度を」

 と、勘三郎は立ち上がり、座敷を出る。合戦の時には先鋒を勤める番方の組頭であり、今日は出仕の日であった。

 夜、勘三郎が戻り、座敷で沙那が着替えを手伝いながらも、どうにも落着きが無いので、「何かあったのか?」と聞くと、

「はい、午過ぎてから良庵先生が千代の様子を知らせに参られて。千代の熱がなかなか引かず、ここのところの流行で、薬も品薄で手に入らぬと。千代も油断ならぬ病状とお話を伺いましたら、片田さまが……」

「どうかしたのか?」

「薬を手に入れてくると言い残されて、まだお戻りになりませぬ。良庵先生が、京であれば手に入るであろうと話されたので」

「京へ? ひょっとして、お前が片田殿を手加減無くやり込めたので、恥ずかしゅうて逐電したのではなかろうの」

 どうも、退散してほしいという想いからか、つい口をついて出る

「手加減など、片田さまはお強うございますよ。私、負けてしまいました」

「さようか……何!」

 勘三郎は、驚く。沙那の話では、数衛門の剣は受けの剣術で、いくら沙那が打ち込んでも柳の枝を相手にしているようで、攻め疲れたところを二本取られたとの事であった。勘三郎は、「ふーむ」と、腕を組み、数衛門を少し見直した。勘三郎は家中の剣術試合に何度も優勝する程の腕前であり、近頃の沙那はその勘三郎をも凌ぐ程の技量なのである。

「人は、見かけによらぬのう」と数衛門の技量に想いを馳せた。

 数衛門が戻って来たのは翌朝であった。京で薬を買えるだけ手に入れ、良庵に千代は勿論、領内の麻疹患者に役立ててほしいと薬を全て置いて帰って来た。小さな領内である、その話は良庵を通じて町中に広まり、領主である最上義智の耳にも入った。さっそく、義智から勘三郎の許に、陣屋に数衛門を招いて、礼をしたいと使いが来た。それを伝える為、勘三郎は数衛門を座敷に呼んだ。沙那がお茶を持って入ると、数衛門は戸惑った表情をして勘三郎の話を聞いていた。

「これは良い機会ぞ。わしから話を向けて見るが、当家に仕官が適うかもしれぬ」

 それを聞き、隣では沙那の表情が華やぐ。そこに、あの白猫が座敷に入って来た。そもそもこの家に厄介になったのもこの猫のお陰である。あの夜、熱でうなさている数衛門にはお構いなく、お堂の中を一晩中鼠を追い掛け廻す音のせいで一睡も出来なかった。寝ていれば、あのように助けを求めなくても済んだであろう。猫に話した事を、やはり二人にも話さなければと数衛門は意を決して話始める。

「実は、お話ししておらぬ大事なことが一つございます。拙者、浅野家を出奔したのは女敵討めがたきうちの為でございます」

「女敵討?」

 言葉の意味を探るように勘三郎は数衛門を見つめ、沙那も驚いた表情を向ける。数衛門の話では、参勤で家を留守にしている時に、妻が幼馴染みと駈落ちをしたとのことであった。国に帰ってから事を知った数衛門は、すぐに暇乞いをして女敵討の旅に出たという。

「して、女敵討は果たされたのか、そうすれば帰参も適うのではないのか?」

 勘三郎は聞く。

「もはや家中に居場所は無くなり、拙者には女敵討と称して暇乞いをする他に術はござりませなんだ。しかし、運よく見つけ出したとしても、拙者に妻を斬れるかどうか」

「成敗を迷っておるのか?」

「妻は、その幼馴染みと将来を誓い合った仲であったと後に聞き申した。どうやら家同士がある事で絶交となり、娘を諦めさせる為、拙者のところに嫁ぐ話を持掛けたと」

 数衛門は、ちらと沙那を見、この話をする事で彼女が遠ざかって行くようで、急に切なさが襲って来て、胸が締め付けられた。

「下女の話では、拙者が江戸に滞在している間に、その幼馴染みが妻を尋ねてまいって、半刻ほどお茶呑み話をして帰ったのですが、それを密通したと言いふらす者がおって、噂がどんどん広まってしまい、とうとう駈落ちに走った由にございます。置き紙が残っておりました、駈落ちに至った経緯と、詫び、そして最後は探してくれるなと。何やら不憫でもあり、迷いながら旅を続けておりました」

「どうにも分からぬのう。お主は妻に虚仮にされたのではないか。その男ともども成敗せねば武士として立ち行かぬでは無いか。それとも武士である事を捨てられるのか?」

 話しながら、勘三郎はふと数衛門の刀の拵えが換っているのに気付く。

「その刀、拵えが変わりましたな? ひょっとして」

「貯えも底を尽いておりましたので、刀を質に金を工面し、薬を買い求めました。竹光がかように軽いとは、何やら重荷を降ろしたような気分にもなり申した」

「武士を捨てられたという事か? 女敵討はもう諦めたのか?」

「図らずも、こちらでご厄介となり、沙那どのに看病して頂くうちに、女敵討などどうでも良くなり申した。拙者に女人は切れませぬ。妻を斬り、恥を濯がねば武士では無いと言うのであれば、刀は無用と思い切りました」

 随分お人好しの話にも聞こえ、半ば呆れ顔で勘三郎は数衛門を見る。沙那はと云うと……何と、目を潤わせているでは無いか。そしてその目が、勘三郎に向けられる。

「父上!片田さまは、一刀流の免許皆伝と窺いました。その技量、殿のお役にきっと立ちまする。何卒、片田さまをご推挙して下さりませ」

(矢張りな)と、勘三郎は確信する。婿を取り損ねている原因は、勘三郎の決めた条件である。沙那がここまで強くなるとは予想外であったが、それは沙那も承知したことであり、待ち焦がれていた相手が現れたのである。しかし、女敵討の身の上では仕官はどうかとも思う。

 そういう場の難しさなど知らぬ様子で、タマは足を天井に向けて毛繕いを始める。その能天気な様子を勘三郎は眺め、沙那に猫を座敷から出すように命じた。沙那が座敷を出て行ったのを見届けて、勘三郎は数衛門に向って話をする。

「沙那の事をどう思われる? どうやら、娘はお主に惚れて居るようじゃ。女敵討の身の上も、惚れて仕舞えば関係は無いようじゃ。しかし、沙那は婿を入れる立場である。当然家中から迎えねばならぬが、先ほど仕官の話を向けたのは、お主が最上家中の者になればという含みもあったからじゃ。勿論、婿取りには殿のお許しが要るし、そのような事情を抱えておっては難しいかも知れぬ。が、お主の気持ちを聞いておきたい」

 思わぬ成り行きに、数衛門は目を見張る。しかし、口元を引き締め話始める。

「正直、再び妻を娶るなど思いも拠らぬ事でございました……」

 そう話してからしばらく沈黙する。勘三郎は次の言葉を待つ。

「話しをしながら、込上げてくる切なさは、沙那どのとの別れであると思い至りました。ご厄介になる日を重ねる内、拙者も沙那どの事を」

 そして、勘三郎から少し下がって「沙那どのさえ良ければ、お父上様」と、頭を下げる。父上と呼ばれる事に、それはまだ早かろうと想いながらも、沙那の為に当たってみる決心はついた。そして、勘三郎が立ち上がったとき、沙那が座敷に戻って来た。

「これより、陣屋へ参る。仕度をたのむ」

「はい」と、慌てた様子で沙那は数衛門に頭を下げ、勘三郎の後を追ってゆく。


 それからひと月が過ぎ、勘三郎と数衛門は、連れ立って陣屋に向っていた。今日は、義智の御前で剣術試合が催される日である。木刀を手にした数衛門の腰には、大山家伝来の名刀が差し込まれてある。鎧櫃とともに普段は仕舞い込まれてあるのだが、沙那が晴れの舞台に竹光ではと、勘三郎には相談せず持たせた業物である。不満に思いながらも、勘三郎は、義智の話を思い出していた。数衛門の身の上の話をした上で、一刀流の免許皆伝の事、人物は確かである事を伝え、召抱えて貰えぬかと頭を下げた。義智は暫く考えて、条件を出した。勘三郎が出場を予定していた剣術試合に大山家の囲い者として勘三郎に換って出場し、それに勝ち残ったら召抱えると。

「殿はのう」と、数衛門に話かける。

「二歳で家督を継がれ、御歳四十になられるが、聡明なお方であるぞ。女敵討もありのままをお話ししたが、最上家も、出羽国五十七万石の大名から改易され、今はここ大森で五千石の旗本なれば、やり直しは我が家中の家風でもあろうと。妻を成敗するなど、そもそも血の通わぬ掟、浅野家を暇乞いする事でけじめはついておると。先は長い、一度の躓きに拘泥するよりも、生れ変って最上家に尽くす覚悟であれば、試合に勝ち残って新しい道を己で切り開けと」

 そう話しながら、「もし負けた時には片田殿の事は諦めろ」と、父親として精一杯の事は尽くしたという想いで沙那に話したとき、頷きながらも、その表情には笑みが漏らされていた様にも見え、引っかかりを覚えていた。

「まさか!」と、勘三郎が叫んで数衛門の腰の刀を見つめる。この業物を質種に、負けた時には二人駈落ちするつもりでは無いのか。

「負けはすまいの、必ず勝つのじゃぞ」

 やっと、そう話し、数衛門はそれを励ましと受け止め、頷いた。

 大山家の庭先では八重桜が満開となり、沙那と千代がいつもの通り、畑仕事をしている。その様子をタマが縁側で眺めながら欠伸をする、大森の春日であった。


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