重力―鳩の卵
ある日の、五時間めと六時間めの間の休み時間。
美術の授業を終えて、芸術棟から教室のある本校舎へ向かう途中。
開けた渡り廊下で、私はそれを見た。
先に見つけて騒いでいた人たちの話によると、鳩の卵らしい。
地面に落ちて、硬い殻が割れ、中身がコンクリートに染みをつくっていた。
反射的に上を見た。渡り廊下に接する校舎の壁に、通気孔がある。
下からでは、その中は見えない。あの中に、巣があるのだろうか。
格子で覆われていて、とてもではないが鳩の親鳥が中には入れるようには見えないが。
視線を戻す。周りの人たちは、少し嫌なものを見る目で遠巻きにそれを見ている。
ほとんどの人が、気づくがそのまま歩いていく。立ち止まっても、数秒。
わたしは立ち尽くして食い入るようにそれを見た。観察した。
丸い。鶏の卵と違って、まんまるだ。たぶん、一回り小さいくらいの大きさ。
少し汚れているけど、白い。中身の液体は透明で、不思議な弾力をもって溜まっている。
鳩といえば、先生たちが嫌っている。校舎を汚すし、ぜんそくか何かの原因にもなるらしく、衛生的によくないのだとか。
これを見たら、先生たちは何と言うだろうか。
嫌そうに片付けて、ごみとして処分して、水を流すだろう。
もしかして、巣や親鳥も駆除するかもしれない。
一つ卵が巣から落ちたばっかりに。そんな高いところに巣をつくるからだ。
そこでわたしは不意に気づく。
いや、卵が落ちたのは、不条理な力で地面に引き寄せられたからだ。
そしてそれは、あわれな鳩の卵を優しく引き寄せたのではない。
絶対的な強制の力で、卵を硬いコンクリートの地面に叩きつけた。
その力のおかげで、人々はこの星に生活できている。
そんなことはすでに理科の授業で教わった。
だからどうした。それは理論だ。鳩の卵は、理論ではない。
次の授業に遅れてしまう。わたしは人気のなくなった渡り廊下を教室へと急いだ。
【The Gravity Forced a Dove to Lose】