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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

贄求め 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 まいったなあ、つぶらやくんがじゃんけんの最後の相手? でも、勝負は勝負! いざ!

 ……負けた……え〜、この報告役って、どう考えても怒られるパターンじゃん! 女の子を矢面に立たせるって、人道的にどうなのよ?

 ――レディファーストの精神? ずいぶんとまあ、紳士な受け答えですこと。

 でも、昔から人身御供(ひとみごくう)は、美少女と相場が決まっているでしょう? 私ごときが勤めるなんて、とてもとても……って、悪かったわね、美少女じゃなくて!

 ――理論武装しようとして、自爆している? 

 はいはい、そうですね。冷静なツッコミありがとうございますう〜。しょうがないなあ、ちょっくら行ってきますかねえ!

 

 ただいま……うん、予想通り、ボロクソ。なんで、八つ当たりされなきゃいけないんだろ。この心の痛み、みんなに分散できないかな。

 もう、きついわあ、しんどいわあ。責任者じゃあないのに、腹立つわあ。しかも、本当の生贄と違って、私は生きている。これからもその人との関係が続いていくのよ。あああ……考えただけで気が滅入るわあ。

 

 ……な〜に? 自殺でもしそうだとか、心配してんの? 気持ちはありがたいけど、ぼやいている間は、私、死ぬ気ないわよ。もし、本当に死のうと思ったら、何も言わずに消えるつもりだから。

 昔って、誰かや何かを想って死ぬ、ということが結構多いわよね。後追い自殺とか、一緒に埋めるだとかがまかり通って、今の感覚じゃネジが飛んでいるようにさえ、思うこともあるわ。けど、当事者たちは真剣そのものなのよね。

 そんな生贄に関して、私の地元に伝わっている話があるんだけど、聞いてみない?

 

 生贄は、日本だとしばしば「人柱」という形で、現われてくるのは、つぶらやくんも知っての通りでしょう。実際に人骨が出てきたりして、伝説が史実になったケースもある。

 人柱の「柱」は家とかを支える時に使うような、物理的な柱という意味ではなく、神様を数える時の「柱」という意味合いみたい。八百万やおよろずの神様が存在すると言われる、日本ならではの表現なわけね。

 そうなると、人柱のたびに神様は増えていくことになる。死者に鞭を打つような行為が嫌われるのも、神様という、人間より上の立場に立った相手に対し、自らたたられに行くような自殺行為に等しいから、という意味もあるのかもね。


 戦国時代の、中国地方。とある領主が治める領地。そこはほぼ毎年、洪水や地すべりによって、多くの土地や命が荒らされる場所だったの。

 易者を呼んで占ったところ、「今より一年後、領内の霊峰のふもとにある小さな神社で、一人の女が祈っておりましょう。彼女を捧ぐが、災禍を防ぐ術となりまする」と。

 けれども、殿様たちは難色を示した。この土地は今まで人柱を用意したことはなかった。

 作って、壊されのイタチごっこに追われる領内では、人命はすべて、貴重な労働力という認識だったの。それを咎なく奪うことは、自ら力を無くしていくようなもの、という考えだったらしいわね。

 加えて、この地方の有力大名に成長した毛利元就も、人柱に反対して、代わりに「百万一心」の碑を刻んだところ、難航した普請が無事に完了したといううわさも、すでに伝え聞いていた。

 元就の逸話は、正直、まゆつばもの。だが、生きてさえいれば、やれることはあるはず。そう結論づけた殿様は、易者をねぎらいつつも、堤や山肌の調査や見直しなど、あくまで物理的な解決方法で臨むことにしたみたい。

 結果、易者の占いの内容は、殿様と居合わせた重臣たちの間でだけ、共有されるにとどまり、他の者に知られることはなかったとか。

 そして、易者の告げた一年が実際に経つころには、新しい堤を作るめどが立ち、ほとんどの者の頭の中に、占いの内容は残っていなかったのね。


 満月の夜。例の霊山のふもとにある、鳥居をのぞけば社と賽銭箱しかない、小さな神社。よわい十一、十二くらいの男の子がやって来ていたわ。

 彼は庄屋の息子で、病気になった母親のために、お百度参りを行っていたの。そして、その日は百日目。最後の日だった。

 急ぎながら、しかしできるかぎり音を立てないように石段をあがり、もう鳥居の向こうに、やしろが見えてくるというところまで来て、彼ははたと足を止めたらしいの。

 社の賽銭箱の前に、誰かが正座をしている。歳は五つか六つの女と思しき背中。墨を溶かしたような夜の中で、けがれを寄せ付けない半紙を思わせる、白い着物を身に着けていた。


 少年はとまどう。お百度参りは、行っているところを、誰にも見られてはいけない決まり。音を殺してきたのも、そのためだ。これまでの積み重ねを、無に帰されてはたまらない。

 いったん引き返そうか、と後ずさりをした時、足元の小石が一つ転がって、こーんこーんと音を立てながら、石段を下って行ってしまう。「誰?」と、着物の影は振り返り、その小さい顔と目が合った。

 完全に見られた、と少年は肩を落としながら、開き直って社に近づいていく。恨み言の一つでもぶつけてやろうかと思ったけど、顔がはっきり見えてくるにつれて、彼女の目が泣きはらしたように、真っ赤になっているのが分かったわ。

 そこに、自分の都合で追い打ちをかけるのは、どうにも気の毒。代わりに彼は理由を尋ねたの。


「実はあるじに、人柱を求められたのです。私は親によって逃がされ、ここまで来ました。しかし、じきにかぎつけられてしまうかもしれない。どこかに、かくまってはいただけませんか」


 身体は小さくとも、気品を感じるしゃべり方。どこぞの姫なのではないか、と少年は思った。さすがに「女」と見るにはまだ幼いが、この縁が何かしらの役にたつかもしれない。幸い、自分の家は庄屋。彼女を養うくらいの蓄えはある。

 何より、お百度参りをつぶされたのだ。動けない母親の穴を、少しでも埋めてもらわねば、割に合わない。

「家の手伝いをしてもらえるなら、親に掛け合ってみよう」と、彼は彼女の手を取る。すると、彼女はほうっと、安堵のため息をついたとか。


 少年は家に帰ってから、人柱の件はうまくごまかしつつ、父親に話をつけた。今は殿様の新しい計画である、堤の改良案が出回り始めた時期。働き手は一人でも多い方がよい。

 翌日から、彼女はくるくると働いた。農作業の手伝いを始め、わらじを編んだり、少年の母親の看病をしたりと、まるで眠ることを知らないかのようだった。

 数カ月が経ち、母親が立ち上がれるほどになった時には、少年の父や母に、ずっとこの家にいても構わないとすすめられるほど、可愛がられていたとか。

 少年もまた、親に伴って様々な仕事をこなし、夜遅くに帰ってもきちんと家の中を清めて、待ってくれている彼女に、少しずつ好意を持ち始めたみたい。

 帰りを待って、声をかけてくれる人が、家にいてくれる。そんな支えがあるという安心感が、忙しさに乾いた身に、水のように染み渡ったんだとか。


 数年後。堤が完成し、洪水の被害は以前よりも、はるかに少なくなった。

 もう、水に稲が、命が流されることはほとんどない。それは殿様の信念の勝利と言えたわ。

 かつては、親の手伝いをするばかりだった彼も、今はその身体はすっかり大きくなり、村の世襲制度に従って、近く親の後を継ぐ予定となっていた。

 あの日の彼女もまた、ほのかな色気を醸し出す女性となり、庄屋の女中たちの中でも、一段高い立場にありながら、率先して働き続け、周囲に慕われ続けていたらしいの。

 彼も、彼女への思いは確かに心の中で固まっていた。正式に親の跡を継いだのなら、すぐにでも嫁に欲しいと考えていたみたい。うわさでは、彼女はすでに何度か男に言い寄られたのだけど、すべて袖にしてきたとか。彼はそれを聞いて安心するような、それでいて、恐ろしいような妙な心地がして、しかたなかったとのことよ。


 ある雪が降った、冬の日のこと。

 現場を重視する彼は、その日も朝早くから家を出て、何人かの供と一緒に、堤の点検に当たっていた。雪と寒さで劣化・損壊している箇所が、ないかどうか調べるために。

 けれど、ほどなく彼らは、風に混じる異臭に気づいたの。それは煙の臭い。

 堤から目を離すと、灰色の煙が幾筋も、村の方角から立ち上っている。火事ならば一大事と、彼らはすぐに駆け戻った。

 村は燃えていた。庄屋たる自分の屋敷を含めて、赤々と。吹きすさぶ風が火の粉を散らし、彼らの頬へ、衣服へ、いきのいい火の粉を運んでくる。彼らは手分けして、家々をめぐる。

 彼は屋敷へ直行した。見知った者が何人か家の前で倒れていたが、いずれも顔は土気色に染まり、こときれている。中は火の手が強く、入ることはほぼ自殺行為だった。しかし、どうしても確認しなければいけない。彼女は無事なのかを。

 彼が手近な井戸で水を汲み、頭からかぶろうと桶を両手で抱えたところで、ひやりと首元が冷えた。後ろから首を包むように、手をかけられたんだ。


「お前さま、お別れでございます。どうか、そのままお聞きください」


 彼女の声だった。とっさに首をひねろうとしたけど、強い握力で抑え込まれる。


「堤の完成。それは私どもの願いでした。この土地に、人柱がいらなくなるんですもの。自然がさらい、自然に還る御霊たち……その流れは防がれます。本来死すべき定めは消えて、元の人へとなりにけり。ならば、今度は我らがいただく」


 声が低くなり、ぐっと首が締まってくる。爪も立てられているらしく、喉のあたりが熱く火照って来たわ。


「もはやここは、我らの領分。これから先も、いただこう。されど、そなたの玉の緒だけは、今はそなたに預けとこう。我を屠らぬ道つけた、愚かな心の、顕れよ」


 首が自由になる感覚。すぐに振り返った彼だけど、そこに彼女はいなかった。ただ自分のすぐ後ろ。積もりつつある雪の上に、彼女の草履がそろって置いてあったとか。


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