扱いと尊厳
魔王様と信乃の日常?
「…サクラや、今日の予定はなんじゃったかの?」
「ヴラド様におかれましては現在療養中でございますので…特段予定は入れておりません。」
「サクラや、朝餉はまだかいのぅ?」
「…申し訳ありません、まだ少々早いかと思います、しばらくお待ちくださいませ。」
「サクラや、婿はとらんのか?」
「…魔王様…私はシノ…男です。」
「そうか、お主はホモか。」
「シノだよ!?ホモじゃないよ!?」
あ。
いかんいかん、ついツッコミをいれちまった。
「あ、あーまあ私は女の子が好きなので。」
「…残念じゃ。」
……何が残念かは聞かないでおこう、うん。
で。
「と、こんな感じだ。」
「…なんだかまだるっこしいわね…私達の場合身内なんだしガツンといけば早いんじゃないの?」
「いや、だからガツンといっちゃ駄目なんだよ。」
そう、認知症の方を相手にするときに必要以上に怒ったり、攻撃的な言葉を使うのは愚策だ。
認知症とはつまるところ本人が一番不安なのだ。
自分が何をしたいのか、しているのかわからない。
している事が正しいかわからない。
もしかしたら今、自分は取り返しのつかない事をしてはいないか、何故かわからないがあらゆる事が分からなくなり、できていた事が徐々にできなくなり、わからなくなり、次第に知人の顔や名前がわからなくなって行くーー
これはあくまでも長年介護に従事して感じた事でしかない、いわば想像に過ぎない…が、もしも真実ならばなんと恐ろしい事だろうか。
側から見ていると、大人が子供みたいな癇癪を起こしているように見えるため、それが「認知症」だとわからない家族や隣人はまず混乱し、不快な気持ちになり、そのストレスをやがて当の本人への罵倒や怒声にして発散する様になってしまう。
しかし、自身の身内にそんな事をするうちに罪悪感と、どうしようもないやるせなさや哀しみに縛られてやがてはそれが身体的な虐待に、果ては弱った高齢者を殺してしまうケースすらある。
だから。
いかにイライラする行動をとられても…忍耐強く話を聞いて、可能な限り当人の要望を聞き、可能か不可能かを優しく説かなければならない。
もちろん、全てそうすることは不可能だし、家族の精神が先に参ってしまう。
だから、現代社会にはデイサービス、グループホーム、ショートステイ、特別養護老人ホーム…
様々な形でそれを補助する業種が存在する。
「仕事」なのだ、と割り切れる分我々介護士はどんなに汚かろうが、話が通じなかろうがやっていけるのだ。そこに、裏表のない感謝の笑顔を貰えたらそれはもう涙が出そうに嬉しい時もある。
だから、こんな仕事を続けているんだろう、そう思う。
話が逸れた。
今俺、犬塚信乃は魔王様を介護するにあたり身内であるエリザベートと、今迄もその身の回りを世話していたと言うサクラの二人に基本的な心構えを説いている。
本来ならば介護スタッフこそがやる事であり家族にこんな講義じみた真似はしない。
だが、ここは異世界だ。
デイサービスも、ショートステイもない。
在宅介護をするより他に無いし、俺だけでは限界があるからだ。
「話はわかりました…今迄は魔王様を止められるのが私達しかおりませんでしたので…大抵二人掛かりで物理的に止めていましたし、確かに言葉次第で穏やかになっていただけるならありがたい限りです。」
と、サクラが答えるが…初日に魔王様が杖を握り、俺を勇者と勘違いした時は酷かった。
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「なんじゃ、この小僧は?」
「ですので、先ほど紹介しました異世界からの客人で介護士のシノと言う人間です。」
「は?人間…魔王の前に立ち塞がる人間…勇者か!」
「違います。」
否定はしてみたが、無駄だった。
「ふわはははは、よく来た勇者よ…このワシ、ヴラドが直々に…」
なんて言いながら魔王様は魔杖を取り出し、振りかざす。
ピカッ、ガカッ!
閃光が走り、辺りを焦がして俺のすぐ横を光が貫く。
ジュ。
とか軽い音をたてて銀の燭台が溶解した。
「ちょ…な、なんぞ!?」
「お爺様!」
「ヴラド様!」
え?
と、二人を止める間もなかった。
ガツン!!
まさにガツンと言う音がした。
サクラのスカートが翻り、白くて綺麗な脚が見え、自分の主人の足を払い…
エリザベートの拳が唸り、体勢を崩した魔王に向け、銀の手甲が実の祖父をグーパンで殴り倒していた。
ガツンといくってこういうことだっけ…
「「シノ(様)は人間なんだから(ですから)そんな(その様な)ことをしたら死んじゃうわよ(でしまいます)!」」
……部屋の隅のベッドに、魔王様を逆さにしたオブジェが出来上がっていた…いや、魔王様だけどさ。
これ、相手が魔王じゃなきゃ虐待の上致死罪だからな…自重しようよ、二人ともさぁ…。
まあ、それでも美少女二人が俺を案じてくれた事実だけは嬉しいんだけどさ?
尚、オブジェ化した魔王様を引き抜いたら泣いていた。
「……孫が、孫がわしを虐めるんじゃよ婆さん。」
「サクラです魔王様…御妃様は先代勇者と戦う事ばかり考えていた魔王様に愛想をつかして霊山に引き篭もられて20年、未だお戻りになられませんが…」
「…ヒ、ヒルダァーーーー(泣)!?」
と、いらない情報まで出てきたが地雷だったらしく、宥めるのに一時間かかった。
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「とにかく前みたいな暴力はもっての他だ。」
「…でも黙るわよ?」
老人を物理的に黙らせてどうする…この脳筋め。
「それじゃ解決にならんどころか悪化する…正直な話解決は不可能に近いが、それでも現状を少しでも長く維持するためには根気よくやるしかないんだ。」
介護は忍耐強く、そして介護される側の尊厳もまた守らなければならない。
「認知症にかかった人にも自尊心もあれば葛藤もある。いくらお爺さんが昔と違って物事が理解できなくなっていっても、それを忘れたら家族も当人も救われない結果しかないんだよ。」
「…貴方がいた世界は随分と優しいのですね…それとも…」
そこで言葉を止めて微笑むサクラ嬢に見惚れてしまったのは仕方ないと思う。
だってこんな表情ーーまるで聖母みたいじゃないか。
なんて、ボーッと考えていた俺はエリザベートの視線が厳しくなっているのにはまるで気づかないままだった。
話の進みが遅々としてますね、頑張って読みやすい話を書きたい…