2
「この子が凌ちゃん? 」
「そう、愛想のねえガキだろ? 」
「そんなことないよね~? はじめまして小山内芽衣です! 芽衣お姉ちゃんって呼んでね」
「…… 」 プイッ
凌はおにぎりを1つだけ取ると小さく抑揚の無い声で「いただきます」とだけ呟いて自分の部屋のある2階へと消えていった。
「なーにアレ? 可愛くないの! 」
完全にスカシを喰らった芽衣はプンスカと鼻息を荒げて怒っていた。
「ごめん芽衣ちゃん、凌ちゃん人見知りが激しくてね、馴れたら優しくてとってもいい子なのよ」
「ワォーン…… 」
「そうだリョウにもお水あげなきゃ、芽衣ちゃん、お願いしていいかしら? 」
「はーい 任せてナオミちゃん」
芽衣は母ちゃんから水飲み用の器を受け取ると、水を汲んで玄関に繋がれていたリョウに持って行ってやった。
「よろしくね、リョウ」
「ワンワン」
「こっちのリョウはお利口さんね」
「そうでもねえぞ、コイツも相当バカ犬だから気を付けろよ」
「ワンッ ワンッ」
「わっ! やめろって、こっち来るな! 」
「ワンワンワンワン」
「フフフ、よく分かってるじゃない、いい子いい子」
ダメだ、コイツ完全に俺のことを自分よりも下に位置付けしやがった。 全く凌といいリョウといい俺のことを舐めやがって。
「こんにちわ」
初秋の心地良いそよ風を思わせるような、その涼やかな声は玄関前にひとまず降ろしたトラックの荷物の隙間から聞こえてきた。
「川澄」
「こんにちわ瀬野君」
川澄はニコッと笑い、そして俺の横に居る芽衣にも少し戸惑ったような顔で頭を下げた。 きっと顔は見たことがあっても名前が出てこないのだろう。
「瀬野君、もしかして引越しして来たの? 」
「ん、お、ああそうなんだ、川澄の家もこの辺りなのか? 」
川澄がこのすみれが丘に住んでいることは本当は前から知っていたんだけど、そこはとぼけたフリをしておいた。
「そう、この辺りなのよ」
「そっか、よろしくな」
「これから一緒に通学とか出来るね」
「お、おう」
川澄の方からそんな誘いを受けるなんて飛び上がりたくなるほど嬉しかったが、そこは敢えてクールに返しておいた。敢えてね。
「忙しそうだからまた今度ゆっくりね、それじゃ」
「おう! また屋上」
自転車に乗って坂道を下って行きみるみる小さくなる川澄を俺は暫く眺めていた。
「ちょっと達哉、今の特進の川澄さんでしょ? どうしてアンタみたいなバカが特進の生徒と知合いなのよ! 」
芽衣が少し怒ったような口調になって遠くを見ていた俺の尻をつねってきた。
「いててっ! 別にただ普通に友達なだけだよ」
「怪しいわね、リョウ、このバカのこと咬んじゃっていいわよ」
「ワンワン」
「バカ、よせっ! 」
リョウに吠えられて恥ずかしながら道路まで退け反った時、ふと見上げた二階の窓には遠く空を眺める凌が居た。 その凌の目線の先を辿っていくと、薄くぼやけたひこうき雲が真っ青な空に溶けてゆくところだった。