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「つまりナオミちゃんと上杉先生が結婚して、すみれが丘に引越しして、達哉に妹が出来るの? 」
放課後、待ち伏せしていた芽衣に捕まってしまい、しかたなく二人で帰ることにした。
「おおざっぱに言うとそういうこと」
「あ~あ、ウチのお母さんもお父さんも淋しがるたろうなぁ」
俺んチのアパートは芽衣の家のすぐ隣に建っていて、面倒見のいい芽衣の母ちゃんは俺が小さい時から俺たち母子のことを気に掛けてくれていたし、芽衣の父ちゃんに至っては単純に俺の母ちゃんのファンみたいなものだった。
「芽衣は淋しくないのかよ? 」 この流れなら冗談みたいな軽いノリで聞けるんじゃないかと思ったけど、口から出た言葉は全然別のものだった。
「知ってたか? 松崎しげるって左利きなのに右利き用のギターをそのまま逆持ちして弾くんだぜ? 」
「は? 」
「凄くねえか? 普通左利き用のギターを使うか、せめて弦を逆向きに張るだろ? だけどしげるはそのままギターを逆に持ってコードの押え方を自分で工夫して弾けるんだぜ? 」
「ごめん全く分かんない」
「カァーッ! どうして伝わんねえかな、しげるの凄さが」
「バッカみたい、しげるしげるしげるしげるって、そんなにしげるが好きなら日サロでも何処でも行っちゃえばいいのよ! 達哉のバカ! 」
怒った芽衣は俺を置いて一人走って帰ってしまった。
芽衣とは物心付いた頃からずっと一緒に居たからなんとなくお互いの気持ちは分かっているようで、けれどそれを確かめることも、そういう雰囲気に持って行くことも、どこか今までお互いに避けてきた。
中学の時、一度俺に彼女が出来たことがあったんだけど、それとほぼ同じ時期に芽衣にも彼氏が出来た。
それでも俺たちの関係は変わることは無かったんだが、あまりに芽衣が彼氏の話ばかりしてくるから一度だけ「しつけえよ! 」って怒鳴った事があった。
一週間程お互い会っても言葉を交わさない期間があって、その後知らない間に芽衣は彼氏と別れていて、俺と彼女の関係もそう長くは続かなかった。
「ただいまー 」
家に帰ると母ちゃんはすでに帰ってきて夕食の準備をしていた。
「おかえりー、 今日学校でみっちゃんに会ったんだって? 」
台所に立ったまま煮物の味を確かめながら母ちゃんが聞いてきた。
「そう! そうだよ、どうして内緒にしてたんだよ」
「へへ、 ドッキリよ、ドッキリ、驚いたでしょ? 」
「そりゃびっくりしたよ、まさか学校の先生だったなんて、しかも俺の学校に来るし」
「別に " いい子にしてね " とも " 仲良くしてね " とも言わないけど、まあ困ってたら助けてあげてね」
「そうだね、あの人ちょっと頼りなさそうだし」
「そんなハッキリ言わないでよ」
「大丈夫だよ、悪い人じゃなさそうだし、俺あの人嫌いじゃないよ」
別に嘘でもお世辞でもなく、まだ二回しか会ったことがないのに、あの人の周りにだけ漂うどこかゆったりとした時間の流れが俺は好きだった。