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昼下がり、伸び盛りの子供たちは逆上がり、ありおりはべり、いまそがり、教室の窓際の誰だかの机の上に腰を降ろして、上田はカレーショップの特集が載ったタウン誌を熱心に読んでいる。
「スパイスを制する者はカレーを制す! ふ~ん、 ん? カレー制す? カレーセイス。 なんてな」
「さすがにそろそろ進路決めないとなー 」
「カレーセイス…… あ、スルーなんだ、まあいいけど、ん? 瀬野、あそこに居るの、上杉先生じゃね?」
上田に言われて校舎の窓から外を見るとちょうど隣の校舎の裏口でドアに手を掛けて膝を付き屈み込む光彦先生が見えた。
普段からボーッとした感じの人だから段差にでも足を取られて躓いたのか、足下に居た虫を踏み潰すまいと咄嗟に避けたのか、それとも目の前のドアにすら気付かずぶつかったのか、光彦先生ならそれら全部を同時にした可能性だってある。
しばらく踞っていたが近付いてきた女生徒に声を掛けられて光彦先生は立ち上がり照れ臭そうに頭を掻いてドアの向こうに消えていった。
「大丈夫そうだな、上杉先生ってせっかく授業も面白いし俺達の事も守ってくれるような勇気もあるのに、なにせひ弱だからなぁ」
「どうせボーッとしていて段差に躓いて避けた先に居た虫でも避けようと体勢を変えたら目の前にあったドアに頭でもぶつけたんじゃねえのか?」
「ああもう上杉先生のおっちょこちょい!」
光彦先生が入って行ったドアを見つめながら、帰ったら先生のことをからかってやろうと決め、上田が足元に読み捨てたタウン誌をパラパラっとめくってみた。
「『カレーを制す』…… 、カレー制す、カレーセイス。 お! なあ上田! カレーを制する者は」
「黙れこのインスピレーション横取り野郎! 」
─────────
家に入ろうと玄関のドアノブに手を掛けようとした時だった。
ゴンッ
「痛っ 」
「あっ、達哉、 晩御飯作ってあるからおばあちゃんと凌ちゃんと一緒に食べといて、 ちょっと出掛けてくる」
「ん? どこ行くの? 光彦先生は? 」
「帰ったら話すから、 ごめん急ぐの」
母ちゃんはそう言うと振り向きもせず慌てた様子でガレージに向かった。
「ただいま」
リビングでテレビを見ている婆ちゃんの背中に声を掛けて俺はそのまま二階に上がった。凌の部屋を訪ねようと一度足を止めたが、どうせ夕飯の時に会うからいいか、と思い直して自分の部屋に入った。
窓を見た。 カーテンは閉まっている。 部屋に居る時、ふとした瞬間視線が窓に行くのが癖になってしまった。 部屋の白い壁に茶色い木のフレーム、高さは1メートルほど横幅は1.8メートルってところか? それは小さな劇場で、舞台のカーテンが開くとヒロインの川澄が居る。 けれど俺はもう告白して川澄にフラれてしまったのだ。そう、だからカーテンを開けてもハッピーエンドな物語の続きは観ることが出来ない。
そう思い視線を戻しベッドに寝転がった。