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「光彦先生はさ、凌に将来どうなってもらいたいとかあるの? 」
突然の夕立ちに帰宅を阻止され、することもなく食堂でただスマホの画面を適当に操作していると、こちらも担任を持たない臨時教師であるがゆえ時間に余裕があるのだろうか、光彦先生が通りかかったついでに俺の座る席へと近付いて来たのだった。
とっくに営業を終え静まった食堂にもちらほらと人は居る。 誰もが俺同様この突然崩れた天気に足止めされている様子だった。 人気者だが照れ屋で人の良すぎる光彦先生はたまに通り掛かる女子生徒たちにからかい交じりに挨拶をされるとその都度少し顔を伏せながら「しょうがないなぁ」と恥ずかしそうに笑った。
普段からなかなか二人で話す機会など無かったし、産まれた時から母子家庭だった俺には男親との会話というものが思い浮かばない。 いったい世の父と子はいつもどんな話をしているのか、今度上田やヒロトに聞いてみよう。
そんなこともあり俺は光彦先生と向かい合って父と息子でも教師と生徒でもなく、親戚の兄さんくらいの感じで喋っていた。
「彼女はきっと僕が思ってる想像の遥か先を行くんじゃないかな、僕としてはただいつまでも健康に育ってくれればいいんだけどね」
「アイツ家でも自分の部屋に閉じ籠って机にしか居ねえからなぁ、ドイツの医学書だっけ? そんなの読んでんだよ、 医者になりたいのか知らないけどこのままじゃその前に病気になるよ」
「ハハハハ、 そこは達哉くん、兄としてぜひよろしく頼むよ、 なにせ彼女僕の言うことなんて聞きもしないから」
先生としての評判も良く、家でも怒った所なんか見たことがない光彦先生だけども、たぶん教師という仕事が仕事じゃなくなっているのだろう。生徒も自分の子供も同じように接していることが凌にとっては愛情不足に感じているのかもしれない。そこに居るのに甘えられないもどかしさみたいなものがあるのだろうか。
「そうだ達哉くん、今度凌も屋上に連れて行ってもらえないかい? 」
「アイツを? 」
「彼女にもあの場所からこの街を見てもらいたいんだ」
だったら光彦先生が、そう言おうとしたけど俺は何故か言葉にはしなかった。 そして光彦先生も俺の返事を待たずにガラス戸の外を見て立ち上がった。
「雨が止んだみたいだね、 今のうちに帰ろうか」
自分は職員室に寄って帰るから先に帰ってと、光彦先生はそう言うと食堂のドアを閉めて行ってしまった。 俺は一人駐輪場へと歩きながらポケットに手を突っ込んで自転車の鍵を探した。
ポケットの中でほっぺたが紅くしっぽが雷の形をしている黄色のネズミをモチーフにしたモンスターのようなキャラクターのキーホルダーを探り当て取り出した。 が、そこには付いてあるはずの鍵が無かった。
「マジかよ、 落としたのかなぁ」
他のポケットや鞄の中も探したがやっぱり鍵は見つからない、探しに行くのも面倒でその動かせない自転車の横で途方に暮れているとちょうど川澄がそこに通りがかった。
「今帰り?」
しまった、先手を取られてしまった。気付いたのはほぼ同時だったのにお互いに一瞬気まずい間があった。すかさず話し掛けてきたのは川澄の方だった。
「お、おう」