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母ちゃんの話によると元々は婆さんが、介護士をしていた母ちゃんの利用者さんだったんだとか。
それで家に通ううちに光彦さんを紹介されて付合い始めたらしい。
けれど二人の仲はもっと深いものに感じられた。 結婚しようってんだからそれが当たり前なのだろうけど、もしかしてもっと昔からの知合いだったんじゃないのか? なんてことがあったりして。
光彦さんは母ちゃんと同じ34歳。 俺が知らないだけかもしれないけど、今まで一度も恋人の存在なんて匂わせたことのなかった母ちゃんがいきなり " 結婚する " と言い出したことや、二人ともこの街で生まれ育ったこと、聞いておかなければならないことがもっとたくさんあったと思う。 だけど俺はあくまで無関心を装った。 だってカッコ悪いじゃん? 他人に干渉するなんて。
「来月には引越ししようって言ってるの。 アンタの通学もほんの少し遠くなるくらいでしょ? 」
「ほんの少し? はいはい、ほんの30分程ですよ」
すみれが丘の住宅街には同級生の中にも家があるヤツが居て何度か行ったことがある。 そういえば川澄美樹の家もたしかすみれが丘だったような。
川澄美樹は俺たちの学校の言わば " マドンナ " だった。
俺たちの普通科とは授業のスピードが全く違う特進コースに居るので接点はほとんど無いんだけど、それでも川澄のことを知らない奴なんて絶対に居ないはずだ。 けどきっと川澄は普通科の俺たちのことなんか絶対に知らないんだろう。
「達哉君、何もかもが突然のことでごめんね。 どうかこれから僕たちのことをよろしくお願いします」
深々と頭を下げる光彦さんだったが、そのさらりと垂れた前髪はテーブルの上のスープカップに命中すると、まだその中に大量に残っているミネストローネをたっぷりと吸い込んでいった。
「やだ光彦さん、髪が」
「あっ…… は、はは…… ははは」
「…… ところで俺もやっぱり苗字変わるの? 」
「あっ、それはナオミさんとも話し合ったんだけど達哉君の意思を尊重しようってことで、達哉君に任せます」
「まあ俺は何でもいいんだけど」
「ええ~ いいの? アンタ? 上杉だよ? 上杉達哉になるんだよ? お母さんのこと甲子園に連れて行ってくれるの? 」
「どういうこと? 」
「えっ? 知らないの? やだっ、ジェネレーションギャップだ」
母ちゃんと光彦さんは楽しそうに笑い、それを婆さんも嬉しそうに眺めている。 けれど目の前の凌とかいう俺の妹になるこのガキはいつまでも無愛想なままだった。