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冬の合間の穏やかな天気とは対照的に屋上にはけたたましい怒号が飛び交っていた。
「だから宇宙を見てみろよ! 答えは全てそこに表されているだろ! だいたいヒロト、お前は昔っからそういう変なこだわりに邪魔されて自分で自分の首を絞めてんだよ」
「う、上田はそんなこと言うけど起源を言うならこれは生物の進化の過程で」
昼休憩、俺たち三人は屋上で弁当を食べてからいつものようにくだらない馬鹿話をしていたのだが、ふとしたことで上田とヒロトが言い合いを始め、それが次第にエスカレートしていったのだった。
ちょうどその時に芽衣と川澄が屋上にやって来てその様子を見たものだから驚いてしまい、すぐ横で寝転がってる俺に近寄って聞いてきた。
「ちょっとちょっと!上田君とヒロト君なんでケンカしてるの?ってか、達哉あんたどうしてそんなのんびりしてられるのよ! 止めなさいよ親友でしょ」
「ほっときゃいいんだよしょーもないことなんだから」
「しよーもないってでも達哉、宇宙だとか進化がどうとか凄いこと言ってるわよ? それに二人共今にも殴り合いでも始めそうな様子だよ、いったいケンカの原因は何なの? 」
「ん? たい焼きのしっぽの部分にあんこが必要かどうか」
「は? たい焼き? あんこ? 」
そう、ケンカの原因はたい焼きのしっぽの部分まであんこたっぷり派のヒロトと、しっぽはたい焼きを食べた最後に甘さを中和する為と、もちっとした食感を楽しむ為にあんこは入ってない方がいい派の上田の対立だった。
「そう、だからほっときゃいいって言っただろ、付き合ってられるかよそんなこと」
「ん~ 、たしかに」
芽衣も俺の無関心ぶりが納得出来たようだった。持っていたリュックからレジャーシートを取り出すとその場に敷いて遅めの昼食を取ろうとしていた。
「川澄さん、ほっとこう あんな馬鹿たち心配するだけ損だわ」
芽衣はシートの半分を川澄の為に空けるとまだ立ったままの彼女に座るよう勧めた。
「分かるわ! 上田君! 私、今凄く感動してるかも! 」
「川…… 澄…… さん? 」
見上げると川澄の顔には微かな笑みと、そして紅潮した目元からはうっすらと光るものが頬を伝って落ちてきた。
「嘘っ! 泣くぅううう!? たい焼きのあんこで泣くの!!!??? 」
びっくりする俺と芽衣を横目にそれを聞いた上田は、勝ち誇ったようにヒロトを見て高笑いしながら言い放った。
「聞いたか? ヒロト! これが答えだ! 特進クラスの川澄さんが言うんだから間違いない! っていうか世界中の全ての奴らがあんこたっぷり派だとしても川澄さん1人が味方してくれるなら俺は最後まで戦うぞ! 」
「ぐぬぬ…… 」
劣勢に立たされたヒロトは膝を折ってその場に頽れた。
「いやあ まさか川澄さんがこんなに感動してくれるなんて! もしかして俺たち付き合ったりしたら最高のカップルになれるんじゃね? 」
「上田君、 私まだドキドキが止まらない」
「だろ? 上田! 川澄さん! 俺も完全に二人に同意だわ、そうなんだよやっぱたい焼きのしっぽにあんこなんて不粋だよな? なあ~、気が合うな俺たちって」
「ちょっと達哉、何を今更川澄さんに媚びてるの、バッカじゃない? 」
まさかこんなことで上田にリードを許す訳にはいかない、が、川澄の表情を見るかぎり明らかに二人の距離は急速に縮まっている。
「私ね、今までたい焼き食べながらずっと自分を誤魔化していたの。 周りの人達は「美味しい美味しい」ってしっぽまであんこたっぷりのたい焼きを美味しそうに食べてるから、私も作り笑いを必死で浮かべて、そして自分に言い聞かせて。 もし「私はしっぽにあんこは要らない」って言ってしまったらこれまで築き上げてきた世界が音を立てて壊れてしまうんじゃないかって、怖くて誰にも言い出せなかった」
「おい…… 川澄ってあんなキャラだったっけか? 」
「ははは…… はは、はは…… 」
少し引き気味の俺と芽衣、 世界のまん中であんこを叫ぶ上田と川澄、 地獄の業火の中に突き落とされたように動けないでいるヒロト、屋上では今日もまた一つの物語が始まり、そしてまた一つの物語が終わろうとしている。
「じゃあさ! じゃあさ! 川澄ってお好み焼きもふわっふわのじゃなくてコテでしっかり押さえた歯ごたえしっかりのタイプの方が好きなんじゃない? 」
上田は揚々と川澄の手を取り一気に二人の距離をゼロにしようとしていた。
「えっ? それはない」
川澄はそっと手を引っ込めて上田から距離を取った。