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「出掛けるところ? 」
「お、おう…… ちょっとな」
引っ越ししてから芽衣がこの家に来るのは2回目だった。 それまでは家がすぐ近くだったし、保育所の時から家族ぐるみでの付合いがあったのでどっちかがどっちかの家に居るなんてことも日常の風景だった。
「どうした? 母ちゃんなら居るぞ、呼んで来ようか? 」
早くしないと川澄が出てくる。 やましいことは無いが、いちいち説明するのもめんどくさい。俺は芽衣を早く帰らせるか、母ちゃんに芽衣の相手を任すか、とにかく玄関先から芽衣を離れさせたかった。
「何よ、今日は別にナオミちゃんに用事があった訳じゃないのに、幼馴染のサプライズ訪問がそんなに迷惑なワケ? 」
「いや、そ、そんなことねえけど」
思っていた矢先、隣の家の玄関のドアが開き川澄が顔を出した。
「ちょっと何さっきからキョドキョドしてんの? 」
そう言って俺に詰め寄る芽衣の視線は俺の顔から隣の家の玄関へと移っていった。
「あら、小山内さん、こんにちわ」
ジロリ
「そういうこと? 」
芽衣は意味深に俺を睨んできた。
「そういうことって、別にただ天気がいいからちょっと散歩でも行こうかってなっただけだよ」
「ふ~ん」
「なんだよその冷めた目は」
「なら私も行く」
「は? 」
空気も読まずに無表情のまま芽衣がそんなことを言い出すもんだから、川澄が気分を悪くしてせっかくのチャンスが台無しになるんじゃないかとヒヤヒヤした、が、川澄の返事は俺の予想していたのとは真逆のものだった。
「ほんと? 小山内さんも一緒に行けるの? やった! 私、小山内さんともっとお話しがしたかったの。 なら早く早く、行きましょ! 」
芽衣も川澄の反応に驚いた様子だったが川澄自身は何も気にしていないらしく、戸惑う芽衣の手を取ると構うことなく歩き出してしまった、俺を玄関に置き去りにして。
俺が引っ越して来たこのすみれが丘の住宅地は周辺も含めて昔は山しか無かったような土地だったらしい。数キロ離れた平地が開発され、そこに大型のショッピングモールや大学や病院などが誘致され、それに伴ってこのすみれが丘だけではなく街を囲むようにいくつもの新興住宅地が出来ていったのだそうだ。
市街地とは一画離れた静かな場所で、週末の昼間ともなると車もさほど通ってなく町自体がのんびりと昼寝の寝息を立てている。
俺や川澄の家は丘の上の方にあるが、少し下った奥の方に行くと溜め池と池に隣接した公園がある。川澄は芽衣の手を握ったままそこに向かっているのだろう、俺を置き去りして。
しかたがなく俺は二人の十メートル程後ろを一人歩いている。
二人がどんな話をしているのかは聞こえて来ない、川澄の方はともかく芽衣は初対面の時から川澄に対して敵意を剥き出しにしていた。それはもしかすると俺へのヤキモチなのかもしれないし、俺だけでなく上田やヒロトといった小学校からの同級生仲間の中に突然川澄が入って来たからかもしれない。
けれど声は聞こえないが二人の様子を見ていると、そんな心配もなくやけに楽しそうに会話をしている。まるで昔からの親友同士のように、そう、俺を置き去りして。