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「あれ? 婆ちゃん一人? 」
土曜日の朝、たっぷりと遅起きした俺がリビングに降りていくと婆ちゃんがテレビで旅番組を見ながら一人でお茶を飲んでいた。
「あらおはよう、ナオミさんと光彦はホームセンターに買い物に行ったわよ。 凌ちゃんはリョウのお散歩」
「ふ~ん、そっか」
光彦先生のお母さん、俺にとっての義理の婆ちゃんは数年前に交通事故に捲き込まれて以来車椅子の生活が基本となっている。それでも大体の事は一人でやっているし、気を使われるのも使うのも好きじゃないらしく、おかげで車椅子の操縦は慣れたものだ。
「そうだ婆ちゃん、凌のことなんだけど」
俺は凌と光彦さんのこの家に住み始める以前の生活をそれとなく婆ちゃんに聞いてみた。
「優しい子だよ、私にも周りの人にも、リョウの面倒も一番観てくれるし」
リョウは元々婆ちゃんが飼っていた犬で、光彦さんと凌が一緒に住むようになってからはずっと凌が世話をしていた。 婆ちゃんにしてみれば目に入れても痛くない我が孫だ、フィルター越しに見た凌はきっとなんの穢れも無い透き通った少女なのだろう。
話のついでに三者面談の経緯も婆ちゃんに話しておいた、凌の話をする事で俺は婆ちゃんと二人で居る気まずさを解消したかったのだ。そもそも話すことが無ければさっさと自分の部屋に戻ればいいのだが、俺もこの家の住人であるのだから堂々としていたかったのだ。
「それはきっと達哉さんに相談すればナオミさんに話が伝わるだろうって考えたのよ」
婆ちゃんは遠慮がちな凌の頭脳戦だったんだと分析した。
「最初からそのつもりだったのか? アイツ」
「まだ一緒に生活を始めて短いけど凌ちゃんは達哉さんのことが丸分かりだったみたいね」
「それって俺が単純ってことじゃん…… 」
「ホホホホ、 単純じゃなくて達哉さんは素直な子なのよ」
「ただいまー 、あら達哉やっと起きたの? 」
母ちゃんと光彦さんが帰ってきたのを期にこの話題は終わった。 " 凌は頭が良くて優しい子 " という婆ちゃんの結論だったが、そうは言ったものの凌が俺に言った「父さんは私のことなんか興味ないから」という言葉の真意は結局有耶無耶なままだった。
部屋に戻ってベッドに寝転がり何となくヒロトの「芸人になりたい」というカミングアウトを思い出していた。ヒロトとも小学校からずっと一緒だったけど、上田や俺と居る時はよく喋るが他の人の前では自分から前に出ていくようなタイプではなく、どちらかというとおとなしい根暗な性格だった。
でも、よく思い出せばアイツたまに突拍子もない発言してたもんなぁ、もしかしてアレってボケだったのか? だとしたら弱ぇーよヒロト、それじゃ。ボケたならもっとドヤ顔するとか自分から誘い笑いするとかしなきゃ、ボケが生きて来ないっての。あ…… でも俺もそのヒロトのボケを拾って突っ込んだり、笑いに変えたりそんな努力も全くしてこなかったなぁ~ 、アイツにばかり任せてばかりで俺は何の努力もしてないじゃん…… ってなんで俺が反省してんだよ! 芸人は " ヒロトの夢 " であって " 俺達の夢 " じゃないっつーの! 俺には俺の夢が…… 夢が、無ぇ…… 。
ブブッ ブブッ
机の上に置いてあったスマホが鳴った。
『おはよう』
川澄からのメッセージだった。返事をするより先に俺は部屋の窓を開けてみた。窓の向こうには隣の家が、そして川澄の笑顔があった。
「おはよう」
引越し先の町が学校中の男子の憧れの川澄も住むすみれが丘だと聞いた時は少し自分の未来に期待するところがあったが、それでもその時はまだ俺たちは話をしたことも無かった。それから偶然川澄と友達になり、 " 屋上 " という秘密を共有し合い、まさかの " お隣りさん " となっていったのだ。これが運命だというのなら、いや、これが運命だと言わないのなら俺はただ人生のストーリーの回り道をしているだけじゃないか。
「天気いいし散歩でも行かない?」
「行く」
川澄からの誘いに断る理由など微塵もなく、俺はコンマ000001秒の間隔も空けずに即答した。
「すぐ着替えるから外で待ってて」
川澄の気持ちが変わったり突然の用事が入って来たらマズイので、俺は急いでジーパンとTシャツに着替えてネルシャツを羽織って、立ち止まって別のネルシャツに替えてみて、「どっちにしよう」とコンマ1秒考えて、初めに着た方を選び階段を降りながらシャツに腕を通した。
ピンポーン
川澄だ!
「俺が出る! 俺が出る! 俺ちょっと出掛けてくるから」
ガチャッ
「おはよう」
「お…… おっす…… 」
玄関先に居たのは川澄ではなく幼馴染の芽衣だった。




