限りなく透明に近い闇
「これ」
それは俺が自分の部屋でのんびりと横山光輝の三国志を読んでいた時のことだった。突然部屋に入ってきた義理の妹の凌にプリント用紙を渡されたのだ。
「お前さぁ、ノックもせずにいきなり男子高校生の部屋に入って来るとかマナー違反だろ? もし俺が今こうして読んでる本が『横山三国志』じゃなくて『淫乱若奥様赤裸々白書』とかだったらどうするよ? お前も中1ならそれくらいの配慮が出来るようになれよな」
「馬鹿」
「馬鹿? そりゃ少し言い過ぎじゃないのか? 仮にも俺はお前の兄貴なんだからな? 」
「いいから、そんなことどうでもいいからコレ」
「なんだよ、ん? むむむ…… 三者面談? だったら光彦先生か母ちゃんに渡してこいよ、俺は関係ないだろ」
「父さんは私のことなんか興味無いから、それに、お…… お母さんも忙しそうだし、お前部活もしてないしどうせ暇だろ? お前が来い」
「むむむ…… もうよい、それ以上言うでない」
「お前さっきから喋り方変だぞ。 どうせ漫画の影響だろ? すぐに影響されて、単純だな」
「だ、だ、だまらっしゃい! 」
「キモ」
凌はそう言い捨てて自分の部屋へ戻って行った。しかし光彦先生が娘の自分に興味が無いと言うのはどういうことだろう? 優しいだけが取り柄のような人なのに。頼りなさは否めないけど、それでも赴任して来たばかりなのに俺たちの学校でも光彦先生の国語の授業は面白いととても評判が良い。着任時こそ、その風体から生徒の誰もが全く相手にしていなかったのだけれど、教科書を一切開かずに進めて行く授業のやり方は生徒たちには好評だった。それにそんな型外れな授業でも今のところ特進クラスのカリキュラムでさえ十分カバーしており苦情などは出ていない。
凌の母さんは凌が6歳の時に病気で死んじゃったそうで、それ以来光彦先生と婆ちゃんと3人で暮らしてきたと母ちゃんから聞いた。婆ちゃんも悪い人じゃ無さそうだし、父親に対する嫌悪感みたいなものは年頃の女子特有の悩みなんだろうと、俺はあまり深くは考えずにそのプリントを母ちゃんに渡した。
「え? 三者面談? 行くわよ決まってるじゃない」
「けどアイツ母ちゃんも忙しいから無理だって諦めてたぞ」
「そう、凌ちゃんが…… 」
「ただいまー 」
「ワォーン」
「分かったわ、光彦さん帰ってきたから後で相談してみる」
その夜は話はそれで終わった。母ちゃんと光彦先生がどんな話をしたのかは分からないけど、それから何日か経っても凌から文句を言われることも無かったからもう俺の出る幕では無いだろう。