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放課後、いつもなら学校のすぐ近くの、駄菓子の売ってるお好み焼き屋で百円くらい使ってグダグダと時間を過ごす俺たちだけど、なんとなくそんな気分になれなかったのは俺だけじゃなかった。
「瀬野、俺ちょっと寄る所あるから、じゃあな」
駐輪場まで一緒に歩いていた上田がそう言って先に帰った。
「なあ、ヒロトは進学すんの? 」
隣を歩くヒロトはいつものようにぼーっとしているけど、表情はいつも以上に心此処に在らずといったような感じだった。
「えっ? あ…… たぶん父さんが「そうしろ」って言うと思う。兄貴の時もそうだったけど」
ヒロトの親父さんは町で小さな会社を経営しながら町会議員をやっている。一度家に遊びに行った時はちょうど選挙前でピリピリとしていて近寄り難い印象があった。その後たまたま外を歩いていた時に見た選挙カーから手を振る親父さんは、あの時とは違い満面の笑みを浮かべて何度も何度も「ありがとうございます」と「お願いします」を繰り返していた。
「ヒロトはどうしたいんだ? 」
「僕? 僕は…… 芸人に…… 」
言いかけてヒロトは恥ずかしそうに自転車を漕ぎだした。
置いていかれた形になってしまった俺はしばらくペダルを踏み込めなかった。
俺はこれからどうするんだろう? " 自分らしい歩き方 " 光彦さんの言葉がずっと俺の心の中の、自分の手では届かない所をくすぐっている。 俺は、俺はいったい何処に向かってるんだろう。
ヒロトとは途中で分かれて家まであと100メートル、ラストの急な登り坂の下まで来た。いつもはここで自転車を降りてこの坂道を自転車を押して登って帰る。
坂の上には茜色に染まったでっかい空が俺のことを見下ろしている。
今日はこの坂道を登りきってやろう。 「待ってろよ」とその茜色の空に向かって心の中で挑戦状を叩きつけた。そして助走をつけておもいっきりペダルを踏み、俺は一気に坂道を登りきっ…… 。
「はぁ…… はぁ…… ぜぇ…… ぜぇ…… 絶対無理だ、この坂は…… はぁ…… はぁ…… 」
七分目くらい迄来た所で、坂の上に仁王立ちしているでかい夕日に自転車を押さえつけられてしまったみたいにペダルは全く動かなくなり、俺の両の足に込めた力も遂に尽きてしまった。
「ちくしょーっ! 」
声には出さなかったけど久しぶりに " 悔しい " という感情が俺の中に生まれてきた。
「俺なんて何も出来ねえじゃん、何やっても中途半端だし」
見上げると夕日が坂の向こうに消えようとしていた。 ソイツは俺の挑戦状を受けたものの俺が弱すぎて相手にならなくて、つまんなくなって帰っていってしまうようだった。
だけど俺にはもう一度自転車を漕ぐ力は残ってなく、ただ去って行く夕日を睨み付けて「次は見てろ」と強がりを言うだけだった。