展覧会の絵 Ⅱ
亜麻色の髪もヘーゼルの瞳も、周りから浮き立つように際立っていて、健人の姿こそ一枚の絵のようだった。
久しぶりに会う健人は美術館に来ているからか、ヒゲも剃って少しだけキチンとしていて、和香子の胸は今更ながらにときめいて、ドキドキと鼓動を打った。
突然いろんなことがありすぎて、何も言葉を発せられない和香子に、健人がニッコリと笑いかける。
「隠すことないよ。この絵の君は〝芸術〟なんだから、みんなに観てもらうべきだよ」
そう言われて、和香子は逆にここでこんなに大騒ぎしていることの方が恥ずかしくなる。
健人の背中の後ろに隠れるようにしがみついて、とりあえずその場から退散した。
会話のできるロビーまでやって来て、口を開く。
「どうやってあんな絵が描けたの…?」
体一つで出て行った健人だったから、和香子の疑問も当然だった。
「実は、ずいぶん前から描いてたんだ。美大時代の同級生が、ちょっと有名な画家になっててね。そいつが数か月間外国に行くことになって、アトリエが空くから、そこを使わせてもらってたんだ」
「じゃ、ずっとそこにいたの?」
健人は和香子の問いかけに、静かに頷いた。
「でも、何年も描いてないと、やっぱりなかなかうまくいかなくて……。だから、シンプルな心で僕の一番好きな人を描くことにしたんだ」
健人の一番好きな人は、和香子。それは、この十年間変わることのない真理だった。そして、これからも――。
「君を描いて、もしかして賞がもらえたら、君にも観てもらえるんじゃないかって思ってたんだ。……そしたら今日こうやって、君が来てくれた……」
離れ離れだった時間を埋めるように、健人の眼差しが和香子を包み込んでくれる。
健人の愛は、何があっても揺らがない。
どうして、この眼差しを信じてあげられなかったのだろう。
どうして、この人から離れようと思ってしまったのだろう。
和香子の瞳から、涙が溢れてくる。和香子は、足りなかった自分の一部を、やっと見つけられたような気持ちになって、健人を見つめ返した。
「……健人がいなくなって、ずっと死にそうなくらい寂しかった。『別れよう』なんて言って、……ごめんなさい」
「和香子、泣かないで。君のために僕は生きているんだから、ずっと君の側にいるよ」
健人が今度は両手を伸ばして、和香子を包み込む。和香子は健人の胸に顔を埋めて、そのかけがえのない存在を改めて確かめた。
たくさんの人々の行き交う美術館のロビーで、健人と和香子の姿は皆の注目を浴びていた。それでも、二人はお互いの想いのまま、時間を忘れて抱きしめ合った。
しばらくして、幾分気持ちを落ち着けた和香子は、健人と一緒にもう一度あの絵を観に戻った。
健人の描いた和香子は、慈愛に満ちた笑みを湛えて、その絵を観る者を逆に見つめてくれている。健人はその絵のタイトルを、『Goddess』(女神)としていた。
「私……こんなに綺麗じゃないのに……」
ポツリと出て来た和香子の言葉に、健人が微笑みながら応える。
「僕の目には、君はこんなふうに見えてるんだ。でも、僕がどんな絵を描いても、本物の君にはかなわないな」
いつものように『愛してるよ』と言ってくれなくても、この絵を通して健人の想いが伝わってくる。
こんなにも愛してくれる人は、もう二度と現れてはくれない。この人の手を、もう二度と離してはいけない。
和香子はそっと健人と手をつなぐと、絵を見つめながら囁いた。
「ねえ、健人?……結婚、しようか」
さすがに健人も驚いて、目を丸くしてじっと和香子を見つめる。
けれども、すぐにその眼差しを穏やかに和ませ、『またね』とは言わなかった。
[ 完 ]
・*:.。. .。.:*・゜゜・*・*:.。. .。.:*・゜゜・*・*:.。. .。.:*・゜゜・*
「毎日、休日。」を、最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
この作品の主人公の和香子は、「恋はしょうがない。」シリーズで〝石井先生〟として登場しています。
このシリーズの石井先生は、決して泣いたりしない頼りがいのある〝デキる女〟なのですが…。こんな女らしい人だったなんて、書いてみて改めて思いました(^^)
「恋はしょうがない。」シリーズは、この作品に登場する超イケメンの古庄先生が恋の当事者となっている作品です。まだお読みでない読者様は、ぜひぜひ読んでみてくださいませ。
(ちなみに、電子書籍「恋はしょうがない。〜職員室であなたと〜」には、石井先生が登場するシーンを加筆しています!)
また皆様とご縁のあることを、楽しみにしています!
ありがとうございました!!
皆実 景葉