後悔と希望 Ⅱ
仕事をしている間は、健人のことを忘れていられたけれども、眠れないことは思ってもみないところで、和香子に多大な影響をもたらしていた。
「今、全県模試の事務局から連絡があったけど、うちの学校の英語の得点の一部が入力されてないらしい!」
進路指導主任が血相変えて、三年部へと駆け込んできた。
進路を計るために重要な模試であることもあって、三年部にも緊張が走る。データを見直してみたら、和香子が担当するクラスの得点がすっぽり抜け落ちていた。
「……え。私、入力しました」
和香子が戸惑ったような声をあげたので、さらに調べてみると、どうやら和香子は別の考査のシートに入力してしまっていたようだった。
「……申し訳ありませんっ!!」
和香子は進路主任や学年主任、迷惑をかけた教員たちに謝ってまわり、早急にもう一度点数のデータを送り直す処置をして、疲れ果てて職員室の席へ戻ってきた。
「大変だったね。…でも、しっかり者の石井さんらしくないね。このところ、体調でも悪いの?」
そう言って、古庄は気遣ってくれたが、和香子はただ首を横に振って答えるだけだった。
今までの自分だったら考えられないような失敗。
この失敗は、辛うじて平穏を保っていた和香子の心の堰を、一気に崩壊させた。
誰もいないマンションの部屋へと帰ってきて、健人の姿を探す。
「……健人。どこにいるの?……私を、助けてよ……」
ポツリと呟く声とともに、和香子の目から涙が零れる。
今日のように仕事で失敗をしたり、嫌なことがあったときには、いつも健人が慰めてくれていた。
どんなに疲れて帰ってきたときにも、健人が包み込んで癒してくれていた。
やっと和香子は、自分がどれだけ健人に依存していたか、今更ながらに思い知った。二人でいなければ生きていけないのは、健人ではなく和香子の方だった。
『愛してるよ、和香子』
どんなときでも、何があっても、そう言ってくれていた健人の声が聞こえたような気がして、和香子は振り向いた。
でも、健人はそこにはいない。
いつも側にいてくれていたのに、和香子は自分からその手を離してしまった。
いくら今更涙を流して後悔しても、健人は帰ってはこなかった。
どれだけ泣いても、一度堰が切れた和香子の涙は止まってくれない。せめて眠ることができたら、この辛さから逃げることもできるのに、眠りも訪れてくれなかった。
そして、夜が明けて、朝の明るい光が射し込む部屋の中で、和香子は思った。
――健人のためには、これでよかったのかもしれない……。
二人で一緒にいても、健人はどんどん〝ダメ〟になっていくばかりだった。その原因が和香子の方にあるのなら、和香子のいないところで生きていく方が、健人は幸せになれるのかもしれない。
きっと今ごろ、どこか和香子のいない場所で、健人は新しい道を歩き出している……。
そんなふうに思考を展開させて希望を見つけ、和香子は自分を立ち直らせた。
『健人のために……』
そう思っていないと、健人をなくした和香子の傷はあまりにも深すぎて、平静でいられる自分を見失ってしまいそうだった。