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奴隷市

 




 その日、私はプラダの家に泊まる事にした。


 エスケレトプエルトで返り討ちにした奴らの仲間である野盗共が襲撃してきたと思いきや、オルトロスに追われて隣町のオベッハプエブロまで必死こいて馬を走らせた。


 身体はクタクタだし、何より、街の連中を利用してオルトロスを無事に狩ることができたのは良いが、返り血でローブや服が汚れてしまった。


 というわけで、水浴びがしたいと思うのは当たり前で、服も洗濯しなければならなかったため、こうして、プラダの家に厄介になっているわけである。


 まぁ、私が雇い主であり船長になるわけだし、お世話になる分には何も問題はないだろう。



「服ー、ここに置いとくわよー」

「あー、ワリィ! ありがとうっ!」



 私は自身の赤い髪を梳かしながら、外から声をかけてくるプラダにそう答える。


 魔力を使ったシャワーはいつもギルドでレディストの姉御に毎回借りて使わせて貰っていた。


 しばらくして、風呂から上がった私は衣服を着替えて、髪の水気をタオルで拭き取り、書類に目を通しているプラダの元に足を運ぶ。



「あーさっぱりしたー」

「そう、それは良かったわ」



 プラダは私にそう言うと淡々と書類に目を通しながら筆を走らせる。


 店を開いているだけあって割とこういった細かな書類を書いたりする事にも長けているプラダの姿を見ていると彼女の姉であるレディストの姿がうっすらと重なって見えるようだ。


 どうやら発注書類のようだが、私は腕を組んだまま壁に寄りかかると書類を書き続けているプラダに話をし始める。



「なぁ、プラダ、なんでお前さん、私の話に乗ってきたんだ?」

「んー、そうねぇ」



 プラダはそう言うと書類を書くのに使っていたペンをゆっくりとテーブルに置く。


 そして、私の方を見るとニコリと笑みを浮かべながら、指を三つ立て、私の質問に答え始めた。



「理由は三つあってね…。まず一つは貴女が気に入ったから、人柄ね、姉から話は聞いていたし信頼がおける人物と思ったの」

「そりゃどーも」



 ため息を吐く私を見ながら、口元に指を当ててクスクスと笑みを浮かべるプラダ。


 そして、彼女は続けるように次の理由も述べ始めた。



「二つ目は金と組織ね、船の船員を集めてるって貴女言っていたけれど、要は組織を立ち上げるって事でしょう? エスケレトプエルトで」

「…ん、まぁな…」



 問いかけてきたプラダは私の返答に笑みを浮かべる。


 要はこの2番目のこの話が彼女にとっては乗るに値しているという肝でもあった。



「エスケレトプエルトは海に面していて、非常にビジネスがやりやすい環境なのよね、貴女は顔も広い凄腕の…あーなんて言ったらいいかしら…」

「無法者?」

「そう! それよ! 貴女はエスケレトプエルトを拠点にするビジネスを広げる組織の統括にはもってこいと思ったのよ」



 そう言うプラダは実に嬉しそうに私にそう語ってきた。


 要はエスケレトプエルトで組織を作り、その組織の統括、首領に相応しいとプラダは私を見て思ったと話す。


 エスケレトプエルトで組織を作り、私が首領をするって事は必然的に非合法な組織になるだろう。


 会社的にビジネスをするというならカルテル、もしくは、ギャングといったところか。


 船が手に入れば、悪徳商人や奴隷をひっ捕まえる海賊を狩る賞金稼ぎだけではなく、今後は密輸や非合法品の売買、武器商売などももちろん視野には入れていたつもりだ。


 そう考えると、プラダが言うお金という点では今後、見込めてくる可能性はある。



「そして三つ目は、私がつけていたこの書類、何かわかる?」

「…ん…? …これは…」



 そう言って、プラダが先程まで書いていた書類の一部を受け取り私はそれに目を通す。


 そこには、密造酒の発注書の項目がズラリと並んでおり、それだけではなく、他の書類にはタバコ、葉巻などの嗜好品の名前が記入されていた。


 プラダは笑みを浮かべたまま、書類に目を通し、顔を見上げた私の目をジッと見つめてくる。



「三つ目はこれ、ウチの裏のビジネスなのよね、レディスト家はちょっとした地主でね、私と姉さんはこっそりその土地の一部を使ってこういった物を作って高値で売り払って小遣い稼ぎをしていたわけ」

「ワァオ」

「ギルドの受付嬢や店の経営だけなんてつまらないじゃない? …私達姉妹はね一筋縄じゃいかない女なの」



 そう言って、プラダは満面の笑みを私に向けてきた。


 平和的な隣町のオベッハプエブロに住んでいるものだからてっきり私は彼女はこちら側の人間ではないと思っていたのでこれには度肝を抜かされた。


 だが、逆に私はそんな彼女の眼を見て、安心した。


 真っ当な人間だった場合、正直、私は彼女を仲間に迎え入れることを躊躇していたと思う。


 餓狼のように飢えた獣のような眼差し、彼女はやはり、レディストの姉御の妹なんだなと改めて感じさせられた。



「船を使った密造酒やタバコ等の輸送…。こりゃ良いシノギになるな」

「後々には船の数を増やして、馬車も走らせたいわよね? …ま、なんにしても今は人手が足りてないんだけど」

「まぁ、そうだけどさ…」



 私はプラダの言葉に肩をすくめる。


 ごもっともである。今後、金銭面の規模を広げていくには人手がたくさん必要になってくる。


 口が達者な商売人、荒くれ者を撃退することができる凄腕の兵隊、そして、船医に食事係。


 どれも現状じゃ足りていない、特に口達者な商売人の枠としては今のところレディストだけだ。


 組織が大きくなればなるほど、その規模に合った人材が必要になってくる。


 だが、1番、金を食うのは人件費だ、今は必要な分、必要なだけ人材が欲しい。



「明日の奴隷市が肝だな、やっぱり」

「そうねぇ…、上手くいけば人件費は安く抑えれるだろうしね」

「だな」



 私はそう言うと薄着のままドカリと部屋にあるソファに座り、タバコを取り出して火を点ける。


 そして、レディストが目星をつけてくれたメンバーの名前に次から次へと目を通していった。


 別に船員ではなくとも使い道はある。


 船が苦手であれば、エスケレトプエルトから陸路で私達に経済利益をもたらしてくれればなんら問題は無い。


 私としては、ティグレの姉御の力を借りてそちらからの利益も確保したいところだ。


 ようは表向きは交易として、黒い仕事の幅を広げていきたいという思惑が私の中である。


 最終的な目標としてはエスケレトプエルトを中心とした海賊団だけでなく、幅広く利益を上げるギャングを作る事。


 これが、私の目的だ。


 この目的に至った理由は私を育て、生き方を教えてくれたバルバロイの旦那とディグレの姉御の存在があったからだと思う。


 なんだかんだで、結局はあの二人の背中を追っているんだなと思わず鼻で笑ってしまいそうになる。


 こうして、私は途方も無い大望を胸に抱いたままプラダの家で夜を明かした。





 そして、翌日。


 プラダと私は人員を探すため、早速、奴隷市に足を運んでいた。


 中には屈強な男や、どこから攫ってきたのか獣人やエルフの娘まで、ラインナップは様々だ。


 私はタバコを吹かしながら、そんな奴隷市を散策し、条件に合いそうな人員を探す。


 屈強な剣闘士は用心棒としては確かに魅力的だし、エルフの娘は食事係に使えそうだ。


 問題は値段だろう、私の目からすればそれに見合った値段はつけられていないように思えてならない。


 そんな風に私が奴隷市を歩いている最中であった。



「…こげんなとこにおなごだけで何しにきちょるとじゃおまんら 」

「あん?」

「ここは…、おなごだけで来るとこじゃなかぞ…」



 そう言うと、檻に入れられている一人のボロボロの男が鋭い眼差しを私に向けて忠告してきた。


 私は思わず足を止め、彼の姿に視線を向ける。


 見てくれは窶れており、血の染みがついたボロボロの和服を着ているボサボサな黒髪の青年であった。


 彼は弱り切った様子で檻に背を預けている。


 腰には脇差が差してあり、その姿を見た私は一瞬、目を見開いた。


 私にはその姿に見覚えがあった。


 かつての記憶の中で母から聞いた事があるくらいだが、それでも鮮明にそのことは覚えているし、実物ではないが見たことがある。


 それを見た私は直感的に何かを感じ足を止めその男が閉じ込められている檻に近づく。



「よう、なんだお前、私の事を心配してんのかい?」

「じゃったらなんじゃ」

「心配ご無用だな、ただの女だったら私達がこんなところに来るわけが無いだろう?」



 そう言うと、私は腰を屈めて男と視線を交わしながら笑みを浮かべる。


 現に私は何か荒事があったとしても切り抜けられるという自負がある。


 そして、私はそのことを示すかのように彼の前で愛用している拳銃をホルスターから抜くと見せびらかした。



「…はっ…なんじゃ、銃を持っとっちょったかが。心配して損したわ…」

「やっぱり分かるんだなこいつが」

「たまたま知っちょっただけじゃ…戦場で腐るほど浴びせられたわ」



 私の話を聞いていた男は力無く笑う。


 話を聞けば、どうやら、私と同じく彼もこの世界に転生してきたという話であった。


 彼の場合は戦場にて血路を開いている最中に敵からの銃弾を額に受け倒れ、気づいたらこちらの世界に来ていたという話であった。



「お前名前は?」

「名はもう捨てた。おいはただの死に損ないじゃ…」

「へぇ、…おいっ! こいつは幾らだ?」

「ちょっと! ロホ!」



 俺は声高々にそう告げるが、それを聞いたプラダは止めに入ってくる。


 見ず知らずのボロボロの男を私が買うと言い始めたのだからそうなるのも致し方ないだろう。


 だが、私にはこいつにはそれだけの価値があると思っていた。


 すると、奥から胡散臭そうな肥え太った中年の男がやってくる、おそらくはこいつがこのボロボロの男を所有している奴隷商人だろう。



「…へぇ、どうしやしたい?」

「こいつが欲しいんだが、幾らだ?」

「はぁー、こいつですかい? 他にも良い奴隷は居ますぜ」

「私はこいつが良いんだ、んで、幾らだ?」

「そうですねー、それじゃ…」



 そう言うと、奴隷商人は値段の計算をし始める。


 私とプラダはこの奴隷市にくるのは初めての客だ。恐らく、奴はこう思っているだろう、どれだけ私達からお金を引き出せれるだろうと。


 非合法な奴隷市、そんな奴隷市で私達のような女二人を前にすれば悪どい商売をしている商人は必ず足元を見てくる。


 これは、私が今まで培ってきた経験から断言することができる事実だ。



「…えーと、これくらいでしょうかね?」

「300ルナ!? はぁ!?」

「えぇ、この男の値段でしたらそのくらいになりますかねぇ」



 男はにやけ顔を浮かべながら目の前でシラを切るように手揉みをする。


 これには私も流石に穏便にというわけにはいかなくなった。


 先に仕掛けてきたのはこの男からだ、なら、それ相応に応えてやらないといけないだろう。


 私は目の前で銃を壁に向かって発砲すると男の胸ぐらを掴み上げ、口に銃口をねじ込ませる。



「グヒュッ!? あがっ…! ひゃひふる…」

「よぉ…お前、あの壁が見えるか? 今、私が撃った弾丸が抉った箇所だ」

「ゴヒュッ!?」



 男は私が指し示した場所に視線を向けると背筋が凍りついたように固まる。


 壁に向かって銃を撃てば物理的にどうなるかはわかり切っている。


 壁を抉る威力がある銃の銃口を口の中に突きつけられている奴隷商人は一気に血の気が引いた。


 その様子を確認した私はゆっくりと言い聞かせるように奴隷商人に話を続ける。



「こいつら、バルバロイの旦那の目を盗んで運んで来た奴隷だろう? なぁ? まさか、私の事を知らないでそんな馬鹿げた値段釣り上げたわけじゃないだろうな?」

「ゴヒュ!?」

「エスケレトプエルトにあんたの首を持って帰りゃ一体どんくらいの値がつくんだろうなぁ…、…試してみるか?」



 私はドス黒くゴミ虫を見るような眼差しを奴隷商人に向けながら声を低くして告げる。


 奴隷商人はガタガタと震えながら左右に首を振っていた。ここにきて、ようやく私が誰かということに気がついたのだろう。


 私は満面の笑みを浮かべると銃口を突きつけたまま、その奴隷商人にこんな話をし始める。



「私は別にお前をすぐに殺したいわけじゃないんだ。そう、ビジネスがしたいんだよ、わかるな? お前さんとは今後、良い関係を結びたいんだ」



 私はそう言って奴隷商人の肩をポンポンと叩くと拘束していた身体を離す。


 奴隷商人は咳き込みながら、恐怖に怯えた表情を隠すかのように笑顔を作ると先ほどとはうってかわりこんな話をし始める。



「は、はいっ!…し、失礼しましたっ! 是非とも今後ともご贔屓にしていただきたく50ルナで…」

「ふーん…」

「初回サービスで30ルナにさせていただきますっ! はいっ!」

「…よし、買った」



 私はそう言うとにこやかな笑みを浮かべて、指定された金額を奴隷商人に渡す。


 言い忘れていたが、ルナとは通貨だ。どの国でも共通の資本として使える金貨や銀貨の金銭の事である。


 さて、無事に値下げ交渉も済んで人員が一人確保出来たところで私は笑みを浮かべたまま奴隷商人の肩をポンポンと叩く。



「やれば出来るじゃねぇか、…お、そうだ、後、数人ほど奴隷が欲しいんだがな?」

「あ、姐さん! 勘弁してくれぇ! さっきみたいな値段で買われたりしたら潰れちまうよ!」

「まあまあまあ、落ち着けって、な? …金額はそっちが元手を取れるくらいの金額で構わねぇよ、…それとウチで取り扱ってる密造酒の一部を工面してやる、どうだい?」



 私は奴隷商人と肩を組んだまま、ヒソヒソと耳元でうまい具合に互いの利益に繋がる提案を持ちかける。


 これなら、奴隷商人としても金になる儲け話としておいしいはずだ。


 別にこの商人を懲らしめてやろうなどという事はこれっぽっちも考えてはいない、ようは、この奴隷商人も食い扶持を確保出来ればいいのである。


 密造酒は上手くいけば高く売れる。奴隷商人としても、私の提案はなかなかに良い案配な提案な筈だ。


 しばらく考え込む奴隷商人、先ほどのように脅されてではなく、損得で冷静に計算しているようであった。


 それから、数分後、奴隷商人はゆっくりと口を開き話をし始める。



「……商売が上手いね、姐さん」

「そこで冷静に乗ってきたアンタも賢い選択をしたね、ロホだ」



 私はそう言って、両手を挙げ降参とアピールする奴隷商人に笑みを浮かべ名前を告げる。


 奴隷商人は胸をなでおろすと深いため息をつきながら、同じく名前を名乗り始めた。



「マルケだ。…やっぱり『ディアボロ』の名前は伊達じゃないね、寿命が縮んだよ」

「なんだ、私の事知ってたのかよ」



 私は肩を竦めて持っていた拳銃をホルスターに仕舞い、マルケに告げる。


 奴隷商人のマルケは拳銃を手慣れた手つきで仕舞う私の姿を見てため息を吐くと、こんな話をし始めた。



「そりゃ、バルバロイのとこのロホって言えば、死神で有名さね。狙われたら最後、死体になって必ず見つかるってな」

「そうかい」

「あぁ、俺も仲間から話を聞いてた時は商売柄ビクビクしたもんだ。…けど、今日、話してわかったよ、アンタとは良い商売ができそうだってな」



 そう言うと、マルケは上機嫌な笑みを浮かべる。今後の取り引き相手として申し分ないと思ったのだろう。


 私としてもそれは同じだ。まだ、会ったばかりで必ずしも信用出来るかと言えばそうとは言い切れないが、こうして取り引きに乗ってくれた事に関して言えばマルケは使える。



「今後ともご贔屓に」

「あぁ、こちらこそ」



 俺とマルケはそう言うと、互いに握手を交わす。


 当初はインチキ臭そうだと思ってはいたが、どうやら、ある程度は話がわかる男らしい。


 最悪、殺そうかと考えてまでいたが、色々と物事が好転したのは私とプラダには実に幸運な出来事であった。


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