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双頭の狼

 




 ロホがエスケレトプエルトから旅立ってから半日が過ぎた。


 ローブを身につけたロホは荒野に吹き上がる風に少しばかり顔を顰めて、軽く自分の今いる現在地を小さな指輪から地図を出現させて確認する。


 これも魔法器具、とはいえ、これは普段から依頼を受けているロホを懇意にしているレディストから頂いたものだ。



「はぁ…隣町ってだけなのにこの荒野は毎度しんどいな、えーと、こっから南西か」



 荒野の砂嵐により方角がイマイチ掴みづらくなっている中、頼れるのは自身の経験だけ。


 どんなところであっても生き延びていけるスキルだけはロホは自信があった。


 それは、生前のスペインのスラム街での経験があったからだ。


 死ぬのは一瞬、生が簡単に消え去る様を何度も目の当たりにしてきた。


 現在、生業としているロホの仕事も簡単に人の命を狩り獲る事が容易にできる仕事だ。


 様々な環境、状況であっても仕事を遂行できる能力は必須、厳しい環境に身を置けばそういった能力は必然的に身についてくるものだ。


 位置を確認したロホは再び馬を走らせ、荒野を駆け始める。


 食料も水も一応持っては来てるがいつ何があるかわからない、早く街に到着しておく必要がある。



「……右から2人、左から3人くらいか」



 そう、こんな風に何があるかわからないのだ、この世界では。


 馬を走らせているロホの耳に入って来たのは違う馬の足音、追いかけて来るようにこちらに向かって来ているのがわかる。


 このケースは大体、ロホの経験上あまり良くない事だ。というのも先日、彼女がした事を振り返ってみれば何故なのかは大方検討がついてしまうだろう。



「…赤い髪…間違いねぇ! あいつだ!」

「見つけたぜ! よくも仲間ァ殺ってくれたなァ」

「はっはっー! 裸にひん剥いてヒィヒィ言わしてやるぜ!」

「…あーもう、めんどくせぇな」



 剣や斧、そして、槍を携えた馬に乗った野盗のような集団が迫る中、ロホはげっそりした表情を浮かべそう呟いた。


 おそらく、先日、ロホがレディストの酒場で血祭りにした馬鹿な連中の仲間だろう。とはいえ、ロホはその日、酒を飲み過ぎてどんな連中だったか全然覚えてはいないのだが。


 仕方ないとホルスターから拳銃を取り出したロホはそれを軽く抜くと馬に乗る位置を変え後ろ向きに座る。



「わざわざご苦労さん、バイビー」

「何向けて…、あがっ!」



 そう野盗の1人が言葉を発しかける前に彼の頭の半分はロホから向けられた拳銃から発せられた光の様なもので消し飛んでしまった。


 それを目の当たりにした男達は仰天するように目を見開いた。


 さっきまで軽口を叩いていた仲間の顔が半分吹き飛んでいてなおかつ絶命してしまったのだそうなるのも致し方ないだろう。



「や、やりやがった! あの女っ!?」

「へいへーい、次はどいつだい? 俺は誰でもかまないけどね? …ちょっと加減ミスっちまった」



 そう言いながら拳銃を余裕のある表情で片手で回しつつ馬を走らせるロホ、体制は相変わらず馬に乗ったまま後ろ向きだというのにバランスを全く崩さない。


 そして、その銃口は次の獲物の頭部にしっかりと向いていた。これ以上近づけば撃つと言わんばかりに引き金には指が掛かっている。


 目の前で仲間の顔半分が吹き飛んだのを目の当たりにした彼らもこれには震え上がるしかなかった。


 殺ると言ったら殺る。


 いや、既に口に出さずとも彼女がそう決めたのなら、既に頭が吹き飛んでいる自分達の姿が彼らには容易に想像できてしまう。


 彼らはそう考えるとロホをこれ以上追う事をやめるほかなかった。近寄る前に頭を撃ち抜かれるのは明白だからだ。


 例え、弓矢の名手が仲間に居たとしても彼女には敵わないだろうと感じた。


 人を殺す腕が違うという部分で何一つ彼女を葬り去るという光景が浮かび上がらなかった。



「よーし、良い子達だ…。引き際はしっかりしてんだな賢いぜ」

「…抜かせっ! …ちっ…退くぞ!」



 そう言って、襲撃者達はロホの追撃の手を休めゆっくりと馬を走らせ始める。


 その選択は正しい、悪党にも悪党なりの身の振り方がある。


 ロホに対しての力量差を考慮する彼らの行動は確かに寿命を延ばす選択としては最も良い選択をしたと言っても良いだろう。


 確かにこの時点では…だが。


 だが、状況というものはいつも変わりゆくものだ。例え、その選択が目の前の死を免れたてしてもその次は果たしてどうだろうか?



「…あん…なっ…! ちょ…っ! まっ…!」



 そう言って横を向いた彼らの仲間の1人は馬ごと消えたかと思うと血飛沫を散らしいきなり絶命することになった。


 馬の足の速度を緩めていた男達の顔つきが急変する。その牙から滴る血と男から噴き出したであろう血飛沫は荒野の地面にびっしりと染み渡る。



「…おいおいまじかよ…」

「グルァ!? ガァ!!」



 乱暴に首を振り、捕らえた獲物を挽肉にする巨大な生き物。


 それは間違いなく、先程、馬ごと1人の人間をただの肉の塊にした。


 鋭い牙に双頭の巨体、血走る獰猛な眼に逆立つ様に生えた艶のある緑色の毛並みは一瞬で背筋を凍らせる不気味さを発していた。


 こいつはヤバいと頭の中で警鐘が鳴る。


 そう、ロホが話で聞いていたこの辺りで最近60人ほど人間を食い殺しているという噂のアレだ。


 それほどの人数を殺してもなお、コイツが討伐されないのには当然、相応の理由がある。その獰猛さと危険性が極めて高いからだ。


 殺された人間の半数は討伐に出た者達で出来上がっているに違いないとすぐさまロホは確信するに至った。


 本来、動物には信じられない身体能力が備わっている。


 ただの頭が二つ付いているデカイ犬ならそんな大量殺戮もできやしないだろう。



「に、逃げろぉ! 馬を全力で走らせろっ!!」

「無理だ無理だ!? 速すぎる! …ぎゃへぇ…っ!」



 間抜けな断末魔と共にオルトロスから吐き出された針にまた1人、馬ごと串刺しにされ絶命した。


 ロホを追って来ていた男の数もあっという間に残り2人となってしまう。だが、オルトロスは彼らへの追撃の手をやめようとはしない。


 当然、そこにはロホも含まれていた。



「あーもうこれだから嫌になんだよ、モンスターって奴はさぁ…」



 そう言いながら、俺は拳銃の弾を馬の上で何発か詰め込みながらため息を吐く。


 オルトロスのような怪物相手だと一人ではなかなか相手にするのはしんどい、弾を無駄にする上に生命力が高いので本当に面倒だ。


 剣と魔法の世界の勇者さんがどこかにいるならば、今すぐこいつをなすりつけた挙句とんずらしたいものだ。


 俺はそう思いつつ、こちらに向かってくるオルトロスの時間稼ぎにとこちらに逃げてきた野盗を撃ち殺す。



「…ガッ…!」

「テメェ! 何しやがる!!」



 案の定、オルトロスは撃ち殺した野盗の元へと駆けていく転倒した馬と共に野盗の死体を二つの頭を使って食べ始めた。


 それを見ていた最後の一人となった野盗は後ろを振り返ると仲間がオルトロスの餌にされている光景を目の当たりにして顔を真っ青にしていた。


 私はそのうちに馬をすかさず走らせる。そして、それに追従するように最後の一人となってしまった野盗も後から付いてきた。


 正直な話、後ろからついて来てる野盗に関しても撃ち殺して犬の餌にしてもよかったのだが、弾が勿体ない気がしてやめた。


 が、しかしながら、獰猛な猟犬というのは執念深いものだ。私と一緒の方向に逃げていた野盗の生き残りもすぐにオルトロスに追いつかれてしまった。



「ま、待て! やめて…っ! がひぃ…!?」



 なんともあっけない死だ。


 上半身が丸々食い千切られ、馬の上には男の下半身のみが乗っかっている。そこからは、噴出すように血が流れ出ていた。


 やがて、ドサリっという音と共に馬の上から地面に落ちる食い千切られた男の下半身、図らずも俺を狙う野盗はこれで全滅してくれた。


 だが、そう安堵もしていられない。オルトロスは次は俺に狙いを定め、背後から追撃を続行してくる。


 俺はホルスターから拳銃を取り出し、牽制の為に何発か頭部に向かって弾を撃ち込み、出来るだけ距離を稼ぎに入る。



「かぁー…なんだありゃ、頑丈過ぎだろ」



 弾丸は何発か撃ち込み怯みはしたが、オルトロスはなおも追撃をやめようとはしない。


 流石にこれをこのまま街に持って行くのは大変危険、オベッハプエブロの住民を巻き込んでしまうかもしれない。


 と普通の人間なら、こう考えるだろう。


 だが、俺は別だ。逆に人間のいるところに行く方が俺自身の生存確率を上げることができる。


 赤の他人がオルトロスの犠牲になろうが知った事ではない、それにオベッハプエブロに行けば魔導師や武装した同業者もいるだろう。


 と考えれば俺のとる行動は一つ。



「…さぁて、んじゃ粘りますかね」



 オベッハプエブロの街まで、相棒であるシャンドレを走らせればこちらの勝ちだ。


 俺は弾丸を後方に向けて放ちながら、オルトロスを牽制しつつ、まっすぐに街を目指す。


 街に入れば、まずはそのままギルドに突っ走り、そこまでオルトロスが追って来たならそいつらとこいつを狩れば良い。


 今の状態を保てるなら、オルトロスに愛馬のシャンドレが捉えられる事はまずないだろう。


 拳銃を放ちながら俺は手綱を握りしめる。


 オルトロスとの決死の逃走劇の始まりだった。

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