倉庫街での会話
ティグレの師匠と倉庫の外に出た私達は改めて、向かい合う。
スーナと半次郎の二人は私とティグレの師匠から少し離れた場所でその光景を見守っていた。
二人で話したいと言われたしな、用件を聞くならこちらの方が話しやすいと思ったので、スーナと半次郎にはとりあえず待って貰っている。
私はティグレの師匠の前でタバコを取り出すと煙を吐き、一服し、ゆっくりと話をし始めた。
「実は先日、隣町のギルドの依頼でちょっと妙な事に気付いてね。
私達の推測が正しければ、村を襲わせ、金をたんまり略奪したバカどもが身を隠す為、この街に逃げ込んだんだ」
「ほぅ…村を…」
「あぁ、それなりに稼いでた商人が何人か住んでた村だったんだがね、意図的にそいつらからゴブリンとオークをけしかけられて…後はご想像通りだよ」
そう言って、私は先日あった依頼で気づいた事を包み隠さずティグレの師匠に話した。
別に隠す必要も無いしな、もちろん、私達の目的はそいつらがため込んだ金をぶん取ってやる事だが、それと共に酷い目にあった村娘達の報復の代理でもある。
だからこそ、ティグレの師匠の元を訪れたし、彼女ならきっとこの街の情報の中で村を襲わせた奴らの所在地を知っていると直感的にそう思った。
「あぁ、それなら多分、わかるのはわかる…ちょっと前にな、少しばかり大きな荷馬車がこの街に入ってきたんだ」
「…なるほど…」
「荷物はウチのファミリーの物でも、弟のところの物でもない…となりゃ、よそ者か『セメンテリオ』のクソどもかどっちかだろうな」
ティグレの師匠はそう告げると葉巻を取り出して、口に咥え、部下が素早くそれに火をつける。
『セメンテリオ』というのはティグレの師匠やバルバロイの旦那と敵対しているこの街でのもう一つのファミリーだ。
この街を取り仕切る三大ファミリーの最後の一角であり、クソどもが集まった最悪のマフィア集団である。
殺人、強盗、強姦、略奪、売春、薬。
奴らはなんでも金になると見るや犯罪になるものには片っ端から手をつける連中だ。
私もギルドの依頼で奴等の構成員を何人地獄に送ってやったかわからない、だが、その組織力はかなりデカく、ティグレやバルバロイの旦那が二人がかりであっても未だ潰し切れてない厄介な連中だ。
特に顔役のボスもクセが強い奴ときたもんだ。私も直には顔を合わせた事は無いが、やばい人間というのは聞いている。
ちなみに、以前、依頼で乗船した船の連中から襲われそうになって私が皆殺しにしたと話したとは思うが依頼主が『セメンテリオ』の連中だった事を補足だが話しておく。
いくら難破したとはいえ、依頼した人間を女だからと言って性欲の捌け口にしようと襲おうとするとか頭おかしいだろ、もちろん船員を皆殺しにしたもんだから『セメンテリオ』の連中からは金を貰えなくてあの依頼は最悪だった。
「まあ、『セメンテリオ』が絡んでるってなら喜んでぶち殺すんだけどな」
「どうだろうな? 奴らは私とバルバロイが目を光らせてからだいぶ大人しくしてると思うぞ」
「確かにこの街のアジト、二人がほとんど潰したからね…」
私が襲われたと聞いて、二人が組織の人間を総動員して勃発した戦争で『セメンテリオ』のアジトが片っ端から潰され、今ではこの街では地下に潜ってるだとか言われている。
まあ、地下に関してもティグレの師匠が目を光らせているものだから活動が相当制限されているはずだ。
さて、奴らが自粛したような状況であるなら、今回の件に関わっているというのは非常に考え辛い、組織の立て直しも全然らしいしな。
「考えられるのはよそ者だろうな、オベッハプエブロを中心に活動してる奴らが怪しい」
「そうだな、心当たりある?」
そう言って、ティグレの師匠にそんな連中について問いかける私。
正直、オベッハプエブロについてはこの間、初めて行ったくらいであまり裏については詳しくは無い、こういう事に関してはやはり専門家に聞くのが賢い選択だろう。
しばらく葉巻を吸いながら考えていたティグレの師匠は思い出したようにある連中の名前を挙げた。
「手口からして、『デプレダドル』の連中だろうな、オベッハプエブロで人身売買、略奪、強盗、殺人を中心に稼いでる連中だ」
「はぁ…なるほど、そいつらの可能性が高いな確かに」
「組織自体は十人から三十人ほどだったはずさ、まあ、オベッハプエブロは治安も良いし、軍や正規ギルドが活発だからね」
ティグレの師匠は肩を竦め、小物連中だと吐き捨てるように私に告げる。
確かに組織規模は正直、小物程度だと私も思うし、その程度なら皆殺しにするのに私一人でも十分殺せる人数だ。チンピラの集まりだろうしな。
まあ、しかしながら今回の手口を見る限りでは頭が回る奴が一人以上いる事は間違いないだろう。
「こちらでも、その荷馬車の連中の所在について調べておいてやるよ、わかったらレディストに連絡を入れておく」
「助かるよ、かあさん」
「フッ…可愛い娘の頼みだからね、このくらいは当たり前さ」
ティグレの師匠はそう言って、軽く肩を竦める。
正直、訓練の時は鬼のように厳しくて、今でもトラウマになっているけど、娘として接してくれる時は本当に優しい。
まあ、もちろんそれだけなら、そんなに嫌がらなくてもよかったのでは、とは思うかもしれない。
しかしながら、できれば私がティグレの師匠に会いたくないなと思ったのはもちろん、これだけが理由ではない。
ティグレの師匠は懐から写真を取り出すと葉巻の煙を吐き出しながら私にこう告げる。
「今回はコイツら二人の首でいいよ」
「はぁ、だと思った」
「そりゃそうさ、しょっちゅうアンタに肩入れしてたら部下にも示しがつかんからね、その二人は裏切り者だし、ウチの組織のルールを破ったバカども達だ、頼むよ」
ティグレの師匠は当たり前に殺せるだろうとばかりに私に首を傾げたままそう告げる。
そう、これが理由の一つである。当たり前のように殺しを頼んでくるのだ。
まあ、報酬ももちろん貰えるんだが、ティグレの師匠の場合、私の技量がわかっているのである時は、組織丸々潰せなんてことも言われるのも珍しくない。
だからこそ、面倒だから嫌だったんだが、まあ、今は金がいるし、この程度なら問題もないだろ。
「じゃあ、よろしく頼んだよ、私は今から倉庫の中にいる馬鹿の仲間を全員あぶり出してこれから始末しなきゃならないんでね…」
「あぁ、じゃあね」
そう言って、私はティグレの師匠と話を終えて別れ、話が終わるのを待っているスーナと半次郎の元へと戻った。
二人は私のところに寄ってくると、ティグレの師匠から聞いた話の内容について問いかけてきた。
「どうだった?」
「…殺しを二人ほど頼まれたよ、後は宿にかえってから全部話す」
「はぁ、娘に殺しを依頼するとは凄い母君じゃあ」
「とりあえず戻るぞ、話はそれからだ」
そう言って、私は二人を連れて倉庫街から離れる。
なんにしろ、エスケレトプエルトの宿に戻ってこれからのことを決めてから行動していくのが今後は賢明だろう。
殺しの依頼もこなして、村の略奪者から金を横から掻っさらう、両方こなさなくちゃいけないが、それはそれで退屈せずに済みそうだ。




