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海に見る夢

 



 エスケレトプエルトのどこかの裏路地。


 腕から流れる血を抑えながら、年齢的に見て三十前後になる髭を生やし、人相が悪い男は血相を変えて街の中を逃げ惑っていた。


 彼は賞金が掛けられたロクデナシのクズ。


 容易く人を殺して物を強奪し、特に倫理や道徳などを説いても全く持って聞く耳を持たない愚か者だ。


 その結果、賞金が掛けられ、挙げ句の果てに他所の家族を皆殺しにして逃亡し、このエスケレトプエルトまで逃げ延びて、身を潜めていた。



「ハァ…ハァ…」

「おいおい、オッさん、往生際が悪いぜ」

「あぐぅ…あぁぁぁ!」



 そんな男に対して掛ける慈悲など俺は持ち合わせてはいないし、そんな感情はこの仕事を遂行するのに邪魔なものだと認識している。


 足を持っていた銃で軽くぶち抜くと面白いように悲鳴をあげてくれた。


 別に俺はサイコパスでもなければ頭がぶっ飛んだイカれという訳ではない。


 頭は至って冷静だ、今、俺が足をぶち抜いた人間はどうかは知らないが、きっと今の俺はゴミを見るような眼差しをしている事だろう。


 こんな目の前でボロボロになっているクソみたいな輩はこのエスケレトプエルトにはごまんと居る。



「なぁー、オッさん、あんたは俺の飯の種なんだわ。悪いな、今回は運がなかったと思ってくれよ」

「ま、待ってくれっ! はな…っ」

「息がくせえ」



 次の瞬間、パンッ! という銃声と共に俺はおっさんの眉間を躊躇なくぶち抜いた。


 喚いていたおっさんは力なくその場に血を流して動かなくなる。


 賞金稼ぎをしてる中でこんな風に話を聞けという輩の話ほど時間の無駄な事はない、だからこそ、こんな風にさっさと殺ってしまった方が何かと効率が良い。


 俺は持っている愛銃を丁寧に布で拭き、ついでに顔に付着した返り血をきれいに拭き取る。


 この銃は俺にとって相棒のようなものだ。この世界に来て持って来たのが辛うじてこれだけだった。


 この世界に叩き落とされて、奴隷船の中でも隠し通せたのが奇跡に近いが、そのおかげでこの相棒は俺には欠かせないものになっている。


 S&W M10。


 スラム街にいた頃、俺が路上の脇でくたばっていたスペイン警察から頂戴した回転式の拳銃だ。


 しかし、この世界では、回転式拳銃の弾はなかなか手に入る代物ではない。


 よって代わりに何を使うのか? 答えは単純だ、この世界にある魔導コアを使用してこの拳銃の弾を生成する。


 それにより自分の魔力は削られはするが、そのおかげで懸念していた拳銃の弾は無尽蔵で作り置きができる。代わりに唱えるのは念仏みたいな呪文だけみたいなものだ。


 呪文次第じゃ、時に散弾にできたり火炎放射器にできたりと使い勝手はかなり良い、ただ弾を出すだけのオンボロな銃とは大違いだ。


 しかも、この拳銃は俺しか持っていない限定品。


 この世界にある銃といえば、いちいち弾を込めなきゃならない火縄銃みたいなフリントロック式だ。


 しかも、この俺が持つ魔導コアを埋め込んだ改造型の回転式拳銃と違って魔導弾を使用するなんて到底無理な仕様、それに、明らかに使い勝手が悪い。



「これで一丁あがりか、楽で助かるわ」



 俺はそう呟くとくたばった賞金首のおっさんの身ぐるみをそそくさと漁る。


 賞金首を殺った証拠がいる。身ぐるみをしばし漁ると奴が持っていた財布や貴重品等を回収した。


 俺はジーンズの短パンのポケットにその貴重品等を入れてその場から早々に立ち去る。あまりこういう場に長居すると面倒ごとに巻き込まれかねないからだ。


 顔はいつも通り、見られないようにフードを深く被った。


 ギルドに報告に挙げる帰路の中で、俺は、ふと、バルバロイの旦那に言われた言葉を思い出していた。


 海賊稼業、確かに賞金稼ぎの今よりか夢があるように思えてくる。



「俺が海賊ねぇ…。航海士とかいるだろうし…金に関しては問題ないんだが知識がな…」



 港の海の上に浮かべられているフリゲート艦を見て俺はそう呟く。


 俺には海に関しての知識が無い、航海技術や指揮も執った事もないし、何より、海に出て服とかが磯臭くなるのに関して割と抵抗があったりする。


 血生臭いお姉やんが今更何言っとんの? と思うだろう、俺もそう思う。


 さて、いつも通りギルドに戻った俺は金銭の類をレディストの姉御から交換してもらう。



「はい、いつもの」

「あんがとさん、確かにいただいたよ」

「毎回ながら、中身確認しなくていいの?」

「別にいいよ、信用できるからさ姉御は」



 そう言って、俺はレディストの姉御から賞金をいつものように受け取った。


 仕事は信頼関係の上に成り立つ、特に金銭なんかは信頼が最も置ける人間としか自分はやり取りしない。


 俺との人間的な関係が浅い、金銭の見返りが明らかに無さそうな奴の依頼は受けないし、やる気もない。


 手のひらをひっくり返されて仕事させられた挙句に金は払いませんなんて事は御免だからだ。


 そんな輩には悪いが問答無用で脳天に鉛玉を振る舞う事になる。信頼を無下にするというのはそれなりの代償が伴う事だと俺は思っているからだ。


 このレディストの姉御はちゃんとしたギルドの受付、さらに、バルバロイの旦那は俺も恩義があるという部分で信頼できるし、裏切るなんて事はあり得ない。


 例え裏切られたとしても、それは相応の何かしらの事情があっだのだろうと思える。信頼できる人間がこんな腐ったような街に身近にいるというのは実にありがたい事だ。


 それに、レディストの姉御が通してくれた仕事にはバックにあるギルド連盟からの補償もしっかりある。


 そういった部分で俺は何の気兼ねなく仕事が出来ているという訳だ。



「姉御ーそういやさ、航海学とか詳しい人間って知り合いにいるか?」

「んー? なぁに? 唐突にまた」

「いやさ、船に乗るんならいるだろ? …ぼちぼち俺も船買おっかなとか考えててさ」

「ふーん、船ねぇ」

「そうそう、船、まぁ、海賊ってよりかは海賊狩りとかが専門になんだろうけど」



 そう言いながら俺は手渡された賞金を懐に直しこみ、いつものようにレディストの姉御から出されたブランデーを口に運ぶ。


 船を買うにしろ作るにしろ、航海学は必要になってくるだろう。


 航海学を学んでいて信用がある人間、レディストの姉御の紹介ならば、自分もその人物から航海学を学びつつ船の航海士を頼める。


 すると、レディストの姉御は思いついた様に俺にこう話してくれた。



「一人いるわよ、女の子だけど私の知り合いで」

「へぇー、女か…、…へ? …女?」

「そうそう、まぁ、航海学は学んでたんだけどこの街じゃホラ…」

「まぁ、察しはつくよ、荒くれ者ばっかり船しかないからねー。しかもこんな地の果ての街じゃ何があるか分かんねぇからな」



 俺はレディストの姉御の言葉に同情する様に顔を引きつらせるしかなかった。


 確かに自分も今は女の身体故に、その危険とかはよく分かる。こんな男どもばかりの船に乗ったりなんかしたら、下手したら難破したりした際に慰み者なんかにされかねない。


 俺はそんな事になる前にそいつら全員の喉元を掻っ切るか頭に銃弾撃ち込むか骨をへし折るかとかが出来るが普通の女性には少しばかり無理があるだろう。


 現に俺は襲われそうになって船一隻の船員を丸々皆殺しにした事があるのでそのレディストの姉御の気持ちはよく分かる。



「あんた、そんなに強いんだから魔獣討伐の方の依頼受ければいいのにさ」

「対人の依頼の方が楽に殺せるし効率が良いの」

「ほんとに見かけによらず物騒ねぇ、ロホは」

「仕事に熱心で情熱的って言って欲しいけどな、まぁ、船買ったら考えるよ」

「是非、そうして頂戴な」



 レディストの姉御は呆れたようにため息を吐いて俺にそう告げる。


 彼女がそう勧める理由はわかってはいる。年頃の俺みたいな女が銃やナイフで人を殺し回ったり捕まえたりして金を得るという行為が心配なのだろうと。


 生憎だが、俺は人間という生き物自体があまり好きではない、今まであってきた理不尽な環境の中で生きてきた俺が1番嫌悪感を抱くのは他でもない人間だ。


 だからこそ、人間を殺すという行為には躊躇がない、流石にそこには殺す人間は選ぶという前提はあるが。


 そして、レディストの姉御は再び話に戻す。



「そんでもってその女の子ね? 私の妹なんだけれど」

「え? 妹なの?」

「こんな感じで…ほら」

「うわぁ似てねー…」

「ロホ? なんか言った?」

「うん、姉妹揃って美人だなって、いやぁ絶世の美女とはよく言ったもんだよ」

「あらー上手いわね」

「んなわけねーだろ、姉御の眼光が鋭すぎてサメが三枚におろせるわ」



 そう言いながら俺は写真に写ってレディストの姉御と並んで写っている妹の写真の感想を率直に述べる。


 こいつはヤバイ、人を平気でミンチにできる人間の眼つきだ。


 なるほど、確かにこの街で何事もなく荒くれ者たちの仕事を提供できる訳だと、改めて俺は納得する事が出来た。



「ロホー、悪い口はこの口かしら」

「…ちょっ!? 待って! 一回その鋭利なククリ下ろそう! ごめん悪かった!」



 腰から引っさげていた鋭利なククリを冷や汗を掻いている俺の口元でチラつかせながらにっこりと微笑んでいるレディストの姉御。


 笑顔の間から垣間見える鋭い眼光がその笑顔が貼り付けられた偽物である事を証明している。


 暫くして、俺の謝罪を聞いたレディストの姉御は呆れたようにため息を吐くとククリを仕舞い話をし始めた。



「もう、冗談が過ぎるのよ。女の子なんだから言葉には気をつけなきゃ」

「それ、俺に言うことかな…。まぁ…女らしさとはかけ離れてる自覚あっけど」

「ロホは可愛いのに勿体無いわよ、誰かいい人早く見つけて身を固めたら?」

「バーカ、俺が誰に嫁入りするかよ…。てか、頭の悪い野郎を腐る程見てきてるから今更無理だって、後、ブーメランだぜ姉御」

「うぐ…っ」



 俺のその言葉に顔を引きつらせるレディストの姉御。


 レディストの姉御も綺麗で美人なのだが、腕っ節はそこらの男共なんかとは比較にならない程強い。


 こんな街に居たのではそうならなくてはならなくては生きてはいけないのだが、強すぎる故、嫁の貰い手に困っているようなのである。


 俺に関しては元男でこんな職業柄、男なんかに嫁ぐなんてことは考えた事もなかった、というよりこれからもそんなつもりはない。


 なんにしろ現状は独り身の方が気が楽で色々と動きやすいという訳だ。


 一通り他愛の無い雑談を終えたところで俺はひとまず話を一旦ここで戻す事にする。



「んで、話は戻るけど妹さんとの顔合わせはいつよ?」

「んー、そうねー。明日ちょっと連絡してみようかしら?」

「おいおい、こんな店に呼ぶ気か? アホな奴らの掃き溜めだぜ?」

「…まぁ、それは確かにそうね、でも私の妹は割とやれる娘なのよ、ロホが言う通りちょっとこの街じゃ物騒だから会うのは隣町になるかもしれないわね」

「ちょっとどころか大概物騒だって…。やるってどんくらい?」

「船1隻火炎魔法で全焼させるレベルかしら?」



 その信じられないような言葉を聞いた俺は口に運んでいたブランデーを噴き出して、顔を引攣らせる。


 姉妹揃ってとんでもないなとそう思った。船1隻を丸々全焼させる魔法を出せるような航海士なんて聞いた事が無い。



「…こりゃ、明日は覚悟しとかなきゃな」



 変なじゃじゃ馬娘じゃなければ幸いだと思いつつ俺はブランデーを口に運ぶ、明日会うであろう彼女からは航海学をしっかりと学んでおきたいし、航海士として側に居てくれたらまた心強い。


 俺はレディストの姉御から手渡された写真に映る同い年位の女の子を見つめてそう思った。


 一見してみれば、透き通る様な白い肌、長い亜麻色の髪を束ねたツーサイドアップの可憐な美少女だ。


 こんな美人な女の子が船1隻丸々燃やすなんて普通なら考えられないだろう。



「世の中どうなってんだか」



 俺は1人、そんな、自分にも当てはまる様な呟きを溢すのであった。

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