アジト
私が半次郎とラネラの勧誘をしていた一方。
元女騎士の奴隷、スーナを連れて物件探しに奔走していたプラダはある店を訪れていた。
だが、この店で二人は予想外の対応を受ける事となる。
「物件が貸せないってどういうわけ!? ねぇ!!」
プラダの怒鳴り声が辺りに響き渡る。
ここはオベッハプエブロの裏通りの物件を扱う店だ。もちろん、プラダの顔が効く店である事は間違いない。
せっかく来たのに物件を借りられないなら意味がないし、ロホに合わす顔がない。
プラダの怒りはもっともだった。
だが、現状、その店の店主から断りの言葉を貰い、アジトの購入が非常に困難な状況に追いやられているのは変わりのない事実である。
「そんなに興奮しないで…。仕方ないでしょうが」
「何がどう仕方ないの!?」
「…ん…」
そう言って、店主のジェレミーはプラダにある紙を突きつける。
そこには国からの通達で物件に関しての厳しい誓約書が書かれていた。
ようは物件を貸すにはそれに足る信用と信頼がある者でなければ簡単に貸すという事ができないという話である。
だが、それらに関してはプラダはクリアしている。そして、その実績を積んできたつもりだ。
「だったら尚更おかしいでしょ! これは!」
「表向きはな、…お前さん密造酒やってるだろ…、さらに奴隷囲って、しかも、エスケレトプエルトから来たあの死神までいるって話じゃねーかよ…」
ジェレミーは声を震わせながら、プラダにそう告げる。
ジェレミーの知人は実はロホが殺したターゲットの一人だったりする。
その話を聞いたジェレミーは自分にも懸賞金がかけられていつ殺されるかと怯えながら過ごした日々があった。
幸いな事にジェレミーは殺人もしてなければ、奴隷にも関わっておらず、直接には強盗もしてはいなかったため、懸賞金がギルドからかけられる事はなかったがそれでもロホという存在は自分からしてみれば身近な存在だったのである。
プラダはその事を知っていた。
そして、そう言って、断ってくるジェレミーに対してある秘策を咄嗟に思いついた。
「なるほどねぇ…物件は売れないか、なら仕方ないわねー…」
「そうだ、諦めて…」
「なら、仕方ないし、ここを貰おうかしら?」
プラダは何事もないように笑みを浮かべながら、平然とそう言ってのけた。
その瞬間、一気にその場が凍りつく、何を言っているんだと隣にいるスーナもプラダの放った一言に目を丸くしていた。
「は?」
ジェレミーはプラダの態度に言葉を失う。
今、なんと言った、この女は、この物件をもらうと言わなかっただろうか?
それは一体どういう意味か、とプラダに聞こうとしたところでジェレミーの思考は停止する。
自分に降りかかるであろう、最悪のケースを想定したからだ。
「…そ、それはッ!! お前!! どういう事かわかって…!?」
「さあ? 私はただジョークを言っただけよ? なんのことだか?」
「ふざけやがって!!」
プラダに対して声を荒げるジェレミー。
プラダの横に控えていたスーナの手には、腰に差してある剣に既に手が伸びている。
プラダはジェレミーに遠回しにこう言っているのだ。
物件を売る気が無いなら、裏で物件を売る商売をやっている店主が一人消えても別に何にも問題はないだろうと。
ジェレミーに話をするプラダの目つきは鋭くとても冷え切っていた。
まるで、飢えた獣のような眼差しである。氷点下のような言葉使いで話す彼女の言葉にジェレミーは唾を飲み込んだ。
証拠を残さず、見事に殺してくれる殺し屋がウチにいると、ロホの手にかかればジェレミー程度は足が付かずに秒殺できる。
さらに、この物件の権利書を奪えば別になんの問題もないという訳だ。
「さて、どうするのかしら? 悪党相手に商売してきたんでしょ? 貴方も」
「この外道がッ…! なんて奴だ…ッ!」
やる事がえげつない。
でも、この女ならやりかねないとジェレミーは同時に思った。
今までプラダと何度かビジネスとして付き合ったからわかる。この女は必ずやり遂げる力がある女だ。
「まあ、酷いわね、私の密造酒を分けてあげたこともあるじゃない、今更そんな事を言われてもねぇ」
同じ穴のムジナ、自分が外道であれば、お前も同じだ。
プラダは笑みを浮かべたまま、遠回しにジェレミーを挑発していた。
なんにしろ、今の状況で不利だと感じているのは店主のジェレミーである。
まるで、悪魔のような交渉の仕方だ。しかも、別に脅してるつもりはないと言い切っているからタチが悪い。
「…わかった…わかったよ…、負けだ、お前達の物件を探してやる」
「ふざけた物件だったらわかってるわよね?」
店の奥に資料を取りに行くジェレミーに対して満面の笑みを浮かべて告げるプラダ。
ジェレミーは生きた心地がしなかった、話しながら心臓を鷲掴みにされた気分である。
それは隣で見ていた付き人のスーナもジェレミーと同感であった。
店奥にジェレミーが消えた事を確認すると、さっきとうって変わりプラダは満面の笑みを浮かべながらスーナにこう告げる。
「…ってのが私達の交渉のやり方、お分かり?」
「…肝が冷えましたよ…、貴女を敵には回したくないものだな」
先程とはうって変わり、肩を竦めてにこやかに話すプラダに冷や汗を流しながら答えるスーナ。
外道だろうが、やり方が汚かろうが要望を通す。
それが、今後、生き残るための術だとばかりに言い切るプラダのやり方にこの時ばかりはスーナも称賛せざる得なかった。




