さらば平凡
朝礼のチャイムが鳴り、少し遅れたタイミングでくたびれた背広の担任浅川が入ってくる。
「あー深田は今日も休みか。」
出席確認しながらそう言うと朝の連絡について話し始める。
優花はチラリと斜め前の夢叶の席を見る。
夢ちゃん、もう一週間休んでる。
そうボールを顔面に受けてから夢叶はずっと登校していない。
電話もLINも既読にもならず、優花は明日にでも夢叶の家に寄ろうと決めた。
お姉ちゃんを空港まで見送ってきたから遅刻しちゃった。
ずっと休んでたしこのまま帰ろうかな。
2限の授業が終わった数分が経った時私は廊下で深いため息をついた。
目の前には自分のクラスの後ろの扉。
覚悟を決めて扉に手をかけた時、反対側から扉を誰かが開けたから私は引きよろけて相手にぶつかってしまった。
「うっわ。びっくりした。」
「あ、ごめんなさい。」
相手の胸元に手を当てる形のまま上を見上げると相手は長山くんだった。
目が合うと何故か頬を赤く染めて目線を逸らされた。
謝ったのに何故その反応?私そんなに強くぶつかってないよね。
「あー。うちのクラスに何か様?」
「へ?」
いや。地味だったけど数日休んだだけでクラスメイトの顔忘れるか?
それだけ私は空気だったとか?
「長山、何してんの?」
何かを察した小林くんまでこちらに来たからクラスの視線が集まってくる。
やっぱり帰れば良かった。
「夢ちゃん?」
クラス中が気づいた事で優ちゃんも気づいてくたけど何で優ちゃんも疑問系なの?
「優ちゃーん。ごめんね。何の連絡もしないで。」
「やっぱり夢ちゃんだ。」
私は長山くん達の間をすり抜けて優ちゃんに抱きついた。
その瞬間クラスがどよめいた。
「本当に深田さんなの?」
「可愛い。」
「ダイエットしたとか?」
「目大きかったんだね。」
「整形したとか?」
急に普段あまり喋らないクラスメイト達が矢継ぎ早に聞いてくる。
って誰だよ。整形とか言ったやつ。
一瞬にして囲まれた私が戸惑っているとグイッと誰かが肩を引いてきた。
トンとその人物の体に当たる。
「お前ら落ち着けよ。深田さん困ってるだろ。」
頭上から聞こえてくる声は小林くんだった。
小林くんがそう言って少し落ち着いたところで3限目の鐘が鳴り、皆渋々席に着いた。
「小林くん、ありがとう。」
落ち着いたのを確認して自分の席に戻っていく小林くんにお礼を言って私も席に着いた。
イケメンだから関わりたくは無いけど長山くんは割と良い人だな。
呑気に私はそんな事を考えながら授業の準備を始めた。
後ろの席の小林くんが少し頬を赤くしてこちらを見ているなんて1ミリも気付かないまま。
授業が終われば直ぐにトイレに逃げて授業が始まるギリギリに戻るという作成を繰り返しながら迎えた昼休み。
優ちゃんの手を引いて普段あまり人がいない中庭に向かった。
「あー疲れた。」
「お疲れ様。人気者だったね夢ちゃん。」
「もう本当にいや。ちょっと髪を整えただけで驚くことないでしょ。」
「夢ちゃん。大分変わったよ。」
「そう?」
「うん。だって夢ちゃん前は量の多い髪を整えずに伸ばしていただけだったし、前髪だって長くて口から上ほとんど見えてなかったじゃん。」
「私はちゃんと前見えてたよ。」
「そーじゃなくて。周りからは夢ちゃんの顔は殆ど見えてなかったの。
それが今回髪も整えられて元々綺麗な髪に艶がかかって、前髪も短くなったから肌が白くて目がクリっと大きいのが分かるようになったの。それに夢ちゃんちょっと痩せたでしょ?」
「痩せたと言うか。お姉ちゃんにしごかれて減ったというのが正しい気がする。」
「とにかくちょっと痩せた事で余分な肉がとれて体のラインが綺麗になったから夢ちゃんが美人なのが分かっちゃったんだよ。」
「んな。大袈裟だよ。お姉ちゃんは美人だけどさ。」
スラリとした美人な姉を思い出すと昨日までの事が蘇り寒気がした。
「夢ちゃんだって充分可愛いよ。でも流石だよね。」
「何が?」
「私がずっと言ってきたのに何も変わらなかった夢ちゃんが春子お姉さんの手にかかれば元に戻るんだもん。」
「お姉ちゃんこう言うのには厳しいからね。」
まさかお姉ちゃんが帰国してるなんて知らなかったからな。
お母さんは「言ってなかったっけ?」って言ってくるし。
面倒で自分で切っていた髪も久しぶりに美容院で切られて。
持っていたジャージなども一掃され、何故かお母さんまでノリノリで色々された。
「でもこんだけ騒がれるのも今日位で落ち着くよ。明日は土曜日で学校休みだしさ。」
「そうかな。」
「そうだよ。髪切ると新鮮で当日は色んな人から声かけられるけど次の日には元通りになるでしょ。」
「そっか。そうだよね。」
優ちゃんに励まされて何か元気出てきた。また明日から地味な生活に戻れるっ思うと今日くらい頑張れる。
そうその筈だったのに。
「深田さん、ちょっといい?」
長い1日が終わってやっと帰れると優ちゃんと一緒に廊下を歩いているとそう声をかけられた。
「小林くん?」
朝助けてもらってから話すことのなかった小林くんが立っていた。
何だろうすっごく嫌な予感。
「あのさ。明日暇かな?」
「明日?」
「そう。明日は部活休みだから良かったら一緒に出かけない?」
「えーっと何で?」
「深田さんと出かけたいって理由じゃダメかな。ボールのお詫びって事でもいいけど。」
いや。そもそもボールぶつけてきたの君じゃないよね。
モブな私と出かけたいとか何これ。
「小林!てめぇやっぱり抜け駆けしてやがったな。」
「は?長山くん?」
「深田。ボールぶつけたのは俺だから俺と出けかようぜ。」
「長山はぶつけた日だってバイトですぐ帰っただろ。付き添った俺が詫びしとくからお前はバイト行ってろ。」
「明日はバイト休みなんだよ。だからぶつけた俺がきっちり詫びするから小林はサッカーの練習でもしてろよ。」
おーい。私の意見無視ですか。
そもそも私明日空いているとも言ってないし、行くなんて言ってないよね。
優ちゃんは何か目を輝かせてるし。
「小林くん、長山くん悪いけど私行かない。」
「え?もしかして用事あった?」
「なら他の日はどうだ?」
「いや。あのその」
やばい。どうやって断ろう。
「じゃあさ。私も明日一緒に行っていい?」
「え?優ちゃん?」
「田島さんも?俺はいいけど」
「俺もいいぜ。」
「えっちょ・・・」
私が戸惑っている間に話はどんどん進み私、優ちゃん、小林くん、長山くん、そして私達の幼馴染みで優ちゃんの彼氏であるみっちゃんの5人で出かける事が決定した。
「優ちゃんどうして決めちゃったのー?」
「夢ちゃん。よーく考えてみて。あんなイケメン2人からデートのお誘い何てなかなかあるもんじゃないよ。」
「いや。そうかもしれないけど」
それは私の平凡な生活って理想から外れるよね。
「夢ちゃんせっかく可愛いんだから彼氏作って楽しもうよ。」
あーこの状態の優ちゃんダメだ。
私の平凡な日々はどこかに行ってしまった。