監視
※2017/6/11改稿
※2017/6/20再改稿
発言の矛盾を訂正。
※三人称
2人の美女は森を抜けてから街道を南東の方角に向かって歩いていた。
これは、あくまでも街道のもう片方の道がつい先程までいた森に侵食されるように消えていたがゆえに選ぶことのできなかった、というのが大きな原因となるのだが。
「シェラさん」
妖艶な方の美女が、前方に見えたものを確認するためにもう片方の美女に話しかける。
「えぇ、見えていますよ」
彼女たちの前方、ゲーム時代とは比べるべくもないその街道の先に、石造りの外壁が見えてきた。
「どうも、あれがこの世界の街のようです」
そうメイドの女性が断言すると、もう片方の女性が驚いたように声を上げる。
「え? あれがですか? どう見ても石造りの壁ですが……」
そう、彼女たちの前方に見えているのは、様々な鉱物を固めて作られたであろう石造りの全長4メートル程の壁。
彼女たちからしてみれば魔法一つで穴が開いてしまうようなちゃちな代物。
「それはどうでしょうか、あぁ見えて石に偽装した希少金属などの可能性もあります」
メイドの女性が、報告内容の微増に少しばかりの期待を寄せながら言う。
「いえ、あれはどう見ても石ですよ? 幻覚系統もかかっていなければ魔力が宿っているわけでもなく、おまけに対魔法障壁としての魔法文字すら刻まれていませんが」
「はぁ……」
メイドの女性は、薄々わかっていた事を改めて指摘され憂鬱さから溜息を漏らした。
「では、過度な期待はせず情報収集に徹しますか……」
「でも、どうするのです? 私たちは余所者。どう考えても入れないと思われるのですが……」
「特に自分は……」と明らかに見た目が人間ではないその女性はどうするべきかメイドの女性に尋ねた。
「そうですね、こういう時は持ってる人から頂くのが最適解なのでしょうが……」
そう言ってメイドの女性は周りを見回す。
「この通り誰もいませんし。明らかに私たちが出てきた方は使ってなさそうでした。このままで街まで行けば十中八九面倒事になるでしょうね……」
「ではどのように?」
そう女性が問い掛ける。
「強行突破でいきましょうか。荒らせばその分だけ何かが出てくるかもしれませんし」
その返答に、魔族の女性はメイドの女性の主以外の者に対する対応の雑さを垣間見た気がした。
「話は聞かないのですか?」
「強者はえてして寡黙な方が多いものですよ」
そう言ってのけるメイドの女性を見て、魔族の女性は主と離れすぎている現状への不満が高まっているのだな、と暗に感じ始めていた。
♢♢♢♢♢
3人の少女が森を抜け街道沿いを歩いていた。
「姉様」
カーヤと呼ばれている黒髪の少女が金髪の少女に声を掛けた。
「言いたい事は分かっていますよ」
おっとりとした雰囲気を維持したまま金髪の少女は応えた。
彼女達が森を抜けてから数時間、時折混じる道無き道をひた歩いて数時間。
彼女達の目の前には再度森が広がっていた。
「どうするの?」
黒髪の少女がそう問いかけるのに対して、金髪の少女が何事もなかったかのように答える。
「戻りましょうか、オロチ様の元に」
その答えに黒髪の少女は露骨に顔をしかめる。
「なにも発見できませんでしたって? 嫌だよ私は。絶対あいつに馬鹿にされるもん」
そう言って可愛らしく頬を膨らましながら駄々をこねる黒髪の少女。
「ならばどうするのです? このまま進んで時間を無駄にするつもりですか?」
そう金髪の少女が言う言葉に、黒髪の少女は答えを返すことが出来なかった。
「うぅ〜、でもっ」
そう言ってなおも諦めない少女に、金髪の少女はため息を漏らす。
「はぁ〜、確かに貴女の言いたい事は分かります。しかし、この状況もまた一つの発見ではないですか?」
そう言って金髪の少女は黒髪の少女を諭す。
「森を抜けた時、どちらかに行く際こちらの道を選んだのは貴女ですよ? カーヤ。今更、駄々をこねても仕方がないでしょう」
そう言ってつらつらと正論を述べる金髪の少女の言葉を聞き、黒髪の少女は頭を下げて項垂れた。
「あぁ〜、もうっ。分かりました姉様。じゃあ、なんて報告するの?」
首を傾げながら金髪の少女を見つめる黒髪の少女。
「再度森が広がっていた事を伝えるべきでしょうね。どれほどの脅威があるのかわからない現状では、索敵に不安のある私達が捜査に踏み込むべきではないでしょう」
「じゃあ、ガーヴァンを連れて来るの?」
「えぇ、でもあの駄犬も今はオロチ様の命を受けてる身。私如きがどうこうして良いわけがないですし……」
そう言って金髪の少女が少しばかり考え込む。
「まぁ、それも含めての報告になるでしょう。後は、恥ずかしい限りですがオロチ様の崇高なるお考えに沿って行動するべきでしょうからね」
そう言い切った金髪の少女がここに来て初めて銀髪の少女の方に目を向け。
「貴女の出番は無いみたいです。早く戻りたいのでオロチ様の元までの梅雨払いをしなさい」
そう銀髪の少女に命令をした。
「畏まりました。ミーヤ様」
その言葉に、何ら悪感情を持つ事なく恭しく頭を下げた銀髪の少女。
「あ〜ぁ、気が滅入るなぁ。あの糞人形、絶対にぐちぐち言うよ」
そう黒髪の少女が愚痴るのに対して、金髪の少女も呼応するように愚痴る。
「あの糞いまいましい人形は、何か勘違いをしているようです。オロチ様の元に馳せ参じた時期がちょぉっと早いだけで先輩面して、ほんと憎たらしい」
そんな呪詛を吐きながら進む2人と1人は、今しがた通って来た道を、行きとは違う気持ちで戻って行く。
♢♢♢♢♢
「ユーミットさまよぉ、いつまでこうしてるんで?」
森の内縁部。街道を歩んで行くその途中、街道から少し離れた洞窟の近くの茂みの所に2人の男が身を潜めていた。
1人は長身痩躯の禍々しい雰囲気を纏った男。
もう1人は巨大な体を筋肉の鎧で覆い隠した男。
そんな2人の男が身を寄せあうようにして茂みの中に隠れる姿は、どこかの喜劇ように滑稽であった。
「少し黙っててもらえるか?」
巨躯の男の言葉を一も二もなく切り捨てた男は、目の前にある光景をつぶさに観察していた。
「早くいかねぇんですかい?」
そろそろ焦れて来ている大柄な男は苛立ちを隠す事なく細身の男に詰め寄る。
「黙ってろ。じきに合図をしてやるから、お前はそのまま突っ込めば良い」
そう言って細身の男は大柄な男を黙らせる。
「そう言ってもねぇ。もう彼此数時間はこの状態ですぜ? 一体何を待ってるんで?」
大柄な男がそう言う。
そう、彼らは数時間も前からこの茂みの中に身を隠し、何かの機会を伺っているのだ。
「人だよ、人」
そう答えた細身の男に対し、大柄な男が訝しげな目をする。
「人って、さっき入っていった奴らの事でしょう? それ以外に何を待つんで?」
大柄な男は、自身が数十分前に見た人間と思しき生命体の事を思い返し訊ねる。
「あの者たちは俗に言う山賊とやらだろう。ならば、この辺りで張っていればあの者達が戦果として捕まえて来た真っ当な人間に出会えるかもしれない。そうすれば後は私の能力次第でどうにでもなるだろう?」
大柄な男が懸命に考え込んである途中で、細身の男が何のことはないといった風に軽く返した。
「あぁ、そうことで。今まで見たのがボロ臭い雑魚だったから見逃したんですかぃ」
そう言って細身の男の言葉に感心する大柄な男。
「まぁ、取り敢えず街に入らなければオロチ様の命も遂行できないし、お前の発見も無駄ではなかったと言うことだろうな」
数時間前、街道を街の方向に向かって進んでいた途中で、人の気配がすると言って道を逸れた大柄な男の行動を黙って見送っていた細身の男がそう言った。
ピクッ
その時、大柄な男が唐突に反応を示した。
「来たか」
大柄な男の反応に細身の男が声をかけた。
「えぇ、馬の足音が2、人の足音が10以上。後は汚い怒号と悲鳴といった所ですかね」
そう大柄な男が言うと、細身の男は茂みから顔を出して辺りを見回した。
「どっちだ?」
「あっちですね」
そう言って大柄な男が指をさした先には、薄っすらと人影のようなものが見えて来ていた。
「幸先がいいのか悪いのか。少なくとも他のものよりかは早くに人に接触できそうだな」
細身の男がそう言って、自分が身に付けている装備品の確認を始めた。
「言わなくてもわかっているだろうが、油断はするなよガーヴァン。森の中には私達の相手になるような魔物は居なかったが、人までもがそうであるとは限らないからな。私の魔法が通じなかった場合には、お前に盾になってもらうぞ」
そう細身の男が言い放つ言葉に、大柄な男は了承の意を返した。
「えぇ、わかってますよ。それでもその時は勝てるか分かりませんぜ? 精神系に耐性を持つ者は総じて鉄壁騎士の職を持ってましたからね。そうするとレベルによっちゃあ俺の攻撃も通らなくなっちまいますから」
大柄な男が返した言葉に、細身の男も頷く。
「こんな所に、そんな職を持つ者がいるとは考えにくいが、その時は即撤退だな。私達では騎士の職を持つ者とは相性が悪すぎる。手をこまねいて神官騎士と出会いでもしたら目も当てられん」
そう言いながらも2人の男は、迫り来る人影に何の気負いもなく近づいて行った。
まるでこの世には自分たちよりも強い者などいないかのように。
いや、自分達が負けることは決して許されないかのように。
♢♢♢♢♢
「城塞都市か……」
森を抜けてすぐに見つけた都市を目指して歩いていた1組の男女が、その歩みを唐突に止めた。
「どうされました? フランベルク兄様」
男の方が眉を寄せて立ち止まってしまったのに合わせて、女の方も歩みを止めたからだ。
「いや、このまま行くべきか迷ってな」
はるか先に見える、普通なら視認すら叶わないような距離を認識していた男がポツリと言葉を漏らす。
「何故行かないという選択肢が出てくるのです?」
理解不能といった風に男に疑問を投げかける女。
「考えても見ろ、このような辺鄙な所に堅牢な城壁で囲まれた都市がある事を」
男がそう言って再度自分の思考に沈み始める。
「それの何が問題なのです? 人間は脆い生き物なのでしょう? 何かにつけて身を守る物を欲しているのでは?」
そう言う女に対し、男はゆっくりと説明を始めた。
「いや、普通ならばあそこまでの壁は作らないだろう。私達こそオロチ様の御意向により強固な壁に守られてはいるが、通常はあそこまで強固にする事はないぞ」
「そうなのですか?」
そう首を傾げる女の行動に、男が納得の言ったように頷く。
「あぁ、お前は制圧戦や浸透戦といった侵攻戦闘に従軍したことがないのか」
「え? あぁ、はい。私が参加したことがあるのはギルド戦と禁忌を掛けた殲滅戦、後は最後のギルド大戦のみです」
「ならば、分からなくても仕方がないな」
男はそう言って改めて説明を始める。
「神世の時代であれば、都市は禁忌もしくわそれに準ずる効果の持つ魔道具によって守られているのが大半であった。それこそ、オロチ様の住まわれる都市ソールやオロチ様のご兄弟が度々会合を開かれる『竜王国』などは唯の一度も落ちたことのない都市として有名だ。それ以外の都市であれば、忌々しい『竜殺し』が住まう都市などは魔道具と魔法文字が刻まれた城壁。それ以外は魔石から作られたちゃちな城壁が主流であった」
そこで男は言葉を切り、女の方をちらりと見てから続きを語った。
「それを聞くと、あの城は堅牢で当たり前だと思うだろう? しかし、それは間違いだ。堅牢であれたのは、一部の上位者と呼ばれる神世の時代でもたった1人で戦局を左右できるほどの実力を持った者が率いていた国のみ。それ以外の者達は拠点は待てども費用や材料の兼ね合いから国を起こす事はできなかった」
「つまり何が言いたいのですか?」
女が素直な疑問を投げかける。
「あそこに見える都市の壁は唯の石だ。何の効果も希少性もない唯の石。神世の時代で言えば、先に述べた弱者達が必死に切り盛りして壁を作り上げたと言った方がわかりやすいか?」
男が都市の方を見ながら言う。
「つまり、この辺りにはそう無理を押してまで監視しなければ安心することができない脅威が潜んでいると、そう言う事ですか?」
「あぁ、それと、神世の時代は上位者の庇護下に入り税を納めることで国を持てなかった弱者達は組織を維持できていた。しかし、この世界ではあのような石を積み重ねただけの壁を作ってまで外に出て脅威を防がなければならないほど上位者の力が失われている」
「つまり?」
「私達があの都市に行った所で、神世の時代の弱者達にも劣るような存在しか居ないのではないか。そう私は思っただけだ」
そう説明を終えると、男は溜息と共にかぶりを振った。
「どうしました?」
「あの城壁の上に立つ兵士の装備も軟弱だ。何故、鉄なのだ。神世の時代でも、ミスリルが主流だったというのに……」
そう言って落胆の色を隠せていない男は、女の方を向き言葉を紡ごうとした――
『フランベルク、ミルルーシュ』
が、突然2人の頭の中に1人の男の声が聞こえた。
「オロチ様!?」
ミルルーシュと呼ばれた女は突然の事態に誰もいない道の真ん中で素っ頓狂な声をあげながら跪いた。
「どうされました、オロチ様?」
方やフレンベルクと呼ばれた男の方は落ち着きを持って返答をし、その場に片膝をついた。
『我が眷属に刃を向けた奴がいるらしい。しかも喜べ。そこいらの雑魚ではなく、恐らくは辺境一帯を治めているであろう領主らしい』
「それはそれは」
男はそう返しながらも頬が釣り上がっており。
女の方は眉尻が上に上がりきっていた。
『軍を持って制圧し、全てを私のモノとする。お前達にも出て貰うつもりだ。だから戻って来い』
「「はっ」」
1組の男女は先程まで話していた内容を全てを記憶の片隅に追いやり、今しがた主から下された命を遂行するべく行動を始めた。
『あぁ、調査結果は戻り次第まとめて報告せよ。なぁに、何もなくとも問題はない。今は新たな玩具が手に入ったからな』
それを最後に男からのメッセージは途絶えた。
「フレンベルク兄様」
女の方が男に声を掛ける。
「あぁ、戻ろうか。久方振りにオロチ様の戦いを見ることができる。あの大戦の時はそのお力を振るうことなくこのような事になってしまったからな」
そう言って1組の男女は行きとは比べ物にならない速度で来た道を戻り始めた。
その背に、大翼を広げながら。
オーバーロード、買いました。読みました。オススメします。皆んなで買って2期への足掛かりにしましょうか。
今更ながら思ったんですけど、書籍化されてる作品の内、3人称の物って描写が素晴らしいですよね。