斥候
※2017/6/11改稿
※三人称
都市から見て北の森の中を、2人の美女が歩いている。
1人は、胸元がきっちりと閉じきった白と黒のエプロンドレスを身に纏い、頭にはフリルの付いたホワイトブリム、腕には肘の部分までを覆い隠す長い白色の手袋をした女性。
一般的には、ヴィクトリアンメイドと呼ばれるロングスカートのメイド。
もう1人は、中世のイブニングドレスによく似たドレスで、胸元がV字型に大きく開き、その豊満な胸を隠しきれていないドレスを身に纏った女性。
だが、よく見れば人ではないとわかるその出で立ち。
瞳は黒く染まっており、その中に赤い光が微かに見える程度。頭からは短い角が髪の間から見え隠れしており、後ろ姿を見ようものなら腰の辺りからは短く小さい、翼人種や飛行種などの種族とは比べるべくもない羽が生えている。
そんな正反対な格好をした2人の女性は、つい数時間前に愛しい主から下された命を遂行するべく深い森の中を歩いていた。
「ねぇ、シェラさん?」
妖艶な空気を辺りに振りまきながらメイドの後を歩いていた女性が、メイドに声を掛けた。
「何でしょう?」
後ろを振り返ることなくその声に応えるメイド。
だが、その声には微かに苛立ちが混ざっていた。
「オロチ様の御決定に、何か不満なことでもあるのかしら?」
肯定でもしようものなら殺す。そんな意思を隠すこともなく全面に撒き散らして立ち止まる女性。
「そのような事はありえません」
立ち止まった女性にあわせて自らの歩みを止めて振り返り、その目を見ながら答えるメイド。
「そう」
そう言い、つい先程まで出していた剣吞とした気配を引っ込め、頭を下げる女性。
「無礼を働き申し訳ありません」
その礼を見て、メイドの女性は何でもなかったかのように歩みを再開させる。
「かまいません、もし、そのような事があるのなら、例え下位者であろうと上位者を許す事はないのですから」
歩みを止めることなくそう言い、女性からの謝罪を受け取るメイドの女性。
「じゃあ、何故そのような雰囲気を出しているのか教えて頂けます?」
シェラと呼ばれたメイドの女性から、ピリピリとした空気が漏れているのが気になった女性が問いかける。
「部下のメイド達が、何かオロチ様に粗相をしていないかと気が気ではなくて」
問いかけた女性は、メイドの女性の思考の10割が、敬愛する主の事であったことで、微かに抱いていた不信感が消失していくのが分かった。
「オロチ様は寛大な御方ですから、不慣れな者達にも優しく諭して下さる事でしょう。それに、今は悔しくもクレナイ様がお側にいるのですから何も問題はないのでは?」
女性は命を下され都市を出た9人の同胞達を思い浮かべ、次に、主の近くに残る事になった4人の同胞を思い浮かべて言った。
「オロチ様の優しさに溺れるようならば、そのメイドは切り捨てなければなりません。従者たる者、常に主のお役に立たなければならないのですから」
物騒な事を言いながら前を歩くメイドの女性。
後に続くドレス姿の女性も、その話を聞いて納得をした表情を作った。
「であれば、オロチ様の命を早く遂行してしまいませんか?」
再度、妖艶な空気を醸し出した女性。
「そうですね、オロチ様のお側こそが至高の場所。下劣な人族には早く情報を吐いていただかないと」
貴女も人族では? 何て事は言わない。それを言った上位者の1人が、翌日、半死半生の状態で都市の外に転がっているのを女性は一度目にしているから。
「安心して下さいなシェラさん、その為に私がいるのですから」
黒い瞳を輝かせ、腰の辺りの羽を器用に動かす女性。
それを聞いてメイドの女性も一言だけ言う。
「えぇ、宜しくお願いします。夢魔族のイリーナさん」
イリーナと呼ばれたドレス姿の女性は、蕩けるような笑みを浮かべ答える。
「はい、任されました。人族のシェラさん」
それから暫くして、2人の美女は北の森を抜けて街道に出た。
敬愛する主の命を遂行する為に。
♢♢♢♢♢
都市から見て南の森の中を、幼い3人の少女が歩いている。
その中心となっているのは、輝かしい金髪に金の瞳を持ち、その姿に見合わない理知的な雰囲気を持つ少女。
そんな少女の横を歩むのは、ペンキで塗り潰したような黒々とした髪に深い深い黒の瞳を持ち、何が憎いのか辺りに殺伐とした雰囲気を撒き散らす少女。
残りの1人は、サラサラとした銀の髪に銀の瞳を持ち、ニコニコと嬉しそうな雰囲気を滲ませながら、時折ぴくぴくと長い耳を動かす少女。
そんな3人の少女は、多くの魔物がいるこの森の中を、まるでピクニックに行くかのような軽い足取りで歩いている。
「ミーヤ姉様、全部消してしまってもいい?」
艶々の黒髪を靡かせ、邪魔だ消えろと言わんばかりの殺気と怒気で辺りの魔物を遠ざけながら、姉である金の少女に声を掛ける黒の少女。
「カーヤ? オロチ様から課せられた御命令を忘れたの?」
黒の少女の問いかけに、そう金の少女は答える。
「覚えてるよ、でも、それとこれとは別じゃない?」
年齢不相応な喋り方の金の少女と、年齢相応な喋り方の黒の少女。
そんな2人の会話を後ろから見ていた銀の少女は、ふと思いついた事を2人に言った。
「じゃあ、ミルが全部食べてしまいましょうか?」
そう銀の少女が言うと、前を歩いていた2人の少女が振り返り、声を揃えて言った。
「「黙ってろ、闇妖精風情が」」
2人の少女から殺気を当てられたにも関わらず、あまり気にした様子のない少女。
「これだから、なり損ないは嫌いなんです」
全く、といった風に顔を横に振る金の少女。
「劣化品はオロチ様の為に死ねばいいのに」
可愛い顔をして涼しげに毒を吐く黒の少女。
銀の少女は、それが聞こえているのか聞こえていないのか、何事もなかったかのように再度、ニコニコしながら2人の後をついて歩く。
「でもさ、ミーヤ姉様。本当に時間がかかるよ?」
2人と1人、そんな組み合わせで森の中を歩きながら、黒の少女が何度目かになる問いかけをする。
「オロチ様は時間に制限を設けられなかった。それは詳しく確実に調べなさいという事でしょう。ならば、確実な情報を持って帰らなければ、褒美は貰えないかもしれませんよ?」
金の少女がそう言うと、黒の少女は「はっ」とした顔をして声を上げた。
「いや! そんなの絶対にいや! お姉ちゃん! じっくり詳しく調べよう? 確実な情報をオロチ様の下に届けよう?」
あたふたと姉を説得する黒の少女。
「最初からそのつもりです。それより、また口調が変わってますよ? カーヤ」
「あ、あはは、ごめんなさい」
金の少女の注意に、苦笑しながら謝る黒の少女。
「私は別に年相応らしくていいと思うんですけどね。あの女狐が言うにはオロチ様のお側に相応しくない、とかなんとか」
言葉と共に、金の少女から漏れ出てくる怒気。
黒の少女はそれを努めて気にしないようにする。
「ま、まぁまぁ、お姉ちゃん。あまり気にしてたら胃に悪いよ? それに、あれでも役に立ってるんだからいいじゃん。私達が1人になれば勝てない事はないんだしさ」
そう言って、姉を宥める黒の少女。
「そう、ですね。所詮は機械です。私達の敵ではないですね」
「そうそう、燃料が無ければ動く事すらできない不良品なんだからさ。気にしないでおこうよ」
そんな会話を交わす2人の少女。
そうして、3人の少女が、和やかかつ殺伐としたお喋りを交わしながら歩く事数時間。
森の南端に行き着いた3人の少女は、ほっと一息をつき、互いを見つめた。
「それじゃあ行こうかしら、オロチ様の命を遂行する為に」
そう、金の少女が2人に声を掛ける。
「はーい。ねぇ、邪魔はしないでよね?」
姉の声に元気よく答える黒の少女。そして、2人の後ろを歩いていた銀の少女にクギを刺す。
「わかってますよ。主精霊、ミーヤ・カーヤ様」
気にした様子もなく、にこやかに答える銀の少女。
「全く、貴方にも働いてもらうからそのつもりでね、闇妖精のミルフェール」
そう、金の少女が最後に声を掛け、3人は森を抜けた。
愛しき主の命を遂行する為に。
♢♢♢♢♢
都市から見て東の森の中を、2人の男が歩いている。
片方は、灰色がかった黒の髪を持ち、額からは二本の角が生えており、背中からは真っ黒で不気味な翼を生やした、やや細身の男。
もう一方は、全長が2mほどの巨体で、体のほとんどが毛で覆われており、所々に見える肉体は筋肉で覆われていて、まるで鎧の様に盛り上がっている男。
そんな対照的な体格をした2人の男は、何を言うでもなく黙々と森の中を木々を引き倒しながら進んでいた。
「ガーヴァン」
細身の男が、巨体の男に声を掛ける。
「あ"?」
巨体の男の返事は、なんの感情もこもっていない大雑把なものだった。
「木々を引き倒すなとは言わないが、私とは関係のない所でやってくれないか?」
辺りの木々を殴り、蹴り倒しながら隣を歩いている巨体の男に、臆する事もなく言う細身の男。
「あ、あぁ、すいませんねぇ、俺には森はあわないんでねぇ」
そんな事を言いながらバキバキと木を引きちぎり、投げ捨てを繰り返す巨体の男。
「ちっ、獣風情が」
細身の男が呟いた言葉に、巨体の男が反応する。
「あ"ぁ"? なんだって? テメェ」
巨体の男から、普通の人間なら数十人は死んでいるであろう殺気が放たれる。
「本能と暴力だけで生きている様な獣のくせに粋がるなよ」
細身の男から、禍々しくもおどろおどろしい殺気が放たれる。
「ちっ」
巨体の男が殺気を放つのを止め、先を歩く。
「力量差を分かるくらいの頭はあるのか」
巨体の男の後ろから、細身の男が嫌味を言う。
「ほざいてろ、いつかテメェは殺してやるよ」
「お前では無理だろう、下剋上を起こされる様な雑魚のくせに」
細身の男と巨体の男は、互いに互いを挑発し合いながら進む。
そして、2人はしばらくの間、森という森を破壊し尽くしながら歩き続ける。
「おい、ユーミットさま、道が見えましたよ」
使いたくもない敬語を無理やり使っていて、敬意の一欠片も無いような心のこもり方で声を掛ける巨体の男。
「もう見えたか、思いの外早かったな」
細身の男が少しばかり考えながら言う。
「なんでもいいでしょうよ、早くいかねぇと強ぇ奴を他の奴らに取られちまうぞ」
巨体の男が細身の男を急かすように言う。
「それもそうか、さっさと済ませてオロチ様の下に戻らねばな」
そう言って細身の男は、今しがた自分達が来た方向、木々が薙ぎ倒され道が出来てしまっている方向を眺め、主の姿を思い起こしてから前を向き道の先を見つめる。
「お前にも働いてもらうぞ、闘獣族の戦士長ガーヴァン」
その言葉に、巨体の男は細身の男の方を向き言う。
「言われなくとも、欺瞞の悪魔ユーミットさま」
その言葉に、細身の男も巨体の男を見る。
そうして、悪魔と獣はなんの因果か最も街へ早く着く街道へと足を踏み入れた。
忠誠を誓う主の命を遂行する為に。
♢♢♢♢♢
都市から見て西の森の中を、一組の男女が歩いている。
男の方は、日の光に反射して輝く黒曜石のような黒髪を持ち、万人が振り向くようなオーラとカリスマを纏った、世界に数人といないであろうイケメンの男性。
女の方は、日の光と似通った赤みがかかった橙色の髪を持ち、薄い赤の瞳を持った、こちらも万人が振り向かずにはいられないような美しさを持った女性。
そんなお似合いの美男美女は、そんな2人が歩くのには相応しく無いであろう森の中を何かの使命があるかのように一言も発することなく淡々と歩いていた。
そうして、暫くの間、2人の間には無言の空気が流れていた。
そんな2人の空気は、女性のほうが声を発することによって霧散した。
「フレンベルク様」
そう、女性が男性に声を掛ける。
「何度も言っているだろう、私を様付けで呼ぶなと」
男性の方は、まるで、出来の悪い子供に言って聞かせるかのように、女性に返事を返す。
「いや、しかし……」
その返答に、女性の方は声を詰まらす。
「様を付けるに相応しいのは、我らが王にして、我らが主、そして、龍達の神々であらせられるオロチ様のみが相応しい。私などはその下で知性のある龍を纏めているだけだ」
畳み掛けるようにして、女性に対して言い切る男性。
「それでも、我々よりかは貴方様は上位の存在です。そのような方を呼び捨てなど」
そう、女性の方も反論する。
「高々、一つや二つの違いだろう? オロチ様のお言葉をお借りするのならば、我々は兄弟だ、どこに遠慮をする必要がある」
そう言う男性に、女性の方がついに折れた。
「わかり、ました。ではフレンベルク兄様と呼びます」
「まぁ、いいか」
男性の方もそれで納得する。
「我らは同じ場所から生まれた同胞だ。共にオロチ様の手によってこの世に生を受けた存在。我らは我らの父上の役に立つ為に存在する」
「分かっております、私が龍神様によって産み落とされた存在だと言う事は」
「そして、我らがこの世界でしなければならない事は2つだ」
そう言って、男性は歩みを止めて女性の方に向き直る。
「我が父の命を遂行する事。我が父の同胞を探す事。この2つだ」
「お父様のどう、ほう?」
女性は首を傾げながら男性の方を見る。
「お父様に同胞が存在するのですか? 私が産まれた時は既に、お父様は唯一無二の存在だったのでは?」
そう言って、男性に疑問を呈する女性。
「そうか、お前は最も遅く父上の下に来たのだったな」
「はい」
男性の言葉に頷く女性。
「父上には7人の弟妹がいる」
「7、人!?」
その数に目をみはる女性。
「あぁ、そうだ。上から『皇龍』ヤマト、『闇黒龍』キサラギ、『幻想龍』ノルトレーク、『光龍』ミグモ、『灼熱龍』ミサキ、『幸運龍』ミィミィ、『黄金龍』シャーロット、と呼ばれている」
「二つ名持ちの龍、ですか」
「いや、彼の人達は龍ではない龍人だ」
「お父様と同じ最上位の龍……」
女性は驚きのあまり、二の句が告げなくなっていた。
「父上は彼の人達の話を少しも出さなかった、恐らくは本気で心配していないからなのだろう。しかし、この世界に来たばかりの我らでも勝てない存在がいる可能性はある。その時の為にも7人の龍を探す必要がある」
「お父様を守る為に、ですね」
「そうだ。7人の龍さえこちら側につけば生半可な戦力では都市に近づくどころか、半径100kmに近づくことすら出来ないだろう」
「そんなにも……。しかし、それを私達だけで探してもいいのですか?」
女性が、行動の根幹に関わってくる疑問を投げかける。
「命令の範疇で、だ」
「そういう事ですか」
納得したように頷く女性。
「とにかく、父上の命をこなしながら、父上の弟妹を探す。我らの任務はそれだけだ」
「わかりました、フレンベルク兄様」
そう女性が頭を下げたの最後に、一組の男女は言葉を交わすことなく森を進む。
そうして、一組の男女が長い時間をかけて森を進むと、森の西端へと行き着いた。
「ほぅ、都市が見えるな」
前方を睨むようにして見た男性が、ぽつりと呟く。
「当たり、ですかね?」
「わからん、が行くだけ行けばいい」
そうして、再び2人は歩き出す。
そんな中、男性が女性に対して確認するように言う。
「竜王ミルルーシュ、いつでも動くことは出来るな?」
その確認に、女性は満面の笑みで返す。
「えぇ、大丈夫ですよ? 真龍王フレンベルク様」
そうして一組の男女は、遥か彼方に見える堅牢な城壁で囲まれた都市を目指して歩き出した。
崇拝する主の命を遂行する為に。
すいません、はい。
5sのバッテリーが天に召され始めまして、中々困った事態に……
後は、やっぱり性格があわない人っていますよね〜。
それが物語でどう噛み合うかを上手く書かないと。