当然の結末
※一人称
さて、進軍開始だとは言ったが実際に俺が戦う事は無いだろう。
何故なら、未だに俺は王城最上階のバルコニーで、次々と1万の兵達が転移系魔法を使って出立していくのを眺めているだけだからな。
「後少しで場が整います」
向こう側ではさぞかし急ピッチで仮の玉座が出来ているのかと思うと、彼ら彼女らには少し同情してしまう。
「そうか……」
クレナイが逐一報告してくれている。
「分かってると思うが」
「はい。全てを捧げ恭順する者は保護するように命じてあります」
「ならいい」
俺は何も殺戮や破滅を齎したい訳じゃない。
矛盾するようだが、守る為には全てを支配下に置いた方が何かと都合が良いからそうしているに過ぎない。
まぁ、多分に俺の趣味と元いた世界からの解放感で俺ツエーをしたいと思っているのは否定できないが。
圧倒的な力を持て余して破滅するくらいならば、あらかじめその方向性を定めておけば他の所に飛び火する可能性も減らすことができるしな。
あぁ、勿論ゲーム時代の事とは言え、この世界での生活が現実になってしまった以上、『あの日』の約束は果たすつもりだから、何処かにいるかもしれない同胞は探し続けるつもりでいる。
それは、全てを支配下に置く事と並行しながらすれば集まり易いだろうし、何より探しに行くより此方に来てもらう方が手間が省けて良い。
『禁忌』を全て集め『真なる知識』を手にし、今度こそ家族にとっての『楽園』を築く。
その過程で必要だから世界を征服する。
ただそれだけの話だ。
征服するとは言っても、元々ある国を滅ぼすなんてのは面倒だ。無論、逆らうのならば見せしめに滅ぼすが、そうでないのなら恭順度合いによって飴を与えてやる方が良いってのは元いた世界の歴史から見てもそうだ。
俺の国には名前が無い。
強いて言えば『神王国』と言った所だろうから、属国は全て順位順に『第◯神王属国』とかにしてやれば分かりやすくていい。
俺が優先すべきは家族の安否だけ。
具体的には、全ての龍種と配下となった『眷属』。
それ以外は等しくどうでもいい。
使えるのなら使えばいいし、使えないなら興味もない。
恐らくはこのキャラクターの設定ないしはゲーム時代の精神状況に引っ張られているのかもしれないが、それもまたどうでもいい事だ。
俺が一度『やる』と決めたなら、とことん『やる』だけだ。
「妥協も容赦も必要ない……」
「………」
「唯、俺の意のままに世界が動けばそれで……」
乱世の王とは傲慢なくらいが丁度いいと聞く。
ならば、俺はその力に相応しいだけの言動と行動をもってしてこいつらに示してやればいい。
「『禁忌』を集め、『楽園』を築き、『不変の平和』を手にする」
「はい」
「『世界征服』などその片手間の雑事でしかない」
「仰る通りです」
「そんな雑事に私が出る必要はあるか」
「いえ」
そう言いながらも、クレナイは俺の前に立ち直り静かに跪いて言った。
「なれど、御身がこの世の絶対不変なる神であるという事実。それを世に知らしめる必要があるかと」
「そうか」
全くもってその通りかもしれない。
誰が見たこともない支配者の命令を聞くというのか。
誰が知ることのない神に頭を垂れるというのか。
唯の人であった俺が何処まで出来るかは定かじゃないが、これが運命の分岐点とやらなのかもしれない。
保護され保証されていた暖かな世界から、血と臓物と殺意に塗れた冷たい世界へと本当に足を踏み入れるという。そんな機会が、今回の侵攻になったというだけの。
ならば――――
「出るぞ」
決意を新たにした俺がそう言うと、1万の兵が出立しても未だに広場に残り続けていた13の眷属達が、静かに頭を下げて応えた。
『御意』
♢♢♢♢♢
儂はこれでもそれなりの人生を過ごして来たと自負しておる。
こんな役職についてるもんじゃから、人の生き死になんて慣れてしもうたし、突飛な事だって幾つか経験したこともある。
若い頃は王城に招待されただけで舞い上がったもんじゃし、歳を食ってからはゲル坊達のような将来が楽しみな子らを見て驚いた事もある。
戦争だって経験したし、死の淵だって彷徨ってきた。
凡そ人生というモノを体験し尽くした儂は、後は若い世代に全てを託して死に行くもんじゃと思っておった。
無論、こんな所でこんな地位に就いておるという事は、そういう可能性がある事も覚悟の上じゃった。
たかが数百、数千程度なら、命を燃やし尽くして戦えば、街の民を逃がすだけの時間を作れるという揺るぎない自信が儂の中にはあった。
これでも儂は各国に数人といないSランク冒険者。
カルメニア王国所属の『老師』シー・ロン。
高々、6級7級程度の魔物なら鼻歌混じりに倒せる力は持っておる。
5級となれば、数十までならなんとかなる。
4級であれば一対一ならば倒せる。
3級であっても命を賭して一撃を防いで見せる。
それだけの気概と覚悟を持って立ち塞がるつもりでいた。
あの時見た2人組の男。
優男の方は兎も角、戦獣族に似た男の方は儂よりも遥かに格上じゃ。
比べる事すらも烏滸がましい程の力量差が開いておった。
じゃが。それでも。例え届かぬとしても。一撃は防ぐつもりじゃった。例え、『あの手』を使うことになろとも。
「リー」
「はい。老師」
儂が弟子を取るきっかけとなった娘。
Aランク冒険者『撃拳』のリー・ロン。
カルメニア王国で最もSランク冒険者に近いと言われ、恐らくは儂が死ねば、そう遠くない内に『老師』の名を継ぐであろう、才気溢れる愛弟子。
儂の全てを託すに相応しいこの娘だけは、せめてこれから先の戦いには向かわせてはならん。
儂はそう思い、直ぐさま王都に異常事態を告げる伝言を頼もうとした。
じゃが、
「私は行きませんよ。老師」
リーは儂の考えを先読みするかのようにそう言った。
「何故じゃ」
「まだまだ老師には、教わるべきことがありますので」
「じゃがな」
この娘はこうなったらテコでも動かん。
じゃが、それではいけんのだ。
「死に急ぐでないぞ。リー」
「老師は死ぬつもりで戦いに赴くのですか?」
「揚げ足を取るでない」
「老師」
――分かっておるのか。
儂がそう問おうとしたら、リーは力強い目で儂を見てきた。
「負けませんよ。老師は」
この眼じゃ。
儂が惚れ、全てを賭して育てたいと思ったのは。
「貴方に拾われ、そして一番近くで見てきた私が言うのです」
ボロ雑巾のような娘っ子じゃった此奴は、その頃からこの眼をしておった。
民が国が世界が、いくら自分を痛めつけようと諦めないといった、そんな眼を。
「老師、私は貴方の一番弟子です」
リーはそう言って遠くあの森に展開する異様な軍勢を睨みつけた。
「誰よりも長くお側で学び続けた私は、貴方のことを誰よりも知っています」
そう言ってふっと微笑んだリーの姿は、既に巣から飛び立った成鳥のように可憐で、決して侵してはならぬものに見えた。
「そうか」
儂も歳をとった。
全盛期を超え、只々後世にこの世の厳しさを伝えるためだけに生きてきたが、それもここらで終いにしても良いのかもしれん。
「死ぬでないぞ、リー。未来ある若人は旧き古木を燃料に前に進まにゃいけんからのぉ」
すっかり違和感がなくなってしまった顎髭を撫で付けながらカカッと笑ってやると、リーは力強く頷いて答えてくれた。
「覚悟の上です、老師。私達がいる場所は常に死と隣り合わせですから」
これ以上は何も言うまい。
儂がそう思ったからかどうかは分からぬが、ちょうどそのタイミングで領主の私兵が儂らを呼びに来た。
「『老師』シー・ロン様。御当主様がお呼びです」
「今行く」
はてさて、どうなる事やら。
まぁ、どちらにせよ儂は生きてはおらぬじゃろうがな。
♢♢♢♢♢
俺が13の眷属を従え、その地に降り立った時。そこには、そこそこ立派な階段とそれなりに美しい玉座が存在していた。
「良くもまぁこんな短時間で作れたものだ」
俺が呟いた言葉は付き従っていた彼らには聞こえなかったのか、何も返って来ることはなかった。
玉座の直ぐ側に転移した俺は、態々この時の為に作ったのであろうその椅子の背を一撫でしてから遠慮なくそこに座る事にした。
「それで、アレがそうか」
視線の先、直線距離で凡そ1キロ程先に煉瓦で作られた城壁を持ったそれなりの規模の都市が存在していた。
「そのようです」
ここに来ても俺の隣を譲る事のないクレナイが、なんの気負いもない顔でそう返してくる。
「それで、戦力差はどうなっている」
負ける事は無いだろうが、辺境にある都市は総じて武力という面では首都に劣らない所が多い。
だから、この戦いで圧勝できれば、この国を落とす為にはそれ程手間がかかることがないだろうと判断することができるし、他の都市も此処よりは簡単に落とすことが出来るだろう。
「こちらの一般兵を1とした時。10対10,000と言った所でしょうか」
「たった10しか中堅程度の力を持つ者がいないのか」
ここがどういった世界なのかは未だに分かっていないが、もし現在プレイヤーキャラがいるのなら中堅程度が10という数字はあり得ないだろう。最低でも数人くらいは上位の奴らがいても良いはずだ。
となると、ここにはゲームキャラが全くいないか、もしくわ過去か未来に存在する事になっているのか、そのどちらかが有力な説になってくる。
まぁ、この都市がこの世界での僻地であり全く興味をそそられないと言うのであれば、そんな事もあるのかもしれないが。
それもこれも、今回の戦いで情報を集められるだけ集めればいい話だ。
「どうされますか?」
「変わらん。やはり私が出る必要も、お前達が出る必要もない」
「では、そのように」
深々と頭を下げ、各部隊に指示を出すクレナイの後ろ姿を見て、一つ言い忘れていたことを思い出した。
「あぁ、そうだ。『禁忌』の場合だけは別だぞ」
「ご随意に」
それだけ言って、俺は再度椅子に深く腰掛けた。
「オロチ様」
それから数分もしない内に、深く腰掛け、思いの外出来のいい椅子に関心していた俺は、クレナイに呼ばれた。
「何か一言宜しいでしょうか」
そこには既に総数一万の兵達が直立不動で俺からの言葉を待っていた。
「ふむ」
ふと思い付いた事を実行する為に、フレンベルクを呼び寄せた。
「何なりと」
そう言って跪くフレンベルクに俺は言った。
「背に乗せろ。余興を見せてやろう」
ぶるっと一つ身震いしたフレンベルクは、その後静かに立ち上がり、少し離れた拓けた地で黒い光に包まれ雄叫びを上げ始めた。
『グァァガアァァァァッッッ!!!!』
カッと燐光が辺りで起こった中、俺は静かに玉座から立ち上がり、光の中から現れた体躯が7メートル程のコンパクトな黒龍となったフレンベルクの背に乗り、残りの眷属達に待機するように命じて飛び立った。
「やはり空はいい」
龍だから、元から空が好きだからか、龍の背に身一つで空へと舞い上がった俺は、吹き付ける風をその身に感じながらそう呟いた。
『どうされますか?』
本来の半分程の体躯となった騎龍形態のフレンベルクが、俺に『余興』の内容を聞いて来た。
「見せてやろう。龍の力を」
俺はそう言って龍界とパイプを繋ぎ、この世界に来てから俺の力の余力によって勝手に産まれている竜種達をこの世界に呼び出した。
『グルァァァ』
『ゴルゥゥゥァァ』
『ガルルッッ』
『ガアァァァ』
産まれて間もない為発声には不慣れだが、それなりに高い知能を持った様々な竜がこの地に姿を現した。
「さて、それでは神命を下すとしようか」
この場にいる全ての者に聞こえるよう、俺は声に軽く力だけを込めながら命じた。
『我の名はオロチ。この世に顕現せし龍の神。今この時を持って世は須らく我のモノと成った。恭順の意を示せ。さすれば安寧と繁栄を約束してやろう』
俺は空を一回りしてそう宣言した後、竜たちにこの都市で人の気配がしない一角を消し飛ばすよう命じた。
『グオォォオォォ』
大小様々な竜がその口腔に力を溜め始めて漸く、地上では蜂の巣を突いたような騒ぎが起こり始めた。
「やれ」
やはり、感慨も同情もない。
どうやら俺は完全に『オロチ』に成れているらしい。
『ガッ―――― ゴバァァァァァッッッ!!!』
ジュッ。
それだけ。
たったそれだけで、恐らくはこの都市のスラムだったのであろうその場所は、深い奈落へと早変わりした。
「ご苦労。戻って休んでいるといい」
初めて俗世に顕現し、ブレスまで放った可愛い子竜達を一撫でして労い、俺は向こう側へのパイプを繋いでやった。
『グルルォ』
スリスリと俺の手に顔を寄せてくる竜達を往なしながら次々と送り返していると、透き通るような白い鱗を持った白竜が最後まで俺を見ているのに気がついた。
「どうした」
『グルル』
そう聞いた俺に対して白竜は、辿々しい念話で『いつの日かお側に』といった意味の言葉を残して向こうの世界へと帰っていった。
「あぁ、待っている」
龍界へと戻っていく竜達を全て見送り、眷属達が待つ仮設の玉座の上空まで来た俺は居並ぶ兵達に命令を下した。
「進軍せよ。尊き旗を此の地に立てるために」
『ウオォォォオォォォォオッッッ!!!』
ドンドン、ガンガンと足踏みをし武器を打ち鳴らし始めた兵達を見て、そのままゆっくりと地上に降り立ち玉座の所まで戻った。
「宜しかったのですか」
「かまわん。どうせ誰も消えてないからな」
スラムを消した事であっちがどう思うかは知らんが、少なくとも力量差くらいは分かっただろうよ。
これでも戦うとか言うのであれば、それは勇敢とか猛勇じゃなくて破滅願望でしかないからな。
「じきに終わる。賢ければ今頃誰が生贄になるか揉めてる頃だろう」
俺はそう言ったっきり静かに目を瞑ってこれからの事を考える事にした。
♢♢♢♢♢
「ふっ、ふはははははっっ」
儂が突然笑いだした事で茫然とスラムの辺りを見ていた者達がこちらに目を向けた。
「やめじゃ、やめ。勝てんわ、あんな奴」
Sランクだとか最強だとか、そんな物クソの役に立たんわい。
もっと言うと、あんな奴国であろうと勝てるわけないじゃろう。
「ろ、老師?」
最近代替わりをしたばかりのまだまだ若い領主であるクリストが、儂の顔色を伺う様に聞いて来おった。
「考えるだけ無駄じゃて、クリス。さっさと負けを認めに行った方が賢明じゃぞ。まぁ、どうなるかは知らんがな」
かっかっかっと儂が笑ってやると、先代の頃からここの騎士団の団長をやっていて儂とも関わりの深いバルフが阿呆な事を聞いてきた。
「シー。お前ではあのオロチとやらはどうにも出来ないというのか」
此奴は大層な館に引きこもる内に頭まで凝り固まってしまったのか?
「馬鹿かお主は。儂なんかそこらを舞っている塵屑扱いされるわ」
そう返すと、隣に座わっていたリーがバンッとテーブルを叩いて立ち上がった。
「老師! まだ戦ってすらいないのですよ!」
青い。青いのうリーも此奴らも。
ちと、勝ち戦を味合わせすぎたかのう。
椅子から立ち上がり窓辺から見えるぽっかりと穴の空いてしまったスラムの辺りを眺めながら、儂は言った。
「儂にはどう頑張っても、あのブレスを防ぎ切る方法が無いんじゃがのう」
そう言ってやると、会議室に居てさっきまで喧々諤々とこの街に仕掛けてきた身の程知らずをどう叩きのめすかといった事を話しておった奴らが、皆一様に青い顔をして下を向いた。
「い、今はもう居ません! もしかしたら、もう使えないのかもしれなのでは!?」
楽観論だと分かっておるのじゃろう。リーが懸命に皆を勇気付けようとしておるが、そんなもので元気になるくらいの頓珍漢な奴はこの場にはおらんよ。
「ならば、リーよ。最初に此処を狙わなかった理由はなんじゃろうな」
漆黒の竜が踵を返して敵軍へと戻って行く様を見た儂は、そろそろかと思いながらそう聞いた。
「脅しでは? 敵もここの政治的中枢を狙うのは避けたとか」
「一万近くも兵がおる国の相手がか?」
「そもそもそれがおかしいのです!」
顔を真っ赤にして続けるリーの姿に幾人かの武官・文官が同意するように頷いた。
「『オロチ』などと言う龍も、ましてや神を名乗る不届き者も、私は聞いたこともありません!! それに、あの森の奥に国があるなどありえません!!!」
「あり得ぬ……ね」
そんな言葉、今となっては何の意味も持たぬであろうに。
「ここに今の事実がある以上、その言葉には重みがないぞ、リーよ」
儂はそう言って机の上で能天気な面をしている奴らに背を向けた。
「なッ! 老師っ! どこへ!?!?」
「老体の首で許してもらえぬか頼みに行くのじゃよ」
リーの問い掛けにそう答えて、儂は部屋を後にした。
「さて果て、『龍神オロチ』とな……。どうなる事やら」
カカッと一声笑い、儂は顎髭を撫でつけながら万にも届く軍勢が待機しておる場所へと急いだ。
あれ? 戦いは?