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覇戒の龍神  作者: KB
一ノ欠片
11/13

高位冒険者

やっべ。モブ回なのに長くなり過ぎた笑


※三人称

 その日、カルメニア王国最西端の街であるノノの街を拠点にするAランク冒険者パーティー『鮫の顎』の面々は、言いようのない不安を感じていた。


「なぁ、お前ら」


 今日の依頼も無事何事も無く終わり、夕暮れ時の宿の食堂でリーダーであるゲルトがパーティーメンバーに話を切り出した。


「何?」


 斥候職のノーラがそわそわと落ち着かない様子で返事を返す。


「今日はよぉ、朝からずっとあの森から濁りきった悍ましい雰囲気がするんだが、お前らはどうだ?」


 ちびちびと果実酒を飲みながらゲルトが仲間に問うと、他の面々も心の内を吐き出すように答えた。


「えぇ。恐ろしい事です。あの森には神の御加護が届いていないのかもしれません」


 大陸最大の宗教、ウロボロス教のシスターであるサリーが豊満な胸の前で両手を握り締めながら祈るように言う。


「あの時のダンジョンを思い出すな」


 戦士職であり前線で重要な盾役(タンク)を担う大柄な男――モルグも、そのでかい体を強張らせながら静かに頷いた。


「『あの』、って言うと。『寂れた悪魔の館』か?」


 彼らがAランクに上がった理由である中位悪魔(ミドルデーモン)の討伐を達成したのが、ここノノの街よりほど近い『寂れた悪魔の館』と呼ばれるBランク以上の冒険者のみが入る事を許されるダンジョンだった。

 高位冒険者と見なされるBランク。才能と努力が噛み合って初めてそのステージに立てる事が出来ると言われるランクなだけあって、地元では天才や神童と持て囃されたゲルト達であっても、Cランクに上がってからは5年もの月日が掛かった。

 それでも、僅か20代という若さでBランク冒険者となった彼らは国から期待されていたし、各貴族からの覚えもめでたく、引退後の余生には困る事が無いだろうと言われていた。

 そんな彼らが冒険者として活動していて最も命の危険を感じたのが、その『寂れた悪魔の館』での中位悪魔(ミドルデーモン)との死闘であった。


 誰1人として油断も慢心もしていたつもりではなかったが、何か一つでも手を間違えていたら恐らく自分達はこうして生きてはいなかっただろう。


 それが、『寂れた悪魔の館』から帰還し、数少ないAランク冒険者となり王城へと呼ばれ英雄へと至った彼らの共通認識だった。


「あぁ」


 最も長く中位悪魔(ミドルデーモン)と相対し最も多くの傷を負ったモルグは、重苦しい溜息を吐きながら目を瞑った。


「次もまた戦えと言われたら、俺はあの時のように防ぎきれるかは分からない」


 死闘を乗り越えてなお、彼らの心にはあの時の光景が色褪せることなく焼き付いていた。


「俺もだよ」


 魔法職であり人一倍防御力に不安があるゲルトも、あの時の戦いで瀕死の重傷を負っていた。

 もし、カルメニア王国でも屈指の回復魔法を使えるサリーがいなければ恐らくは死んでいただろうと、メンバーの誰もがその事を感じていた。


「だがよぉ」


 酔いが回り始めたのか机に突っ伏しながら嘆くようにして喋るゲルト。


「今回のは、なんて言うか、こう、重苦しさが違うくねぇか?」


 誰もが感じていながらも、認めたく無いが故に言い出さなかった事をリーダーであるゲルトが言ったことにより、他のメンバーも沈痛な面持ちで顔を伏せた。


 そんな中で斥候職であるが故に最も五感が優れているノーラが、忙しなく辺りを見渡しながらまるで迷子になった幼子のような表情で体を強張らせているのに気がついた。


「どうかしましたか? ノーラ」


 サリーが穏やかな笑みを浮かべ、引き攣った表情をしているノーラに尋ねる。


「分かんない。分かんないけど何かやばいのが来る」


 ガタガタと両膝を震わせながら異様な程に怯えるノーラに、パーティーメンバーは訝しげな視線を送った。


「何か。って何だよノーラ。まさかそこの森から化け物が出て来るって言うんじゃねぇよな」


 赤ら顔のまま重苦しい雰囲気を晴らすように茶化しながらそう言ったゲルトに、ノーラは我慢出来ないとばかりに立ち上がって叫んだ。


「分かんないよ! でもやばいんだって!!」


 ガタンッ! っと椅子を後ろに蹴り倒しながら立ち上がったノーラに、食堂にいた他の冒険者達もぎょっとなって振り向いた。


「わぁった、わぁった。取り敢えずやばいんだな? じゃあ武器をも―――」


 命を預ける事が出来るほど信頼しているメンバーの取り乱しように、少しの不安と多大な疲労感を滲ませながら、その『何か』とやらの確認をしようとしていた彼らの下に、悍ましい『何か』の叫び声が聞こえてきた。


『おォォ……』


 突如として響いたその『声』はその場にいた全ての冒険者の頭の中に響く様に聞こえ、それと同時に酷く重い倦怠感と体の芯から凍えさせるような悍ましさがあった。そんな中、『その声』を聞いたゲルト達『鮫の顎』のメンバーは、即座に側に置いてあった武器を手に取り、宿を飛び出して声が聞こえた方に走っていた。


「おいおい。『この声』って」


 先程までの管を巻いていた男の姿はそこには無く、油断や慢心を捨て去った歴戦の勇としての表情をしたゲルトが『声』に関する想像を働かせる。


「『あの時』の声に似ているな」


 身の丈以上のタワーシールドを背負い、2メートルにもなるポールアックスを片手に握り締めたモルグが、その額に薄っすらと汗をかきながら答える。


 彼らが中位悪魔(ミドルデーモン)と戦った際、その悪魔が何処からともなく呼び出した継ぎ接ぎだらけの肉団子のような怪物が、このような声を出していた事を思い出す。


「いるのでしょうか?」


 何時もの慈愛に溢れた笑みではなく、強張ったまま張り付いてしまったかのような笑顔を見せたサリーが体を一度震わせて言う。


「馬鹿言え。あいつは俺らが倒したし、それにアレはダンジョンの魔物じゃねぇか」


 そう。ダンジョンの内外では魔物の在り方が全く違うと言われている。

 ダンジョンの中に住まう魔物は基本的に自我というものを持たず、ただ悪戯に徘徊し、出会った冒険者となし崩し的に戦闘行為に及ぶものばかりであり。稀に、自意識を持つ個体が出るが、それらは全てユニークモンスターとして最優先討伐対象に挙げられる。

 反面、ダンジョン外に住まう魔物は、全て魔族と呼称され、自意識や仲間意識、少なくとも帰巣本能や縄張り意識は最低限持ち合わせており、中には狡猾でずる賢い個体も存在すると言われている。そして、魔物と呼ばれるのは意思疎通の不可能な個体に限ると結論が出されていた。


 彼ら『鮫の顎』が討伐したのはダンジョン産の魔物である意識の無い中位悪魔(ミドルデーモン)であり、もしも、ダンジョンの外で出会っていたのであれば、まず生き延びる事は不可能で、更にその存在は天災と言っても過言ではない程だ。


「第一、外の世界での悪魔なんて英雄物語の中の話だっつーの」


 そう言いつつも、ゲルト自身声の聞こえた方に近づくにつれて重苦しい雰囲気がより一層濃くなったように感じていた。


「でも、ちーっと覚悟しといた方が良いかもな」


 そう言ってゲルト達一行が城門の所まで着いた時には、多数の兵士が見たことの無い異形の怪物に弓や魔法を放っている所だった。


「なんだ、ありゃあ」


 登りきった城壁の上から兵士達が必死に相対している魔物を見たゲルトは、その口から気の抜けきった言葉を発しながら呆然と突っ立ってしまっていた。


「何なんですか、あれは……」


 アンデットや不死系に多大なる影響を与える神官職のサリーも顔を青ざめさせながら呟く。


 彼らの視線の先に存在していたのは、高さ1メートル半程で体の至る所に苦悶の表情をした顔が付いた死体の寄せ集めのような異形の怪物だった。


「領主様に報告に行けッ!!」


「は、はいっ!!」


「クッソ! 応援はまだか!!」


『オぉぉおォォンっ』


 呆然としていた彼らは、その化け物が引き起こしている喧騒で直ぐに意識を戻し、矢継ぎ早に行動を始めた。


「ノーラ! お前はギルドに行ってギルド長に伝えてこい! 『異形の怪物と接敵する。場所は城門前。正体不明につき多くの援護を要求する』ってな!!」


「う、うんっ!」


「モルグ! オメェは無理のない範囲であいつの攻撃を受け流してくれ! 最低でも3分。それだけあれば第7級魔法を唱えられる!」


「分かった」


「サリー! お前は傷付いた兵士達を回復させたら直ぐにモルグの援護に回ってくれ。出来るだけ聖魔法は温存してな。どうにも長丁場になりそうな気がする。そん時はお前の回復魔法だけが頼りだ」


「は、はい!」


 そうして、様々な補助魔法を掛けて戦闘準備を終えたゲルト達は異形の怪物を凝視しながら城壁を下り始めた。


 城壁を下りきり二手に分かれようとしたその時、ノーラが思い切った様な表情でゲルトに進言した。


「ゲ、ゲルト」


「うん?」


「もしかしたら、アレじゃないかもしれない」


 彼らの間にはそれ以上の言葉は必要なかった。


「そっか」


 事ここに至ってか、とゲルトは顔から憑き物が落ちた様な表情で頷いた。


「聞いたか? 俺らは今日死ぬかもしれない。だが、俺はタダで死んでやるつもりは全くこれっぽっちも無い」


 パーティーメンバー一人一人の顔を見つめながらゲルトは覚悟を決めた様に語る。


 ここに来て、漸く彼らは真のAランク冒険者となることが出来た。


 絶望的な状況。圧倒的な恐怖。守るべき市民。


 根なし草であり、難民の次にマシ程度に思われている冒険者達の中でも唯一認められている高位冒険者であった彼らは、今までは何処かまだ放浪者気取りの冒険者パーティーだった。

 だが、ここに来て漸く彼らは自分達が国や国民から認められ憧れられる存在であり、だからこそ持てる力を英雄の名の下に自由に使う事が許されているのだと自覚する事が出来た。


「まぁ、Aランクになってそれ程時間は経ってねぇし、俺ら程未熟なAランカーは今までもこれから先も現れねぇだろう」


 へへっと笑いながら頭を掻いて言うゲルトに、他のメンバーもくすっと笑顔になった。


「この街は言ってみりゃあ俺たちがBランクになった街であり、Aランクになった街だ」


 しみじみと感じ入った様子で話すゲルトの姿に、他のメンバーも自らの胸に手を当てて今までの生活を思い返す。


「故郷なんてもんはそれぞれ有るだろうが。言ってみればここが『第二』の故郷って事なんだろ」


 苦笑しながら、これから先の暗い未来を極力考えないようにするゲルトの表情からは、絶望だとか逃避だとかいった感情は見受けられなかった。


「色々迷惑もかけたし、助けても貰った。だからなんだろうな。どんなAランカーも必ず何処かの街に拠点を持ってて、死ぬ時はその近くだ。なんてジンクスがあるのは」


 各々の武器を掲げた『鮫の顎』のメンバーの目には今までに無い輝きが灯っていた。


「さぁ! 魅せてやろうぜ! 俺達の力を! Aランカーとして人々から恐れられ、称えられる力を!!」


『応ッ!!』



 我等は『死』に向かうのではない。


 『死』が我等を忌避するから何処までも進めるのだ。



 その昔、総数数万の魔物の群れから、たった1パーティーだけである都市を守り抜いたAランクパーティーがいた。

 彼らの今際の言葉は何処の冒険者ギルドの看板にも書かれており、最後のその背は全ての民が心から讃えるに相応しい姿だったという。

 彼らの死後、冒険者ギルドにはEXランクという名誉称号が出来た。


 今の『鮫の顎』のメンバーの後ろ姿は、その当時の冒険者パーティーと何ら遜色ない程に清く美しかった。


「後は任せたぜ、ノーラ!」


「うんっ!」


 先程まで暗く澱んでいたその顔には、もう未来を憂うような感情はなかった。


「さぁ、さぁ。行くぞオメェら!」


 掛け声と同時に門の外へと走る3人。


 門前で奮闘していた兵士達もAランクパーティーが応援に駆けつけて来たと知り、より一層奮起し始めた。


「『鮫の顎』が来たぞぉぉぉぉ!!! 踏ん張れぇぇぇ!!」


 隊長の号令一下。弓兵からの一斉掃射や魔法兵からの足止め魔法など、数多の攻撃が大地を抉るように降り注いだ。


 しかし、


『うオぉぉォオォぉンっ』


 異形の怪物はその姿を変える事なく不快な音を立てながらこちらに向かって来ていた。


「引けぇぇぇ!! 後は任せろッ!!!」


 兵士達と入れ替わるようにして前線に飛び出したゲルト達3人は即座に三方向に分かれ、各々がすべき事を全うしようとした。


「【俺を見ろ】!『威嚇(ウォー・クライ)』」


 モルドがタワーシールドにポールアックスを打ちつけながら魔物を引き付けている間に、ゲルトとサリーは負傷者を回収して回った。


「後は任せたぞ、サリー」


「はい」


 言葉少なく互いの顔を見合わせて頷く2人。


「お気を付けて」


「あぁ」


 たったそれだけの会話を交わし、サリーは負傷者の治療を、ゲルトはモルドとは正反対の位置に陣取り詠唱を始めた。


 そんな2人の姿を横目に確認できたモルドは、たった1人異形の怪物と真正面から斬り結んでいた。


「ふんぬぅぅぅっっ!!」


 ガンガンと強烈な力でタワーシールドに衝撃が走る中、モルドはカウンターのチャンスを狙っていた。


 そして、ゲルトが魔物の背後を取った瞬間、猛攻が緩んだ一瞬の隙を突いてスキルを放った。


「『烈破斬(れっぱざん)』ッッッ!!!!」


 ズブっと重すぎる手応えが手元の武器に伝わり、このままではやられると一瞬の内に悟ったモルドは、すぐさま武器を手放しタワーシールドの内側にその身を隠した。


『アぁァぁぁ。イヤぁぁァァァァ!!!!』


 その一瞬がモルドの生死を分けた。


 グシャッという頼りない音と共に、モルドは数瞬の間宙を舞い、その後鈍い音と共に地面に叩きつけられた。


「モルドさんッ!!」


 負傷者の治療を行なっていたサリーがあまりの光景に叫びながら駆け寄る。


「こんの、バケモンが!!」


 詠唱に入っている為動けないゲルトに変わって、後退していた兵士達の何人かが盾を片手に魔物の前へと躍り出た。


「ッ!? やめて下さい!!」


 サリーの叫びも虚しく、吶喊の声を上げながら兵士達が魔物に襲いかかる。


 だが、所詮は末端の兵士程度の実力しかない彼らでは数秒と待つはずもなく、瞬く間に城門の前には打ち砕かれた盾と呻き声を上げるだけの人が折り重なって倒れ伏していた。


 そんな中、次々と倒れて行く仲間達の声を聞きながらも、一切中断する事なく最後まで信じていたゲルトの詠唱が、たった今終わった。


「来るぞッ! 伏せろッッ!!」


 隊長の掛け声で地面に突っ伏していた兵士達は皆うつ伏せになり、モルドの治療をしていたサリーもその上に覆いかぶさるように重なって地面に伏せた。


「【――――顕現せよ。終末の火よ】これで、どうだぁぁぁ!! 『灼熱の強弓(バーニング・ボルト)』ォォォォ!!!!」


 肌を焼き尽くすような熱波が辺りに吹き抜け、ゲルトの前方に長さ2メートル、幅40センチ程にもなる大きな火矢が現れた。

 そして、その火矢は目にも留まらぬ速さで魔物の下へと飛んで行き、着弾と同時に天高く火柱を作り出した。


 火矢が魔物に突き刺さる直前、ゲルトは初めてその魔物が防御行動を起こす様をその目でしっかりと見ていた。


『オォぉォォァぁあァァ』


 悍ましさが含まれた狂声では無く、限りなく断末魔に近しいその声を聞いた城壁付近の人々は、ホッと胸を撫で下ろしながら負傷者を手当てする為に動き出そうとした。


『アァァ』


 そして、高さ数メートルにも及ぶ火柱が消え去った後には、ぐずくずと蠢く肉塊のようなモノだけが残り、ゲルト達3人も気が抜けたのか、その場に腰を下ろしてしまっていた。


「気を抜くなッ、馬鹿者がッッ!!!」


 そんな弛んだ空気が辺りに漂った時、ズドンッ! っと肉塊があった場所に空から人の様なものがぶつかり、辺りの地面を巻きこんで陥没した。


「ははっ。これだから生涯現役はイヤなんだ」


 生身で空から降ってきたのに傷一つないその男の姿を見て、ゲルトは喜びとも苦笑ともとれる笑みを溢す。


「ふぅ。のぉゲル坊。敵は最後まで殺しきらにゃこっちがやられるでのぅ」


 陥没し粉塵が舞い上がったその場所から、白髪を頭の後ろで一纏めにし黒い道着をその身に纏った、見るからにご老公とも呼べる年頃の老人が出て来た。


「老師。アンタがいりゃ此処は大丈夫だと思ったんだよ」


 ゲルトに『老師』と呼ばれた年嵩の老人は、ふむと顎髭を撫でつけながらゲルト達3人を眺めた。


「そうかのぉ。じゃが、御主らも自分の身は大切にするんじゃぞ?」


 慈愛溢れるその目は、ゲルトを唸らせるのに十分であり、ゲルトも渋々といった表情で頷かざるを得なかった。


「それよりも、ソイツの事だが」


「ふむ」


 2人が魔物に関して密な情報交換を行なっている間、冒険者ギルドに1人ひた走り、ギルド長以下複数名の冒険者を連れて戻ってきたノーラは、3人が無事であった事に安堵の息を漏らし、サリーのその豊満な胸に顔を埋めながら涙を流した。


「良かった。本当に良かったよぉ」


「うふふっ。えぇ、本当に皆さんが無事で良かったです」


 ぐすぐすと泣くノーラによしよしとあやすサリーの横で、治療の甲斐あって動くのには支障のない範囲まで回復したモルドがゆっくりと体を起こしながら大きな溜息を吐いていた。


「ふぅ。今回も無事に……済んだな」


 今度こそ魔物を完全に仕留め、いつも通りの日常が訪れるとその場にいた誰もが思った。



 だが、



「いやぁ〜、素晴らしい」



 気が緩んだとは言えついさっきまでは異形の怪物と戦っていた筈だ。



「これ程強いのでしたら援護は必要ありませんでしたね」



 どこから湧いて出た。



「あっ。私達ですか? 私達もあの化け物を追っていまして、この街まで追ってきた時には既に貴方方が倒されるところでして」



 何だ、この濃密なまでの死の気配は。


 何だ、この重苦しいまでの重圧は。



「ユーミットさまよぉ、こいつら聞いちゃいませんぜ?」


「何だと?」



 それよりも何よりも、こいつらはヤバイ!!



 その場にいた全員の心情が一致した。


 だからだろうか、突如として現れた2人の男を前にして、ゲルト達『鮫の顎』のメンバーも、『老師』と呼ばれた老人も、部隊長以下末端の兵士まで、距離を取り油断なく武器を構えた。


「おや? これはどういう事だ? ガーヴァン」


「ユーミットさまの腐りきった臭いに耐えられなくなったんでしょうよ」


「何? それを言うならお前が二足歩行をする害獣にしか見えないんだろう」


 これだけの数の人々に武器を向けられ敵意を示されていると言うのに、彼らの眼前にいる2人の男は何処までも弛緩した空気を出していた。


「でも。まぁ」


 男の片割れである優男風の男性が、油断なく武器を構える此方を認識した瞬間、優しげな笑みが悍ましいまでの狂笑へと変わった。


「――――ッ!?」


「これでオロチ様に色好い報告が出来る」


 そう言って優男風の男は踵を返し、森の中へと歩み始めた。


「あぁ、一つ貴方方にとても良い提案をしましょう」


 そう言って振り返った男の顔には、それはそれは優しげな笑みが浮かんでいた。


「直ぐに貴方方は偉大なる御方に頭を垂れる事になるでしょう。願わくば、最大限の抵抗の後にそうなることを願っています。何処までも我らが御方の為の玩具としてあれるように」


 それと。と男は再度森の中へとゆっくりとした歩みを続けながら語った。


「今この場で全てを差し出すのなら、貴方方を御方の前まで連れて行って差し上げましょう」


 どうでしょうか? と語る狂人の姿に、ゲルト達は誰1人として答えを返さなかった。


「ふふっ。それでいい。それがいい」


「帰るんで?」


「あぁ」


 そう言い残し2人の男はこの場にいる面々に恐怖と不安感を植え付けて森の奥へと消えて行った。


「はっ、ふっ」


 誰の呼吸音だったか。その音が静まり返るその時まで、彼らの誰1人としてその場を離れることができなかった。離れたら最後、その前に立ってはいられない気がしたから。


「皆の者」


 『老師』の名で知られている老人は、静かに目を瞑りながら強張り続けている体を解きほぐそうとゆったりとした息を吐いた。


「準備じゃな」


 『老師』のその言葉がその場で固まり動けなくなった全ての人々を動かす合図となった。


 正体不明の魔物が現れ、そして正体不明の人型の化け物が現れた。

 カルメニア王国最西端の街、『武術街』の名で知られているノノの街が壊滅したと言う知らせが王都に届くのに、そう時間はかからなかった。

ブクマと感想を燃料にして走ってます。

もうすぐ燃え尽きるので、それまでは楽しんで下さい。

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