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覇戒の龍神  作者: KB
一ノ欠片
10/13

紋様

※三人称

 ユーミットとガーヴァンが決意を新たに辺境都市を目指している頃、北回りから北東へと進んでいたメイドのシェラと夢魔族(サキュバス)のイリーナは貧相な瓦礫で覆われた朽ち果てた街へと足を踏み入れていた。


「……」


「……」


 近づくにつれて全貌が露わになり、期待と失望がない交ぜになりながらも一歩一歩街の中を歩き回り、何か手掛かりはないかと探す事暫し。

 2人のフラストレーションは最高潮に達しようとしていた。


「ぁっ……」


 イリーナが零した言葉に過剰に反応したシェラは、何事もなかったと分かると舌打ちをしながら瓦礫を素手(・・)で握り潰した。


「も、申し訳ございません……」


「いえ」


 シェラから滲み出る威圧感は時間が過ぎるごとに強まり、今や一歩踏み出すだけで足下の瓦礫が圧壊する程までに強まっていた。


「なぜ……」


 ブツブツと瓦礫を踏み潰しながら壊滅した街を歩き回るシェラに、イリーナは触らぬ神に祟りなしとばかりに関わることを諦めていた。


 そうして2人が瓦礫に埋もれた街を懸命にも捜索していた時。


「ぅうんっ……!」


「あんっ……!」


 突如として2人の背中に強烈な刺激が走った。


「はっ、んっ……」


「いやんっ……!」


 突然の刺激に2人が艶やかな嬌声を上げる中、2人の背中に『白き銀龍に絡みつく緑の蛇』の紋様が服の上からでも分かるほどに浮かび上がった。


「これは…….っ!」


「一体誰が?」


 この紋様が出るという事は、眷属達の誰かが主より命じられた内容が、『あの日』、眷属達が誰からともなく打ち立てた誓いを遂行できる内容であるという事実。

 勿論、眷属達はその誰もが主であるオロチに絶対の忠誠を誓っているし、間違ってもその命令の内容を改変するなどということはありえない。

 だから、この紋様が出ているということは、すなわちそういうこと(・・・・・・)だ。


「あっ、ふふっ……」


 シェラは自らの顔に仄暗い笑みが浮かぶのを抑える事が出来なかった。


「そうっ、いう事なんでしょうか?」


 身悶えながらも紋様が出ているという事実を確認し、1人高揚している体を抱きしめながら言うイリーナ。


「えぇ、えぇ。漸くなのですか。やっと……」


 先程までの苛立ちから来る無差別な威圧感では無く、主がこれから引き起こすであろう事柄に興奮するあまり、体の内側から自然と溢れ出て来る力による絶対的な強者の威圧感を纏ったシェラが、自然とオロチの住まう居城に向けて片膝をついた。


「『あの日』誓った誓いが、この地で漸く叶うのですね」


 シェラが跪く姿を横目に見ていたイリーナも、火照る体を慰める事なく恍惚とした表情のままオロチの居城に向かって跪く。


『【蛇、蛇、蛇。我ら浅ましくも卑しき下賤なる蛇。我らが最愛にして最高たる御方の為にその命を費やすモノ。出会い、惹かれたるその日より、この想い、そしてこの体たるや貴方様のモノ。どうかその大望の為に我らのこの身をお使いください】』


 一息にそう言い切った2人は、その背により一層輝くように現れた紋様に悶絶するかのような快感を得た。


 そして、果てしない快楽の中から2人を引き上げたのは、2人の頭に突然響いた1人の女性からの命令だった。


『――――』


 その命令を聞いた2人の間に言葉は必要なかった。


 念話を終わった2人は、誓いを言葉にした時以上の高揚感と冷めない火照りをその身に宿し、瓦礫に埋もれた都市から姿を消した。


 残された都市は王の花道を彩るかのように様々な花が次々と咲き誇り、姿を消した2人を何時までも祝福し続けていた。



♢♢♢♢♢



 その事を感じたのは誰からだっただろうか。


 薄暗い森の中を歩いていた3人は自然と立ち止まって互いの顔を見合わせ、そして静かに頷いた。


「そうですか……」


 感慨深そうに目を瞑りながらミーヤは静かに呟いた。


「お姉ちゃん! 見てよ! 紋様だよ!!」


 自分の右胸に浮かび上がる紋様を見て、カーヤは踊るようにして叫んだ。


「誰に下されたのかは分かりませんが、遂に来ましたか」


 自らの腹にある紋様を確認しているミルフェールを横目に、自分の半身とも言えるカーヤの言葉をゆっくりと心の中に落とし込んでいくミーヤ。


「やっとだね、お姉ちゃん!」


 満面の笑みの中に危ないまでの闇が見えるカーヤの表情に、ミーヤもまた狂信的な光がその目に宿り始めた。


「えぇ、やっとです」


 そう言って顔を上げたミーヤの瞳には既にオロチ以外の存在は映っていなかった。


「うふふっ」


 そんな2人の精霊の近くで、ミルフェールもまた黒く濁り始めた両目を見開き、享楽的な笑みを浮かべていた。


 そして3人は、薄暗く湿った森の中で自らの服が汚れることも厭わず、ソールに向かって跪き他の眷属達と同じように言葉を紡いだ。


『【蛇、蛇、蛇。我らは浅ましくも卑しき下賤なる蛇。我らが最上にして崇拝すべき御方の為にその命を費やすモノ。暗く冷たい戒めより救われしあの日より、この体を形作りし力の全ては貴方様のモノ。どうかその大望の為に我らが命をお使いください】』


 紡がれる言葉は現世にて力となる。


 他の眷属達以上に特殊な存在である3人が言葉を紡いだ事によって、酷く寂れた森が輝かしいまでの聖域となるのにそう時間はかからなかった。


 そんな3人の所にもまた1人の女性からの命令が届く。


『――――』


 今までなら悪態をついていたであろう人物からの命令であっても、今の2人にとっては些細な事であり、また、1人の少女にとっては酷くどうでもいい事であった。


 今の3人の脳裏に浮かんでいるのは、自らが至高と定めた主の姿であり、女性が下した命は主の言葉として認識していた。


 そして薄暗い森を帰路についていた3人は、より一層深い森の中へと姿を消して行った。


 その背後で、残された森が光り輝く泉と共に聖なる祝福をこの地に齎すのを見ることもないまま。



♢♢♢♢♢



 辺境都市を目指し始めてから1日と少し、ユーミットとガーヴァンが山賊に囚われていたと思しき行商人風の夫婦を使い辺境にあると言う伯爵領の都市まで来た頃には、既に陽も傾き辺りが暗くなり始めていた。


「で、今日はどうするんで?」


 木に寄りかかり、閉まりきっていた城門を眺めながらガーヴァンがポツリと呟いた。


「ふむ」


 ユーミットも顎に手を当てながらどうすべきか考える。


「オロチ様は全てを手に入れろとおっしゃられた……」


 城門の向こう側を見透かすように眺めながら滔々と考えを述べるユーミット。


「だがしかし。それを成すのに暴力という安直な力を使うのは、我らが蔑む蛮族と同じ行いだ」


「で?」


 ガーヴァンはふわぁぁっ、と大きな欠伸をしながら退屈そうにその考えを聞いている。


「取り敢えず、オロチ様をお待たせするという事はあり得ない。だがしかし、暴力を使うという事は出来ない。ならば、このニンゲンを使って一芝居打って貰おうじゃないか」


 そう言って、ユーミットはここまで案内させるのに使用していた行商人風の夫婦の前に立ち新たな魔法を唱え始めた。


「『偽りの海馬』」


 両手を夫婦の頭に翳したユーミットは洗脳するにあたって、興味を引きそうな内容を植え付ける。


「【お前達は行商の帰りにこの街に来た。だが、後少しといった所で見たこともない異形の怪物に襲われ、這々の体で逃げ惑っていた。そして、どうにか街の近くまで逃げ込んで来る事ができ、門番に助けを求める】」


 そう言い切ったユーミットの両手が怪しく光ると、それと同時に夫婦の目に光が戻った。


「あぁ! なんて事だ!!」


「貴方! 早く逃げないと!!!」


 目に力が戻った行商人風の夫婦は何故か辺りの泥や木の葉といったものを自らの体に塗りたくり、木や枝などで体を傷つけながら叫声を上げて取り乱していた。


「ははっ、滑稽だな」


 自分で魔法を使っておきながら、卑しいニンゲンが狂う様を見て見下したような表情でユーミットは笑った。


「早くしてくだせぇよ」


 こくこくと船を漕ぎ始めたガーヴァンがぼんやりとした表情のまま急かした。


「あぁ、そうだな。では、【行け。命令通りに】」


 一言ユーミットがそう告げると、夫婦は2人揃って辺りを過剰なまでに気にしながら全速力で城門まで向かっていった。


「それと、彼奴らに植え付けた『異形』とやらもついでだ」


 ユーミットは掌を地面に向けて召喚魔法を唱えた。


「【召喚(サモン)】『死者の塊グロープ・オブ・ザ・デッド』」


 呪文と共に出て来たのは、幾多もの死体がバラバラに組み合わさった『異形』の塊。


 1メートル半程の高さに無数の人の顔が付いた怖気の走るような様相をしている化け物。


 強さとしては一応第八級召喚魔物(クリーチャー)であり、高い体力と悍ましい叫び声が特徴の只々煩わしいだけの魔物である。


「行け」


 そんな魔物を前にして、ユーミットもガーヴァンも眉ひとつ動かす事なくその異形を眺めている。


『オぉぉォん』


 鼓膜を叩くような不快な声を上げながら、ぐちゃぐちゃと何かを轢き潰して予想以上の速度で城門へと向かっていく魔物。


「いいんですかぃ? あんなので」


 ドタバタと離れていく魔物を見てガーヴァンがユーミットに話しかけた。


「別にいいさ。目的はあの門にあるのではなく恩を売ることにあるのだから」


 そう言って、ユーミットは森の境目まであっという間に走っていた魔物を眺めながら次の手を考えていた。


「マッチポンプをして中に入れてもらうんですかぃ?」


 ガーヴァンが一つ確認するように尋ねる。


「あぁ。後は、私の能力を使えば都市の一つくらい簡単に手に入るだろう」


「まぁ、そうでしょうがねぇ」


 ユーミットはガーヴァンの煮え切らない態度に苛立ちを感じたが、異形の魔物がもうすぐ門番達から視認できる位置に到達するのを見てその事は忘れることにした。

 だがこの時、ガーヴァンはなんとも言えぬ気だるさをその身に感じていた。


「上手くいきゃいいんだが」


 雲一つない空に浮かぶ満月に向かってガーヴァンが言った言葉は、誰に届くわけでもなく空へと消えていった。

読んでくれている人がいるとは……!?

長くなりそうなんでここらで終わっておきました。

多分、後々改稿するだろうけど。

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