第92話
「あたしはノエール国が大っ嫌いだ! ブラッディ・サンセットの時、あたしはまだ十歳だった。父親は戦争に駆り出されていなくて、母親と姉と一緒に逃げてたんだ。空には無数の航空機がいて、そいつらが卵のように爆弾を投下してた。それにやられたんだよ、あたしの母親は! 目の前で近くの建物と一緒に消え去った。上から降って来た爆弾に気付いて、あたしと姉を渾身の力で突き飛ばしてくれたんだ。炎の熱さと眩い光の前に悲しみを押し殺して、それでも姉とあたしは泣きながら逃げるしかなかった。でもその途中で運悪くノエール国の連中と会っちゃって……、ライフルを携えて軍服を着たそいつらに姉は連行された。姉は五つ上だったから、殺されずに連行された目的は大体想像がつく。あたしはその場で腹部を銃弾で撃たれて気絶したけど、運よく一命を取り留めたから今ここにいる。――あたしは絶対にノエール国を許さない! ノエールに復讐するために神様が命を助けてくれたんだって思った! だからあたしはそのためだったらなんだってする! なんだってできる!」
ティーナはローブの中に隠し持っていた黒いオートマチックピストルを取り出した。銃口をツバサたちカノン班に向ける。それをトリガーに他の連中もピストルやナイフを携え、果てはスペルカードをカノン班に向けた。ツバサたちも持っていた武器を構える。
ゼノンは悠然と文字盤の方に下がり、美人秘書はその場でティーナと同じく銃を構える。
ティーナの指が銃の引き金に伸びる。そして――発砲した。パンッという、どこか悲しく聞こえる戦いの合図が四角い空間に響き亘る。それを皮切りに、その場は戦場へと姿を変えた。
ティーナが構える銃から飛び出した弾は、真っ直ぐにツバサへ向かう。しかしそれはツバサに到達せず、途中で明後日の方向へ捻じ曲げられ、壁に弾痕を残した。カノンが発砲した弾がティーナの弾の軌道をずらしたのだ。視力三・〇、しかも動体視力が異様に高いカノンならではの技術だ。あまりの早業にティーナは弾道がずらされたことを理解できず、焦りの表情を浮かべている。カノンは次々と向かってくる弾を正確に素早くいなしていく。
「オラオラオラ!」
ラックはハルバードの柄ぎりぎりを握り、相手と距離を稼ぎながら右側の敵から薙いでいく。
スペルカードを手にしていた敵側五人はすぐさま同時にスペルワードを唱えた。
「フローガ モート ティーヴィラ!」
ミスティ湖でツバサを襲ったのと同じスペル。真っ赤な蜥蜴のような生物が一瞬だけ浮かび上がったかと思うと、それは炎となってカノン班に覆い被さるように襲ってきた。それとほぼ同時にカノン班からは水で形成されたドラゴンのような獣が飛び出し、口を大きく開けて炎を呑み込む。炎と水が相殺し、シューッという音とともに辺りが白い煙に包まれた。これはラックのお陰だ。ラックは相手の唱えるスペルのワンフレーズを聞き取り、瞬時に有効なスペルカードを判断し、ワードを唱えたのだ。さすが魔法生産国のカジルマ王国の王子だけのことはある。相手の唱える炎スペルに対抗する水スペル、その中でも相手よりランクの高いスペルカードで対抗することにより、相手との枚数の差を補ったのだ。




