第87話
レンガ造りのひんやりとした空間。今の時間、文字盤を通して外から差し込む光はオレンジに映る。文字盤の周りには大小様々な歯車が設置されているが、ブラッディ・サンセット以降動きは止まっている。
歯車を支える細い棒、それらを固定するために天井からぶら下がった鎖。それを見て、リリアはまるで自分がその歯車のようであると思った。
リリアは今、塔内にある一本の棒にロープで固定されていた。棒を挟むように両手を後ろで縛られ、両足首も腹部も肩も強く棒と固定されていて動くことは叶わない。座りたくても、それさえも許されない。お手洗いに行く時だけ解放されるため、その隙をみて脱走しようと試みたこともあるが、敢え無く失敗に終わった。二度と脱走なんて真似をさせないように、殴られたり体のあちこちを触られたりするような屈辱を味わわされたりもした。
一日がひどく長く感じる。精神的にも肉体的にも衰弱し、視界もぼやけてくる。本当であればとっくに涙が溢れているはずだが、一滴でも流すわけにはいかない。夜には月光に晒され、人魚と化したリリアが涙を流すように、脱走を試みた時と同じようなことをされているのだ。それでもただ唇を噛み締め、泣くのを我慢する。
どうしてわたしがこんな目に遭うの……?
心はとうに悲鳴を上げていた。誰か早く助けに来てほしい。もう拉致されてから二日になるのだ。ここは教会の隣の時計塔。こんなに近くにいるのに助けが来ないのは、自分を本当に心配してくれる人がいないからではないかとリリアは思い始めていた。自分が人と距離を取り、冷たい態度を取っていたが故の結果なのではないかと。自業自得だ。しかしリリアの頭に浮かぶのは、いつも自分を気にかけ、身を挺して守ろうとしてくれたツバサの姿。誰かに助けてもらおうなんて虫がいい話だと解っている。だがそれでも、ツバサに助けに来てほしいという願望がリリアの中に溢れてくるのだ。
ギィという重々しい音が空間に響いた。扉が開く音だ。リリアはすぐさまそちらに顔を向ける。
「ツバサ?」
無意識に漏れた期待の一言だったが、その扉から姿を現したのは全く別の人間だった。銀髪に真紅の瞳。新聞で何度か見たことがある顔。セルバーンの有名人。
「ゼノン=リーヴァ……?」
リリアは思わず瞠目する。なぜ彼がここに? という疑問が湧く。ゼノンの後ろには背の高い美人秘書と、フードを目深に被った人物が付いていた。