第8話
モカはツバサがWGSの実地訓練中に遭遇したモンスターである。
クライアントのペットである狼型モンスターを捜索するというミッションだった。森林の中に逃げ込んだと思われるそのペットを探している最中に遭遇したモンスター、モリンスリス。見た目の可愛らしさからつい騙されてしまう人間も多いが、実はかなり強暴である。
その時は四匹ほど出てきて、鋭い爪と細く尖った牙を使って、滑空しながら攻撃してきた。モリンスリスの食料は生物の血液。人間のそれも勿論対象となる。更に口からは毒物を吐き出すから厄介だ。
実習でのパーティーはクラスのメンバー四人。その中にはディノもいた。彼らは素早く動き回るモリンスリスに苦戦しながらも、着実に数を減らしていた。
最後の一匹になった時、ツバサは気付いた。既に四匹倒したはずだ。事実、細い枝葉が散らばる地面には、四匹の死体がある。だが、確かに目の前にもう一匹いる。
ツバサはまじまじとこのモリンスリスを見つめた。観察すると、そのモリンスリスは他の奴より小さい。牙を剥き出しにして人間たちを威嚇しているが、攻撃してくる気配がない。殺られて倒れている仲間の横で四つん這いになり、太い尻尾を立たせているだけだ。しかしよく見ると、大きすぎるほどの瞳からは、今にも涙が零れ落ちそうである。ツバサには、そのモリンスリスが恐怖に耐えながら必死で生きようとしているように見えた。
「ちょっと待って!」
今にも残りの一匹を仕留めんとするパーティーメンバーの前に立ち、両腕を広げる。それからモリンスリスにゆっくりと近づき、地面に膝を着いた。ツバサは威嚇を続けるモリンスリスをじっと見つめる。
この子は生まれて間もない。だから攻撃の仕方も分からなければ飛び方も知らないし、毒を生成する機能も備わっていないはずだ。戦っている最中で気付かなかったが、他の仲間が殺られて地面に叩きつけられるのを見て、木の上から幹を伝って地面に降りてきたのだろう。
「みんな、行こう」
ツバサは立ち上がり、モリンスリスに背を向けた。さっさとその場を離れようとする彼に戸惑ったのは、残りのメンバー。
「行こうって……」
一匹だけ残されたモンスターを一瞥し、ディノが呟く。その声に反応するようにツバサは体を捻り、まだその場に突っ立ったままのメンバーを見やった。
「そいつは戦えないよ」
いくら現在戦う能力が備わっていないモンスターでも、将来的には人間を脅かす力を発揮する。しかもモリンスリスは仲間意識が強いモンスターのため、成長すれば人間への憎悪によりそこら辺のモンスターより強暴に襲ってくる可能性が高い。グループを形成して攻撃を仕かけてくるモンスターは、殲滅させるのが鉄則。WGSで教わったことだった。
ディノは観念したように深く長い溜息をついて、右手を腰に当てた。
「ま、ツバサがそう言うならそれでもいいけど。ただ、一つ言っとく。将来そのモリンスリスに血全部吸われて、皮だけになって下敷きみたいに地面に敷かれてても、俺知らないからね」
本気っぽく冗談を言うディノに、ツバサは微笑で返す。
「せめて踏むなよ?」
ディノはその回答に満足したように笑みを溢し、ほら行くぞ! と言って、残るメンバー二人の背中を押した。
そうしてパーティーがその場から離れてすぐだった。ツバサの左足首に何かが当たったような感覚がしたのは。不思議に思ってそこへ目を向けようとしたその時、鋭く激しい痛みが左足首から全身に走った。