第71話
謎といえば、さっきのディノからの電話で、ゼノンが湖を調べていたのは〝人魚の涙〟探索のためでもあったと聞いたが、それも気になっていた。なぜ彼は〝人魚の涙〟が湖に沈んでいると思ったのか?
もしゼノンの予想通り〝人魚の涙〟が湖に沈んでいたとして、可能性が高いのはミスティ湖。しかしあそこにはリリアの母親である人魚が棲んでいる。〝人魚の涙〟が沈んでくれば彼女は気付きそうだ。人魚はその宝石を取り、大切に持っている。だから水中を調べても出てこない。ゼノン取り巻きの団体がどうやって湖を調べていたのか知らないが、移動する人魚を捉えるのは困難だから見つけられなかった可能性は充分ある。
この仮説が正しければ〝人魚の涙〟はまだミスティ湖の中にある。ボルドー教官が取って来いと言ったものも〝人魚〟ではなくなる。そもそも彼はミスティ湖に沈んでいる物と言ったのだ。人魚よりも適切だ。
しかし何かが引っかかる。ツバサは腕を組みながら考え、暫くしてから口を開いた。
「リリアは自分がミスティ湖に棲む人魚の娘であることを知っているんですよね?」
「はい……。リリアが人魚になった時に、全て話しました」
ツバサはリリアが連れ去られた日のことを思い出す。彼女は夜中に一人で教会を抜け出し、ミスティ湖へ向かった。月光に照らされ人魚になってしまうリスクを冒して。そして彼女はしゃがんで湖をじっと見つめていた。
「……もしかしてリリアはお母さんに会うために……?」
ツバサの独白に、マザーは思わずそちらに顔を向ける。しかしツバサは隣に座るマザーを視界に映すこともなく、思考を回転し続ける。
リリアが定期的に母親に会っていたとすると、〝人魚の涙〟がリリアに渡っている可能性がある。クロードの性格を知らないので、彼が自分の研究のことを愛する人魚に話していたかどうかは分からない。だが、恐らく彼女は〝人魚の涙〟を作ったのがクロードだと知っていた。十五年前のあの日、命の危険が伴うにも拘らず街に戻ろうとするクロードを彼女は全力で止めたはずだ。自分も夫も娘も無事なのに、どうして街に戻ろうとするのかと。その時、彼は伝えたはずなのである。三人全員が生存し続けるよりも優先しなくてはいけないその理由を。そして何らかの理由でミスティ湖に沈んだ〝人魚の涙〟を人魚が見つけ保有し、成長して訪れたリリアに渡していたとしたら――。