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第70話

 ツバサは夕食を終え、カノン班に今の話をした後、礼拝堂にやって来た。すっかり夜の帳が降りているというのに、ステンドグラスから淡く漏れる月光が美しい。マザーが正面の十字架の前に跪きながら、胸元にさがるネックレスを手に神に祈っている。ツバサが前から二列目の椅子に座ると、彼女は祈りが終わったのか立ち上がり、ツバサに微笑んだ。


「ツバサさん、どうかしましたか?」

「礼拝堂ってなんか落ち着くので、ここで座って考えでも纏めようと思って」

「何か気になることでも? 私で良ければお話聞きますよ」


 マザーは安心するような柔らかな笑顔でツバサの横に腰かける。折角なのでツバサは自分の疑問を彼女に投げかけてみることにした。


「ボルドー教官はリリアが人魚になることを知っていたんでしょうか?」

「知らないと思いますよ。彼とはブラッディ・サンセット後の避難生活の時以来会っていませんし、そういう話をしたこともありませんから」


 ということは、ボルドー教官がマザーに街案内を依頼したのは単に知り合いだったから。リリアを指名したのはマザーなのだから、偶然ということになる。


「十五年前、クロードさんってわざわざ火の上がる街の方へ向かって行ったんですよね? 娘のためと言って。リリアのために街に戻って何をしていたんですかね?」

「何をしていたのでしょうかね……? もしクロードさんがあの時戻らず逃げていれば、まだこの世に生きていたかもしれません。命を落とす危険を冒してでも、何かをする必要があったのでしょうね」


 命を落としてでもやりたかったこと。しかもリリアのために。


「クロードさんはブラッディ・サンセットで亡くなってしまったと聞きましたけど、具体的にどこで亡くなっていたか知ってますか?」

「知っていますよ。有名ですから。彼は半壊した自宅の下敷きとなって亡くなってしまったんです」


 ツバサは眉根を寄せる。娘のために命を落としても手に取りたいものが家にあった……? クロードが家ですることなんて自分が研究した作品の制作しかない。しかも彼が最後に作っていたものは〝人魚の涙〟。クロードは〝人魚の涙〟を取りに自宅に戻った? もしそうだとすれば、なぜ核爆弾である〝人魚の涙〟を娘のために作ったのか? しかもクロードの自宅から〝人魚の涙〟は見つかっていない。誰かが持ち去った可能性が高い。ブラッディ・サンセット直後に誰が何のために持ち去ったのか? 謎が多すぎる。

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