第7話
キャンパス・シップは、高度三〇〇〇メートルほどの上空を進んでいる。勿論、高度の調整はできるため、山脈を越える際などは上昇する。
WGSが世界を周遊している理由は二つ。
一つは各国が誘致したがって、戦争にもなりかねないレベルで論争をしていたからだ。WGSを誘致できれば、優秀な人材がその国に集まる。各国はそれを狙っていたのだ。WGSが戦争の火種になっては堪らない。それならば、どこの国にも属さなければいいというのが、WGS創始者の考えだったようだ。
もう一つは、これも創始者の思考だったようなのだが、国衛官候補ともあろう人間が、実地経験がないまま就職することに抵抗があったからのようだ。実地訓練には勉学などのノウハウや、学校側が用意したシミュレーションテストではカバーできないものがある。それを経験させた上で、各国で活躍してほしいという思いがあったようだ。それ故、依頼のある国を順番に回り、経験を生徒たちに積ませている。
「それにしても、テストで全滅する班だってあるのに、ミッションクリアできなかった班と判定が一緒っていうのは、ちょっと酷いよな。せめてD判定でもいいのに」
ディノが擁護してくれるが、D判定であっても大した差はない。
WGSに集う生徒は、曲がりなりにも入学試験をパスして入って来た連中だ。ミッションクリアできない班は一割にも満たず、しかも全滅する班はかなり珍しい。そんな少数の出来損ないは、全てE判定で然るべきというのが、この学園の思考である。
カノン班は前回のテストで敢え無く全滅している。テストと言えども、相手に傷つけられれば痛いし、目の前の敵が自分を攻撃してくれば怖い。その経験があって、今回のテストではすぐに撤退命令が下されたのだろう。全滅より余程マシだ。
ツバサは、ハァーッと深く長い溜息をつく。
「どうしたらディノの班みたいにA判定取れんだろ? 爪の垢でも煎じて飲めば、一気に優秀になれんのかな……?」
「うーん、じゃあ飲んでみる? きっと雑菌に塗れて死ぬよ」
「……おれに死ねって言ってんの?」
ケラケラと笑うディノに、悩んでいることもバカバカしくなってきて、ツバサは呆れの溜息の後に微笑を溢した。
「そういえば、次の目的地ってどこだっけ?」
ツバサはキャンパス・シップから緑地の広がる大地を眺める。すると、ディノはニッと笑って親指を立てた。
「俺の故郷、セルバーンだ!」
セルバーンは北西部に位置するノエール領の最も西にある、海に面した都市である。嘗ては独立国だったが、十五年前に起こった西大陸の大戦で敗戦し、ノエール国の植民地と化した。
セルバーンは優秀な技術師が多い国で、様々な国がその技術力欲しさと、技術を活かせる物資の豊かさに目が眩み、一国を奪い合った。セルバーンは各国の利権の餌食にされ、犠牲になったという歴史を持つ。
その戦いは、通称〝血塗れの夕焼け〟と呼ばれ、今でもセルバーンの人々の心に傷を残している。当時、真昼間にも拘らず、夕焼けのように真っ赤に燃え上がるセルバーンを見て、誰かがそう名付けたらしい。
戦火に覆われたセルバーンだが、持ち前の技術力と反骨精神で、僅か一年で復興を果たした。このスピードには誰もが目を瞠ったほどだ。ブラッディ・サンセットの影響で、再生したセルバーンはあちこちに水が走る都市となった。
「故郷に戻るの一年ぶりか……。楽しみだな、モカ」
ディノの手がツバサの右肩に乗っていたモモンガのような見た目の小獣、モリンスリスに伸びる。手の平サイズの丸い体、ふわふわの毛並み、大きく円らな黒い瞳、お腹に付いた半円の袋、カフェモカ色の背中、背中に沿ってくっ付く太く長い尻尾。首元の赤い蝶ネクタイがトレードマークである。
モカは人差し指で頭を撫でられて、気持ちよさそうに目を瞑る。