第63話
「勘違い?」
ラックが眉根を寄せる。マザーは静かに頷いた。
「ミスティ湖に沈む〝何か〟とは、人魚のことではないと思います」
「どういうことですか?」
ツバサも眉を顰める。
「ボルドー君はそんなことを依頼するような子ではありませんから」
《お主、ボルドー教官殿をご存知なのか?》
ウィンウィンという機械音を鳴らしながらマザーに近づくダイス。
「ええ。ボルドー君とはブラッディ・サンセットの後、仮設の教会で数ヶ月間一緒に過ごしました。今回任務に協力してほしいと連絡があったのも、ボルドー君から直接でしたよ。でも私はもう年なので、リリアにお願いしたというわけです。任務の内容は教えてくれませんでしたが、協力する本人であるリリアからは護衛と聞いていたので、任務に協力する代わりに彼女の護衛任務も引き受けて下さったのだと思っていました」
マザーの話によると、十五年前ボルドー教官はバアル地区に住んでいた。ブラッディ・サンセットで両親を亡くし、敗戦後仮設の教会でマザーと出逢ったようだ。当時、バアル地区の郊外にテントを張り、皆で体を寄せ合うように暮らしていたらしい。親を失った子供たちはすべからくマザーが面倒を見ていたようだ。その後、落ち着いた頃にボルドー教官はケントロ地区の親戚の家に預けられたらしい。
「口数は多くありませんでしたが、周囲に目を向け、相手が何を必要としているのかを察して手助けする、気の利く優しい子でした」
マザーの言いたいことは解る。しかし昔のボルドー教官が今のボルドー教官とイコールであるとは限らない。残念ながらマザーの言い分では、ボルドー教官が白であるとは判断できないと、カノン班のメンバーは口を噤むことしかできなかった。
それより、ボルドー教官自らがマザーにコンタクトを取ったことの方が気になる。これでWGSを通さず単独で動いた可能性が増した。正式な依頼であれば、WGSの交渉部から各国のプレジデントやその秘書へ依頼、その後彼らから直々に依頼が来るのが普通だからだ。
「マザーさん、もしボルボルが取って来てーって言ったものが人魚じゃないとしたら、それは何だと思う?」
カノンの言う〝ボルボル〟が〝ボルドー教官〟であることをツバサがすぐさま補足する。
マザーは暫し思案してから、私には解りません、と答えた。
「私の知っていることは全てお話ししました。お役に立つかどうかは分かりませんがどうか、どうかリリアを無事に連れ戻して下さい。お願い致します」
マザーに深々と頭を下げられ、ツバサは黙ったままそれ以上に深く頭を下げることしかできなかった。リリアを連れ去ったのは、彼女を使って何かをするつもりだというのはすぐに分かる。つまりそれは時間が経てば経つほど、彼女の身が危険だということ。手がかりがほとんどないカノン班は焦燥に追い込まれていた。




