第5話
プシューという音を立てて、カプセルの蓋が開く。スモークガラスのような黒いプラスチックが滑らかにスライドし、中から黒髪の少年ツバサが姿を現す。彼は閉じていた瞳を開き、横たわっていた体を起こした。
人一人が横になれるほど大きな機器。それがこの広い空間に百は設置されている。薄暗く、巨大モニターが壁を埋め尽くしているような、電子に囲まれた部屋。モニターには数字や波打つグラフ、生徒がダンジョンに挑んでいる様子が映し出され、それを数人の教官たちが分析、監視している。
同時に機器から姿を現したのはツバサだけではなかった。
左隣りのカプセルからは赤毛の少年ラック。少し伸びた髪からは幾つも穴が開いた耳が覗く。ダークグレーのワイシャツは第二ボタンまで外され、首元から提げられた黒い細身のネクタイは緩く結ばれている。制服をだらしなく着こなすのは風紀違反だと教官から毎度指摘されているが、本人は全く聞く耳を持たない。そんなチャラい見た目のラックはツバサより一つ年上の先輩である。彼は両腕を上へ伸ばし、眠たそうに欠伸をしている。
右隣のカプセルからは金髪少女カノン。ツバサの二つ上の先輩であり、この班の隊長でもある。仰臥している時に腹部に乗せていたお気に入りのシルクハットを頭にセットしようとしている彼女は、襟足が少し肩に着くくらいの髪の長さで、瞳はくりっとしていて可愛らしい顔立ちをしている。黒のジャケット、ダークグレーのワイシャツ、胸元で歪に結ばれた黒いスカーフ、チェック柄のスカート。制服は一応着用しているが、それ以外に、頭に乗るりぼんや銀のチェーンで飾られた黒のシルクハット、足元を覆う茶色の厚底編み上げブーツもおまけで身に付けてしまっている。そのせいでラック同様、教官から風紀違反の指摘を受けている。だが彼女は〝生徒の自主性〟の一点張りで、改めようとしない。
「戻って来たようだな」
三人が上体を起こしたタイミングで、一人の男性が近づいて来た。ボルドー教官である。ダークブラウンに色づいたレンズから薄らと見える瞳は鋭く、強面。年は三十過ぎといったところだ。彼が笑っているところを見た生徒は皆無で、他の教官からも距離を取られているような人物である。本人はそんなことを全く気にしていないようだ。あるいは、避けられていることに気付いていないだけなのかもしれないが。
声をかけられて、ラックはあからさまに嫌そうな顔をした。しかし、孤独な教官はそんなことは意にも介さない。
「お前たち、解っているんだろうな? 今回のテストは、ダンジョン最深部にある財宝を取って戻って来るというもの。だが、お前たちが手にしたものは何だ? 手ぶらで戻って来るなんていい度胸してるじゃないか。さすが我が校きっての落ちこぼれ――カノン班だな」
嫌味を言われるのは、いつものことだった。しかし、何度言われても慣れないし、いい気はしない。
この部屋に設置されたカプセルは、定期テスト時に使用する〝仮想試験機〟。それぞれの班に出される課題――ランダムで設定されたダンジョン攻略をクリアすれば、合格となる。どのようにクリアしたのかも点数に反映されるため、生徒たちは英知を結集させて課題クリアに臨む。成績はAからEの五段階で、カノン班はE判定常連の落ちこぼれとして校内でも有名になりつつある。
汚名返上しようと意気込んでテストに臨んだものの、今回もカノン班のメンバーの望む結果には大きく届かなかった。
ラックは奥歯を噛み、両拳を強く握り締めている。本当はこの結果に納得できず、意見したいのかもしれない。だが何を言おうとも、実際に課題をクリアできなかったのだから、負け犬の遠吠えにしかならない。何かを言うことができるのは、結果を出した者の特権なのだ。
彼とは正反対に、カノンは特に気にも留めず眠たそうな目を擦っている。
「まあいい。テストの結果はお前たちの予想通りのものだろうよ。楽しみに待っているんだな」
口元だけに笑みを浮かべ、ボルドー教官はその場を離れた。遠ざかる彼の背中に、カノンはバイバーイと手を振り、ラックはチッと舌打ちをする。そんな彼らの間でツバサは軽く息を吐いた。