第38話
市街地を抜け、木々の多いエリアに入る。舗装はされていないが、道らしき空間の両脇にはロープが張られている。足元の土はミスティ湖の水分が滲みているのか、しっとりとしていた。仕切られた道以外の場所は苔のような緑で覆われている。
木々は密集しているわけではないため、日光が差し込んで割と明るい。葉に光が反射して、柔らかい緑色が辺りを包む。
「ここよ」
ミスティ湖はそんな爽やかな空間を抜けた先に広がっていた。言葉では表現しづらい不思議な感覚を落とす光景にツバサは息を呑む。
外周はおよそ三キロ。周囲は樹木に囲まれている。それ以外は何もない湖。だが、空からの力を借りて自らを青に染めている他の水たちとは明らかに重みが違う。自身から湧き起こる生命力のようなものを感じる。荘厳で、神聖で、汚してはいけないような、そんな空気がこの場には漂っている。
「湖って言っても、本当は湖の奥深くで海と繋がっているそうなの。成分的には海水と近いらしいわ。青の成分を除いてはね」
湖の淵に立ち、中を覗くカノン班にリリアが説明する。
「ふーん……ってことはよ、ボルドーの奴に頼まれた〝ミスティ湖に沈む何か〟ってのは、海に流れちまった可能性もあるんじゃねーか? だったら俺たちじゃどうしようもねぇな」
ラックがくるりと身を翻し、湖に背を向ける。
「ってことで、帰るか!」
持ち帰るように言われたものが何なのかも分からない適当な任務に、ラックはあまりやる気がないらしい。
「ラックン待つんだよー」
カノンがすかさずラックの腕を両手で掴んで引っ張る。ラックは面倒臭そうに頭を掻いて、振り返った。その顔は引きつっている。
「……何でしょうか隊長様」
「取って来る〝何か〟が海に流れたって可能性は低いと思うよー。だってー海の水がこっちに流れてきてるんでしょー? 自然界の事情で水の流れが逆流したとかでなければ、まだそれはここに沈んでると思うんだよねー」
「……仰る通りで」
ラックはがっくりと項垂れている。
《だがここに本当に目当てのものが沈んでいたとして、どうやって引き上げるのだ?》
このダイスの一言に反応したラックが瞬時に浮遊するダイスをバシッと掴み、カメラに顔を近づける。
「それを考えるのはテメェの仕事だろうが。何のために自室に閉じ籠ってんだ、アァ? 恋人のスパコンにでも頼んで、せいぜいその方法を提示しろや!」
ドスの利いた声に、そんな無茶苦茶な、と抗議の声を上げるダイス。だが彼に勝ち目はない。
「テメェの存在価値は、物事の分析、最善策の提示だろうが! それができねぇならもう用済みだ!」
ラックはそう吐き捨てながら、手にしていたダイスを勢いよく投げ捨てる。機械染みた悲鳴を拡散させながら、球体は弧を描くように空に舞い、そのまま湖へ落下。ポチャンという空しい音を立ててダイスが沈む。
すると、それを見たツバサが閃いたように両手をポンっと合わせた。
「そうだ! 湖の中を調べる方法思いついた!」
浮力に従い、浮上してきたダイス。球体のカメラに像を結んだのは、自分を余所に何やら盛り上がるカノン班の姿。
この時のダイスはまだ、彼らが何の話をしているのか知る由もなかった。