第35話
礼拝堂は朝日がステンドグラスを通って中へ差し込んで明るく、神聖な雰囲気が漂っている。更にパイプオルガンの音色まで奏でられているのだから余計、だ。
ここへ来た時と同じようにティーナが演奏しているのかと思ってパイプオルガンに目を向け、ツバサの瞳孔が瞬時に拡張した。
「セレティスさん……」
口からは彼女の名を呼ぶ声が漏れた。
ステンドグラスを通過することにより仄かに色を帯びた光が七色の束になり、リリアをスポットライトで照らしているように見える。白いワンピースがまるで天使と錯覚させるかのようだ。細く長い指が鍵盤を押さえる度、美しい和音が教会全体に響き亘る。
暫く立ったまま音楽に聞き入っていると、気付いた時にはリリアの指がパイプオルガンから離れ、彼女は席を立つところだった。
リリアはツバサに気付くと驚いたように目を見開いた。次いで不可解だとでも言うように怪訝そうな顔をする。
「あなた……何で泣いてるの?」
言われてツバサは手の甲で瞳を拭った。確かに濡れている。自分でも気付かなかった。
「あ、えーと……セレティスさんの演奏に感動した……のかな? さすが教会、心が洗われるね」
本当は恥ずかしくて言い訳しようと思ったが、教会で、しかも彼女の前で嘘をつくことが躊躇われた。
言われたリリアは暫し言葉を失ったようにツバサを凝視していたが、我に返ってから徐々に頬が紅潮していった。
「な、何言ってんの!? 別にただの讃美歌よ! これくらい誰でも弾けるし、わたしよりティーナの方が上手いし!!」
リリアは必死に言葉を紡ぎ、慌ててキッチンへ向かった。扉を閉める際、彼女の口が僅かに動く。
「恥ずかしい人」
その一言がツバサの耳に届いたかどうかは分からない。